「私とシルクレイド嬢は遠縁なのだが、まさかアッシュレイ公爵令息はお忘れになったのかな?」
未来の側近候補を名前で呼ばなくなったデイヴィットにシルヴァンは顔を青くする。
「遠縁でしょう?結婚できるじゃないですか!」
顔を青くしたシルヴァンに気付かないレインは続けた。
「まさか、遠縁だから親密な関係にはならないとでも仰りたいのですか?そんなの屁理屈ですよ」
カテリーナが遠巻きに見たトラバルト子爵は真っ青を通り越して真っ白だ。目の前のことに夢中な彼の愛娘は父親の懇願するような視線に気付きもしない。
(屁理屈を言ってるのはどちらかしらね?)
鼻で笑ってしまいそうになるレインの話。カテリーナはこっそりと手をつねり耐える。
「そうだね。遠縁でも婚姻できるね」
「でしょう?」
「でもね、残念ながら君が見たのはそんな甘い空気が漂うような話をしていたんじゃないんだよ。君達のただならぬ関係に悩んだシルクレイド嬢の決意表明を聞いていただけなんだ。〃王室からの信頼を損ねるような真似をいたしまして申し訳ありません〃とね。シルクレイド嬢に何の落ち度もないのに…。しかもさ、卒業式典後に関係者を集めて静かに話をする手筈まで整えていたのに…君達のせいでそれも台無しだ。卒業式典までこんな下らない話の為に潰されて、卒業生達も憤っているよ?君達はそんなことすら気付かない程に愚かなのか?」
デイヴィットの独壇場と化した。側近に資料を運ばせ、その場に撒き散らす―――それは報告書だった。カテリーナが複数の情報屋から集めたものだ。シルヴァンとレインの言い逃れが出来ない程の不貞に関する報告書。さっと、目を通した者はどちらに非があるか明白だと言う程に。
その報告書をちらりと見たシルヴァンは絶句する。学園でレインと出会ってから今日までの逢瀬の記録が何枚にも渡り書かれていた。
デイヴィットはシルヴァンの様子に、もうこれ以上何も言わないだろうと判断しレインにのみ話を続けた。
「トラバルト嬢。この場が卒業式典の最中で良かったね。でなきゃ君、不敬罪で死刑だよ」
意味が通じなかったのか、レインはポカンと口を開けている。そう、学舎の中の出来事だから爵位に関係なく多少フランクに接しても許されている。これが卒業後には通用はしない。
「もしかして、不敬罪が問われないタイミングを選んだのかな?」
「え?」
デイヴィットがにっこりと笑う。数多の女性を魅了してきた皇太子の笑みだ。
「もしかしてデイヴィット様、私のことが好きなんですか?」
ピシリと空気が凍る。レインは非常に都合良く物事を解釈したようだ。
「ダメですよぅ、私はシルヴァンのものですから。やぁん、私ってば罪な女。きゃー」
語尾にハートでも付いてそうな甘ったるい声色で騒いでいる。御目出度い女だと場は白けた。
「頭が御目出度い女、皇太子妃―――ひいては王妃になれるか…馬鹿が」
小さく低い声でデイヴィットが毒づく。
「馬鹿?馬鹿って言いました?酷いです、デイヴィット様!」
「それと婚約者でもない異性を名前で呼ぶのもマナー違反だ。覚えておくと良い」
騒ぐレインを無視し一言、苦言を追加するデイヴィット。それでも尚、きゃいきゃいと騒ぐレイン。その傍らには既に戦意を喪失しているシルヴァン。デイヴィットに場を譲り黙しているカテリーナ。混沌とした重々しい空間。
それを破ったのは国王だった。
「もうよい!どちらに非があるかは明白だ。これにてこの茶番は終わりだ。またこの件に関しては他言無用。後日関係者を集めて場を設けることにする。良いな?」
その場に居たもの―レインのみは不貞腐れたままであるが―全員が「陛下の御心のままに」と返し、頭を垂れた。その場はお開きとなる。
そして、ようやく中断されたままだった卒業式典が再開され、カテリーナはほっと胸を撫で下ろした。いつまでもこんな騒ぎで大切な式典を潰してしまうわけにはいかなかったからだ。
少しだけ視界をシルヴァンに向ければ、デイヴィットが撒いた紙を拾い集めるシルヴァンの姿が見られたのだった。レインはそんなシルヴァンを応援するという何とも表現し難い空間になっており、カテリーナは見ないフリをして自身を呼ぶ声に応えるのだった。