薔薇特有の気品高い香りが強くする庭園。カテリーナはその匂いを堪能しながら歩く。ふと視線を感じ、デイヴィットを見れば自分を見ており真っ赤になる。

「な、何ですか?従兄様(お兄様)
「懐かしい呼び名だな」
「あ!失礼しました。気が緩んでしまったみたいで…」
「気が緩んだついでに名前で呼んでくれたら嬉しいんだが…?」

カテリーナに向き直り髪を一房手に取る。そのままデイヴィットは髪を寄せ口付けた。

「な、ぁ…あ…」

口をパクパクさせる。どんなときでも淑女たれと教え込まれたカテリーナはデイヴィットに振り回されっぱなしで、全く淑女らしく振る舞えない。

それと同時に恋とはこういうものかと思い始めていた。前の婚約者(とき)は頼りなさを感じる彼に、自分がしっかりしなければ…と思い必死に日々を過ごしていたような気がする。

彼に口煩く『あれをしてはいけません』『これをしてくださいませ』と言っていただけだった。今思えば随分可愛げのない(・・・・・・・・) 婚約者であったな、と。愛想を尽かされても仕方のない女だったと反省した。カテリーナはもっと彼を頼っていたら…そう考えてやめた。頼ったところで投げ返されるのは明らかだったから。

それに今目の前にいるのは彼ではない。デイヴィットなのだ。他の男のことを考える等失礼ではないかと思い、デイヴィットに視線を向ける。そして意を決して口を開いた。

「デイヴィット様」

と。デイヴィットの顔は嬉しそうに破顔した。いつもの数多の女性を魅了してきた皇太子の笑みではなく、ただ一人に向けられる笑みだ。

「カテリーナ」

甘く低い声で名を呼ばれたカテリーナも顔を綻ばせた。お互いに笑みを浮かべて見つめ合う。

「やっぱりなんだか気恥ずかしいですね」

見詰めあっていた視線を先に外して、カテリーナは控えめに呟いた。誰かに見られている訳ではない筈だが、どうしても羞恥が先に来てしまう。それを察したのかデイヴィットはそれ以上強要することなく、親が待つ庭園の席へとカテリーナをエスコートをし、無事に顔合わせを終えることが出来たのだった。