それから、筆箱の中身がなくなるということが増えた。この頃には、変化が起こるのは決まって昼休みになっていた。昼休みになくなったものが翌日の昼休みに戻ってくる、といった具合だった。
返してくれるのなら持っていかないでほしいと思いつつ、父と姉からの入学祝いの品は持ち歩くようになった。
まるで本当に誰かにやられているようで嫌だったけれども、これらに手を出されてからでは悔やみきれないと思った。チェスにおいてキングの価値は絶対。あんたの分身。姉の声が耳の奥で響く。
やがて、筆箱の外のものにも変化が生じるようになった。ノートのページが四角形から外れていたり、安っぽい不快な言葉が書き殴られていたりした。
初めのうちは確かに馬鹿だけどさ、とか、確かにそうなってもいいような人間かもしれないけどさ、とか、腹の中で苦笑することもできたけれど、次第に怖くなった。
それに気がついたのは紙原も稲臣も同時だった。ある昼休み、「お前、なんかあったろ」と、言葉もそれをいう速度も同じに、二人が声を重ねた。
俺が答えるより先に「あ、稲臣アイス奢りな」と紙原がいった。「この間出た、抹茶のもなかサンド」という紙原に「馬鹿それアイスクリームじゃねえか」と稲臣は苦笑した。
「あの箱に入ってるやつだろ? ラクトアイスで勘弁しろって」と。「エイトのフルーツサンド買ってやるから、パーソンじゃなくて」という紙原に「なんで同じような値段のやつ交換すんだよ」と稲臣はまた苦笑した。
「で、おちびさんにはなにがあったのかな」と紙原が肩を組んでくる。「身長変わんないじゃん」といい返すと「お兄さんヅラしたい奴にそういうこといわないの」と返ってきた。
「藤村、たぶん鈍感だから当てにならないよ」と稲臣。
「敬人、なんか私物いじられてるだろ」
稲臣の声にぎくりとする。
「稲臣君五十ポイント」と紙原がふざけもしないでいう。
彼は「なんで知ってんの」と稲臣を振り返る。
「女子がちょいちょい、敬人の席の周りうろついてるの見たことがあって」
「迷える子羊がどぎまぎしながらお手紙投函してるわけでもなさそうよな」
いってから、紙原が苦笑した。「てか、今騒がれてる男女平等って、こういうことじゃないと思うんだけど」と。
「だってこれ、男子が女子にやってみ? えらい騒ぎだべ」
「なんか着眼点がいろいろ違う」と稲臣が呟く。
「で、迷える子羊の皮を被った黒い羊に名前はあるわけ?」
一拍置いて、稲臣は「鴇田」と答えた。
「大島とか結城もたまに」
紙原に「敬人お前、あいつらに喧嘩売った?」とふざけているのかまじめなのかわからない調子でいわれ、「まさか」と苦笑する。
「まったく、うちの敬人君いじめないでよね」
「あたしたち敵に回したら厄介よ」と、本当に厄介そうな口調で稲臣も続く。
「作戦会議だ」という紙原へ「なんの」と飛び出すまま尋ねると、「奴らの社会人生命を絶ってやる」となんでもないように返ってくる。
「そんな選手生命みたいな」といいながら苦笑もできず、「反作用ってものがあるでしょうよ」となんとか引き留める。
「ああ、夜中にシャワー全開にするとロックスターみたいになるやつな?」と紙原がよくわからないことをいいだす。「夜中のシャワーはあれ、意思があるもんな。殴ってくる」と稲臣まで乗っかってしまうのだからもう収拾がつかない。
「馬鹿、どじょうすくいでもやるのかよ。あの暴君から手を離したら負けだろ」と紙原が真剣にいう。もうなにがなんだかわからない。本題はすべて流されてしまった。
返してくれるのなら持っていかないでほしいと思いつつ、父と姉からの入学祝いの品は持ち歩くようになった。
まるで本当に誰かにやられているようで嫌だったけれども、これらに手を出されてからでは悔やみきれないと思った。チェスにおいてキングの価値は絶対。あんたの分身。姉の声が耳の奥で響く。
やがて、筆箱の外のものにも変化が生じるようになった。ノートのページが四角形から外れていたり、安っぽい不快な言葉が書き殴られていたりした。
初めのうちは確かに馬鹿だけどさ、とか、確かにそうなってもいいような人間かもしれないけどさ、とか、腹の中で苦笑することもできたけれど、次第に怖くなった。
それに気がついたのは紙原も稲臣も同時だった。ある昼休み、「お前、なんかあったろ」と、言葉もそれをいう速度も同じに、二人が声を重ねた。
俺が答えるより先に「あ、稲臣アイス奢りな」と紙原がいった。「この間出た、抹茶のもなかサンド」という紙原に「馬鹿それアイスクリームじゃねえか」と稲臣は苦笑した。
「あの箱に入ってるやつだろ? ラクトアイスで勘弁しろって」と。「エイトのフルーツサンド買ってやるから、パーソンじゃなくて」という紙原に「なんで同じような値段のやつ交換すんだよ」と稲臣はまた苦笑した。
「で、おちびさんにはなにがあったのかな」と紙原が肩を組んでくる。「身長変わんないじゃん」といい返すと「お兄さんヅラしたい奴にそういうこといわないの」と返ってきた。
「藤村、たぶん鈍感だから当てにならないよ」と稲臣。
「敬人、なんか私物いじられてるだろ」
稲臣の声にぎくりとする。
「稲臣君五十ポイント」と紙原がふざけもしないでいう。
彼は「なんで知ってんの」と稲臣を振り返る。
「女子がちょいちょい、敬人の席の周りうろついてるの見たことがあって」
「迷える子羊がどぎまぎしながらお手紙投函してるわけでもなさそうよな」
いってから、紙原が苦笑した。「てか、今騒がれてる男女平等って、こういうことじゃないと思うんだけど」と。
「だってこれ、男子が女子にやってみ? えらい騒ぎだべ」
「なんか着眼点がいろいろ違う」と稲臣が呟く。
「で、迷える子羊の皮を被った黒い羊に名前はあるわけ?」
一拍置いて、稲臣は「鴇田」と答えた。
「大島とか結城もたまに」
紙原に「敬人お前、あいつらに喧嘩売った?」とふざけているのかまじめなのかわからない調子でいわれ、「まさか」と苦笑する。
「まったく、うちの敬人君いじめないでよね」
「あたしたち敵に回したら厄介よ」と、本当に厄介そうな口調で稲臣も続く。
「作戦会議だ」という紙原へ「なんの」と飛び出すまま尋ねると、「奴らの社会人生命を絶ってやる」となんでもないように返ってくる。
「そんな選手生命みたいな」といいながら苦笑もできず、「反作用ってものがあるでしょうよ」となんとか引き留める。
「ああ、夜中にシャワー全開にするとロックスターみたいになるやつな?」と紙原がよくわからないことをいいだす。「夜中のシャワーはあれ、意思があるもんな。殴ってくる」と稲臣まで乗っかってしまうのだからもう収拾がつかない。
「馬鹿、どじょうすくいでもやるのかよ。あの暴君から手を離したら負けだろ」と紙原が真剣にいう。もうなにがなんだかわからない。本題はすべて流されてしまった。