顔合わせから二週間が経過し、カテリーナとデイヴィットの婚約式を目前に控えた或る日。カテリーナはセラフィム公爵令嬢のティアラ・ル・セラフィムのお茶会に呼ばれていた。
婚約式の衣装に合わせる装飾品の最終チェックをしなければいけない上に、来賓者をおもてなしする品々を確認しなければいけなかったが…セラフィム公爵令嬢に呼ばれては行くしかなかった。
簡素だがそうは見せない作りのドレスを身に纏い、デイヴィットの瞳の色を思わせるような深めの色合いのエメラルドの装飾品を付ける。前回の顔合わせのときに見詰めあったことを思い出し、顔を赤らめる。
「お嬢様、馬車の準備が整いました」
サマンサが呼びに来て、カテリーナは馬車に乗り込みセラフィム公爵邸へと向かった。
華美な装飾品が置かれた玄関を通り、サロンへと通されたカテリーナ。既に他の令嬢も集まり指定された席へと座っていた。
「カテリーナ様、お待ちしておりましたわ」
「こちらこそ本日はご招待くださりありがとうございます」
他の令嬢と談話していた主催者のティアラが、カテリーナの前まで移動し挨拶を交わす。お互いににこりと笑っているが、カテリーナは自身がデイヴィットの婚約者になり、婚約式まであと僅かというタイミングで呼び出されたことに警戒していた。
カテリーナはティアラの纏うドレスや装飾品を見て絶句した。ドレスは緑系の柔らかな色味、装飾品はトパーズが散りばめられている。その色味はまるで、デイヴィットを表しているようだった。
金糸が輝き深い緑の瞳が印象的なデイヴィット。それを彷彿とさせる装いは、婚約者の証だった。かくいうカテリーナも前回のときは彼に合わせた装いをしていたし、今回も正式にお披露目は後日だがデイヴィットの瞳を意識した装飾品を身に付けている。
(これは…どういうことでしょうか?)
ティアラの装いに困惑するが、意図を計りかねるため無言を選択する。カテリーナとティアラの元に、他の令嬢が集まってきた。二人の装いを見比べ口元を扇子で隠す。
「まぁ、カテリーナ様…そのエメラルドの装飾品素敵ですわね」
「ありがとうございます」
「皇太子殿下の瞳を彷彿とさせる色合いが実に本日の装いにピッタリですわ」
ドラステ侯爵令嬢のアナスタシアがカテリーナを褒めるが、目元は笑っていない。彼女の家はセラフィム公爵派な為、彼女自身もティアラの取り巻きだった。
その取り巻きであるアナスタシアがカテリーナに見せた態度、それでこのお茶会の意図がある程度理解できた。
この度皇太子であるデイヴィットの婚約者が決定したとだけお触れが出ており、その相手は婚約式でお披露目すると言われている。
だからであろう、ティアラは自分が選ばれたと信じており…それを誇示する為にカテリーナを呼んだのである。実際はカテリーナ は既に顔合わせをしており、婚約式の準備をしているので、ティアラが選ばれることはないのだが。
「まぁまぁ、偶然お召しになっただけでしょう?目くじらを立てることではありません」
「ティアラ様、お優し過ぎですわ」
カテリーナは目の前の茶番にどう対応すべきか悩んでいた。売られた喧嘩を買うべきか否か。ここは敵地、堅実にいくのであれば後者を選ぶべきだが、カテリーナは前者を選んだ。
「ティアラ様は皇太子殿下と顔合わせをされた、ということでしょうか?………あら?私は先日顔合わせの場を設けていただきましたのよ。王族の方専用の薔薇園にお席をご用意いただきまして、とても素敵なお時間でしたわ。ティアラ様のときはいかがでしたか?」
にこにこと笑いながらカテリーナは捲し立てた。ティアラもアナスタシアもその他の令嬢も顔を引き攣らせている。それもその筈…王族との顔合わせとはイコール婚約者内定と同義だからだ。
