「大きく『歪んだ』から、外の世界に変化があるんじゃないかと思ってね。エル君の起床を待ちつつ、準備していた訳だよ」
「そうだったのか」

 エルは、甘えるクロエの頭を撫でつつ、スウェンに「ごめん」と謝った。

「眠りこむつもりなんてなかったんだ」
「大丈夫だよ。支度している間は、寝ていてもらっても平気だからさ」

 スウェンは愛想よく言った後、エルから早々に目を離した。

 なんだか、近づいたと思ったら離れていく人だな。

 エルは、そんな事を思った。血まみれの支柱を境に、スウェンが自分との距離を計りかねているような印象を抱いた。

 きっと彼は、他人との距離を近づけてしまう事に、トラウマでもあるのだろう。それはエルも同じだったので、人の事は言えないよなぁと思いながら、エルはクロエを抱きしめた。

 彼らとは、短い付き合いなのだ。

 頭の良いスウェンが、エルを助けられないと考えている可能性については、エル自身が気付いていた。それは場合によっては仕方のない事で、エルとしても、自分の目的を邪魔するものではないから、強い恐れは覚えていない。

 巻き込まれて、と腹が立つのが普通なのかもしれない。けれど、結果として、クロエとの残された時間が引き延ばされたと思えば、この結末も悪くはないと思えるのだ。欲を言えば、最後の大冒険の後に現実世界に戻り、最期の時まで、クロエとの旅を続けたいとは思うけれど。

 覚悟は、旅を始める前から出来ていた。クロエに害がないのであれば、それでいいのだ。

 仮想空間でエルが死んでしまったとしても、戦って、抗い続けた結果であるならば、エルは後悔しないだろう。それはエル自身の力が及ばなかっただけで、最後まで自分を貫き通して死ねるのなら、悔いはない。

 クロエさえ、無事でいてくれれば。

 もう現実世界で待ってくれている人も、いないのだから。