学園の卒業から半年。学友たちが、それぞれの婚約者と結婚をしていく中、カテリーナは未だ縁談が纏まらず自宅で過ごしていた。縁談が無いわけではなかったが、シルクレイド公爵が了承するような縁談ではなかったからだ。
「このまま行かず後家になってしまうのかしら?」
アフタヌーンティーを楽しみながら、カテリーナはそう呟いた。
「そんなことにはなりませんよ、お嬢様。きっと旦那様が素敵な方を見つけてくださいますよ」
にこりと笑いながら、カテリーナ付侍女のサマンサが答える。紅茶を飲みながらカテリーナは思案した。ふぅ…と溜め息を吐く。
「お父様、今何て…?」
カテリーナは父であるランドロフ・フォン・シルクレイド公爵の執務室に呼ばれ、今しがた言い渡された内容に耳を疑った。
「デイヴィット殿下の婚約者にカテリーナが選ばれた…そう言ったんだよ」
にこにこと笑うランドロフ。カテリーナは驚きを隠せず開いた口が塞がらなかった。はっと気付き、慌てて口を閉じる。
「お父様?私は婚約破棄された身と同然です。皇太子殿下の婚約者は畏れ多いですわ」
困った顔をしてランドロフを見るが、どうやらランドロフが婚約者の立場をもぎ取ってきたらしい。
「お父様、無理をしたりしてませんか?」
「無理をしてないか、と聞かれると…。多少無理はしたかな?」
苦笑いをするランドロフにカテリーナは胃が痛くなる思いだが、自分を想ってしてくれたことに感謝をする。
「ありがとうございます」
カテリーナはランドロフにお礼を述べて、顔合わせ等の仔細を確認するのだった。
翌日。カテリーナはランドロフと共に王城に呼ばれ、薔薇が咲き誇る王族専用の庭園に用意された席に座っていた。
「シルクレイド嬢、呼び出してすまないな」
「お気遣い感謝致します」
対面に座り穏やかに話す国王にカテリーナはお辞儀をする。
「シルクレイド嬢を気に入られてましたものねぇ」
王妃が国王の横で嬉しそうに話した。それを「やめないか」と恥ずかしそうに制止する国王。仲睦まじい雰囲気の二人を止めるわけにもいかず静観する。ランドロフは慣れているのか涼やかな顔で紅茶を啜っていた。
(今の私はその辺りに自生する野花よ)
カテリーナはそう自分に言い聞かせ見ないように努めていた。
「父上も母上も、今日は私のために用意した顔見せの席だというのに…。少しは自重してください」
居たたまれなくなってきたカテリーナを察してか、デイヴィットが口を挟んでいる。王妃は「あらあら」と扇子で口元を隠し苦笑いし、国王はわかってやっていたのかしれっとしていた。
デイヴィットはそんな二人を呆れた顔で見ている。カテリーナはこのような時は黙っているのが正解とばかりに、笑みを絶やさず見守っていた。
「シルクレイド嬢、両親がすまないな」
「いいえ、仲がよろしくて羨ましい限りですわ」
「私もシルクレイド嬢と両親のようになりたいな?」
数多の女性を魅了してきた笑みで言われ、カテリーナの顔が真っ赤に染まる。両陛下はその姿に初々しさと在りし日の自分達を重ね、優しく微笑んでいた。ランドロフだけは違う笑顔を見せているが。
「でも…私は婚約破棄されたと、等しい存在で…」
「婚約破棄?貴女は婚約解消したのだし、相手が不誠実だった…それだけだろう?」
「対外的に良くないのでは…?」
戸惑うカテリーナは珍しくしどろもどろとなりながらも、話を続けた。
「大丈夫だよ。貴女のその聡明さがあれば」
デイヴィットは微笑んだままだった。ランドロフはすっと目を薄く開き思案している。
「予定外の婚約破棄劇場の舞台に上げられたのに、あそこまで上手く立ち回れるんだ。貴女なら国母になっても国民は歓迎してくれる、間違いない」
カテリーナは自分を認めてくれているデイヴィットに目頭が熱くなるのを感じた。前の婚約者は自分よりもカテリーナが聡くあることを良しとしなかったからだ。
「ありがとう、ございます」
「それはどういう意味だろうか?」
「え?」
デイヴィットが微笑んだままカテリーナに問う。カテリーナとしては、自分が認められて嬉しく思っただけなのだが、それではダメなのだろうかと首を傾げる。
「まだ返事を貰ってなかったな…シルクレイド嬢?」
じっと見詰めるデイヴィット。
「あ。申し訳ありません。私に皇太子妃が務まるのでしたら…よろしくお願い致します」
カテリーナも微笑み返した。デイヴィットはその微笑みに顔を少しだけ赤らめる。ランドロフは二人のやり取りに納得した顔を見せた。国王夫妻は初めから分かっていたのだろうか、笑顔を崩さず見守っている。
「少し歩こうか」
デイヴィットの差し出した手に自身の手を重ねる。立ち上がり、流れるようにそのまま腕を組んだ。カテリーナはその所作に何故今まで婚約者がいなかったのか不思議になる。そしてそのまま二人で薔薇が咲き誇る庭園内を歩き出した。