「私は、顔合わせは…まだ…」
視線を彷徨わせしどろもどろに話すティアラ。アナスタシアはティアラの様子にみるみる顔面を白く染め上げた。
「まぁ!ですのにそのようなお召し物を着用していらっしゃいますの?不思議ですわね」
白々しくこてんと首を傾げる。みなまでカテリーナは言わなかったが、言わんとすることは伝わったようだ。
「皆様よくお揃いで」
白けた場に似つかわしくない快活な声が響き渡る。この館の主、セラフィム公爵の声だった。
ティアラは引き攣った顔で父親のセラフィム公爵を見る。白けた場やティアラの表情に気付きもせず、公爵はカテリーナを見つけると歩み寄った。
「これはこれはシルクレイド嬢、本日は我が娘ティアラの婚約内定記念パーティーにお越しくださりありがとうございます」
「こちらこそお招きくださりありがとうございます」
セラフィム公爵は先の話を聞いていない為、まだこの場は愛娘の婚約内定〃するであろう〃記念パーティーなのだ。カテリーナが挨拶を返したことで満足げに笑った。
カテリーナはカテリーナで、セラフィム公爵も知らないということに違和感を覚えた。
「お父様、デイヴィット様の婚約者の顔合わせは…」
震える声でティアラはセラフィム公爵に問うた。
「あぁ…国王陛下から顔合わせの了承はいただけていないが、じきに返事が来るさ」
にこやかにセラフィム公爵は答えるが、ティアラは確信した。カテリーナが顔合わせを終えたのだ…あと数日で婚約式を執り行う予定なのに、未だに顔合わせができない自分はデイヴィットの婚約者になれなかったということであり…。そして、カテリーナの話は本当だったということだ。
「シルクレイド嬢は次の婚約者は決まりましたかな?」
「えぇ…有り難いことに私にはもったいない方ですわ」
カテリーナはにこやかにセラフィム公爵に答えた。あまりの笑顔に内心舌打ちをするセラフィム公爵。
「どんな馬の骨ですかな?」
高笑いをしながらセラフィム公爵は聞くが、ティアラは気が気ではない。
「お父様…」
「シルクレイド嬢のお相手を伺ってもよろしいかな?」
ティアラはセラフィム公爵を制止しようとしたが間に合わず、セラフィム公爵はカテリーナに質問してしまった。
「どんな馬の骨…驚かれたりしませんでしょうか?」
「ふ…しませんとも…」
事実を知らぬは罪。そう思いカテリーナは口を開いた。
「金糸が靡くような輝かしい御髪に、森を思わすような緑が印象的な殿方ですわ。ちょうどティアラ様《・・・・・》のような色合いの方ですの」
ティアラをセラフィム公爵が見る。この色合いが一致する婚約者不在の男性は一人しかいない。
―――そう、この国の皇太子デイヴィット・ラル・フローレンしかいないのだ。
「は、ははは…シルクレイド嬢はご冗談が過ぎますな」
相手が皇太子だと認めたくないセラフィム公爵は、乾いた笑いを喉から発している。気にせずカテリーナは続けた。
「先日、王族の方専用の薔薇園にて…国王陛下及び王妃殿下、そして皇太子殿下と顔合わせをしてまいりましたの。父であるシルクレイド公爵と共に伺わせていただきました」
ふわりと柔らかい笑顔を見せる。セラフィム公爵はびっくりして開いた口が塞がらなかった。そして顔を真っ赤に染める。
「セラフィム公爵の仰った〃どんな馬の骨〃、とても面白い冗談ですわ。それでは私は間近に迫りました婚約式の準備の為、中座させていただきます。失礼いたします」
流れるように礼儀正しいお辞儀を披露し、カテリーナはセラフィム公爵邸のサロンを脱した。背後からバターンという音や「お父様しっかりしてください」と叫ぶティアラの声がしたが、自分には関り合いはないとセラフィム家の侍従に案内され、カテリーナは長い廊下を歩いた。