「こんな若輩者に寛大なお気遣い感謝します。
全ては林田教授が僕の研究を認めて下さったからこそです」

「おいおい、結論を急いでいるだろう、話は最後まで聞きなさい」

最後通告前のおべっかと認識している宏弥に林田は困ったように眉を下げた。

「先方は当然ある程度の年齢で実力があり、そして信頼できる人間を探していた。
なんせ未だにあれだけの信頼を誇っている女子大だからね、学生と不祥事なんてのは論外だ。

そんな訳で最初君の年齢が28歳だと伝えただけで渋る彼に僕は君の著書、そして卒業論文を読んで欲しいと頼んだ。
そして先ほど連絡が来た。
『面白い人材だ。林田さんの推薦なら人柄も信頼できるだろうし早々に当人から返事が欲しいと』。
正直賭けだったが彼なら君に興味を示すと思っていたんだ」

にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた林田に、今度は宏弥が眉間に薄く皺を寄せた。
たいした研究も無く、それも卒業論文含めての内容を読み、何がその学長の意思を変えたのだろう。

「申し訳ありません、僕には学長がそれだけの事で選んだ理由が納得出来ないのですが」

それもそうだろう、と宏弥の疑問に林田も頷く。

「彼は言ったんだ『彼の研究している闇夜姫に興味が湧いた』、と」

宏弥は声を出さないものの、まさかの言葉に驚いていた。

『闇夜姫』そのものを研究している人物は宏弥の知る限り自分以外にはいないはず。
理由は簡単、資料があまりにも少なすぎる、そしてあっても曖昧すぎるために研究対象にしにくいからだ。

『斎王』について研究をしている者は、研究の中で『闇夜姫』を単語として出すことはあってもそれ以上は無い。
宏弥も表向き『斎王』の研究をしているが、そこを研究することで『闇夜姫』にたどり着きやすいだけ。
そもそも国文学科の学者として生きていくためには、まずは『斎王』の研究で名前を出すのが必要なのだ。

それほど人に興味を持たれない『闇夜姫』に学長が興味を示した。
それだけでその学長と話がしてみたくなる。
貴方は一体『闇夜姫』の何に興味を持ったのか、と。

「正直驚いています。
『闇夜姫』は現時点では逸話、想像という説が通説。
そもそも『闇夜姫』その事ですら知らない学者が多いのに、何故学長は興味を示されたのでしょうか」

「そこは私も気になった。
理由を聞くと学長の先々代などが古い文献などを蒐集していたようでね、大学地下の書庫にそれが手つかずで放置されているらしい。

だが私が一番驚いたのは次のことだ。
学長は祖父から聞いたことがあるそうなんだ、『闇夜姫』の事を。
君の卒論などを読むまで忘れていたようだったが、もしかしたら蒐集しているものに何かあるかもしれないからそれも調べて欲しいと言っていたよ」

先ほどから驚きの連続だ。
『闇夜姫』の資料を少しでも集めるために、学生時代から色々な場所を探し回った。
それが突然、東京の大学の地下にお宝がある可能性を伝えられたのだ。
宏弥の表情はそこまで変わらないものの、内心では抑えられないほどの興奮に満たされていた。

どんな資料があるのか、もしかしたら新たな発見があるのかもしれない。
それもその学長が『闇夜姫』について話を直接聞いたことがある人間など、自分を含めて早々お目にかかったことは無い。

「僕からすれば盆と正月が一緒に来たような気持ちです」

落ち着いた顔だが声に興奮を感じさせる宏弥に林田は少し笑うと、それだけではないのだよ、と付け加える。

「向こうの大学は生徒を教えられる人材を探していた。
だから君が行く場合は、助教として迎えたいとのことだ」

「そこまで来るとむしろ何かあるのではと勘ぐりたくなりますね」

宏弥はまだ28歳、その歳で助教になる前例はそれなりにあるが宏弥はとても助教になるほどの経歴を持っていないので異例中の異例だ。

「そうだね。もしかしたら単に手のつけられない書庫を片付けられる、知識と体力のある若い人材が欲しいだけかも知れないが」

「そう言ってもらえた方がむしろ腹落ちしますよ」

ははは、と楽しげに林田は笑って、

「さて、どうするかい、朝日奈君」

「是非学長と面談の機会を頂ければ」

表情を引き締めている宏弥に林田は笑みを浮かべ、なら今から彼に電話しようとポケットからスマホを取りだした。