「やめて、お父様を虐めないで!」

 シルヴァンから離れ、トラバルト子爵に抱き着く。

「何故お父様まで虐めるの?身分が高ければ何をしても許されると思ってるの?」

レインはシルクレイド公爵を睨んでいた。その光景に呆気に取られる一同。悲劇のヒロインのような振る舞いにトラバルト子爵ですら呆然としている。

「トラバルト嬢、今のどこをどう見てその結論に至ったのかしら?」

こめかみをひくつかせ、カテリーナはレインを見据えた。レインは一瞬怯んだものの持ち直し、「今私が見た光景を見て」とはっきり答えた。

「トラバルト子爵は虐められたのではありませんわ。あえて言うならば、娘の教育をし直せと言われただけです。貴女はあまりにも幼稚過ぎるので」

初めは何を言われているのか理解してない様子だったが、段々と言葉の意味を理解したレインは顔を真っ赤にした。

「誰も教えてくれなかったもん!」
「そうでしょうか?少なくとも(わたくし)は何度もトラバルト嬢にお伝えしてましたよ?学園では身分の垣根を越えて接しても良い、とはなってますが…社交界の縮図です。上座には高位貴族から座っていくというのは、幼少期に習う最初のマナーと等しきものですわ。それを軽んじて良いということではないのです。それを含めた最低限のマナーを基に、身分の垣根を払って接しましょうということですのに…」
「知らなかったって言ってるじゃない!」

レインはヒステリックに叫んだ。端から見れば出来の良い姉と不出来な妹のように見えたことだろう。

「知らないのであれば知れば良いのです。実際最初の頃は皆が教えようとしていましたよ」
「知らない、知らないわ。教えようとしてたなんて知らないもの」
「そうですわね。最初から頑なに私達(わたくしたち)高位貴族からの話は聞こうとしませんでしたね。見かねた男爵令嬢が話し掛けた時も、〃何よ、高位貴族(アイツら)の味方なの?〃と憤って話にならなかったと聞いてます」

カテリーナの話に瞳を潤わせ、レインはシルヴァンを見た。

「シルヴァン、見た?いつも皆そうなの。高圧的で私は萎縮しちゃって、虐められるの」

真っ青な顔のシルヴァンはレインから目を逸らした。それと同時に数日前のカテリーナの言葉を思い出していた。



『ご自身で考えましたか?』



あれから、爵位を問わずレインについて確認したが、皆口々にレインの素行について苦言を呈していた。

席次については何人もが注意し、同じように返されていた…〃早い者勝ちなんですよ~。公爵だか伯爵だか知りませんけど、好きな席に座ったらどうですか~?〃と。ドレスについては、レイン付の侍女が証言した。とても未婚の令嬢が着るような代物ではなく、困った末にカテリーナ付の侍女に相談したことを。その結果、カテリーナが苦渋の決断の末に珈琲をかけるに至った…と。

更にデイヴィットとのことは、完全にレインの穿った見方がもたらした誤解であったこともわかった。確かにデイヴィットは婚約者がいなかったが、だからと言って婚約者持ちの女性にモーションをかけるような人ではないことは、シルヴァン自身が良く知っていた筈なのに…。

今更後悔しても遅い。既に自分は廃嫡される身。真実に辿り着いてもどうすることもできないのだから。もっときちんとカテリーナ(婚約者)の話に耳を傾けていれば…もっと違う結末が待っていたのではないか、そんな甘いことを考えてしまう自分に自嘲した。それを引き戻したのはレインの声だった。

「シルヴァン?聞いてる?このままだとシルヴァンが公爵家を継げなくなっちゃうんだよ!」
「継げなくなっちゃうのではなく、もう継げないんだよ」

未だにわかっていないレインにシルヴァンは現実を伝える。父親のアッシュレイ公爵は国王陛下に対して、シルヴァンではなく弟のフェルナンドに継がせると宣言したのだ。覆ることはもう―――ない。

「どうして?シルヴァンは嫡子なのに…カテリーナ(あんた)のせい?」

カテリーナを睨むレイン。一介の公爵令嬢が公爵家の嫡子を廃することができるわけがないが、レインの頭ではそう思い至ることもできないだろう。レインを除く全員が冷めた視線を向ける。