後日、ヒューベルトに王太子を辞させフェリクスも含め改めて王太子を選定すること、両王子の婚約はしばらく保留にすると国王は円卓会議の場で伝えた。反発するものもいたが、ホライズン元侯爵の暗躍の話をし、一年後には婚約者だけでも決定するという形で落ち着いた。

その間に年頃の娘を持つ親《貴族》は、娘の売り出しに精を出している。アドリアーナ家は当然ながらそれ《・・》には不参加だが。婚約者のいるユーフェリアの家―――ノクター伯爵家も不参加である。影ではアドリアーナ伯爵家は勿体ないことをしたと言われていた。

「多少の陰口等王太子妃には付き物だ―――何て御高説を賜ることもあるわね」
「あらあら、自身の身に起きないとわからないのかしら…全くお《・》バカ《・・》さん《・・》だこと。あれが多少の理不尽でないからこうなっていますのに」

セリーナはユーフェリアとお茶をしながら近況を伝えていた。今までは王太子の婚約者だったことから、あまり話をしたことがない令嬢からも有難い話をされるようになったのだ。大半は伯爵位以上のご令嬢からだったが、中には子爵位や男爵位のご令嬢までおり、セリーナは世も末だなと呆れるばかりだった。

「でも、私は嬉しいですわ。妃教育で多忙を極めていたセリーナとこうしてお茶がゆっくり飲めるのですから」
「ふふ…ありがとう」

ふたりは微笑み合い、残りの時間を楽しんだ。



そんなセリーナの元にひとつ縁談が舞い込んだ。相手はドステア公爵―――婚約破棄の場にいた宰相の家からだった。びっくりするセリーナだったが、サイフォン曰くあの《・・》時《・》のセリーナの立ち振舞いをお気に召した…とのことだった。

ドステア公爵の嫡男以外はご令嬢だけ、また嫡男には婚約者がいたと記憶していた。相手は誰か忘れてしまった。

「お父様、ドステア公爵令息様には婚約者がいらっしゃった…そう記憶しておりますが…」
「婚約は破棄されたのだ」
「破棄、ですか?」

さっぱり話が見えずセリーナはキョトンとする。サイフォンは伝えるべきか迷っているようだ。

「ドステア公爵令息の元婚約者殿はホライズン《・・・・・》元侯爵令嬢《・・・・・》だ」
「お、お兄様!?」

シグルドは端的に話した。彼もこの場に同席しており、父サイフォンの歯切れの悪さに多少のイラつきを覚えていたのだ。

「ミリアリア嬢の姉、ステファニー嬢だ」

ステファニー…そう聞いてセリーナは思い出したことがある。王族主催のパーティーでミリアリアが唯一ヒューベルトから離れて付き従っていた女性がいたことを。その彼女もミリアリアに負けず劣らず、それ以上にセリーナには辛辣な物言いをしてきたことを。

成る程、とセリーナは納得した。あの騒動の後ホライズン家は取り潰しとなり、領地は国領として没収された。またその親族も含め全員が平民となり、ホライズン侯爵と嫡男には鉱山での労働が課せられた。妻は我先にと離縁し実家に戻ったそうだが、関わりたくないと好色などこかの貴族に嫁がされたと聞く。ミリアリア嬢もステファニー嬢も厳しい生活を送っているだろう。

しかし、今のセリーナには関係のない話である。今はドステア公爵からの手紙の方が余程重要な案件だ。

「一度、クライヴ―――んん、ドステア公爵令息に会ってみたらどうだ?」

どう断ろうか考え倦ねているセリーナに、シグルドはそう告げた。呼称を言い直したシグルドにきょとんとするセリーナ。しかしすぐに学友だったのだなと思考が追い付き納得した。

「ドステア公爵令息様はどんな方なのですか?」
「優しい。しかし芯の強い男だ」

セリーナはシグルドの回答に笑みを浮かべ、「お兄様の信頼厚い方でしたらお会いします」とサイフォンに告げた。サイフォンもセリーナの良い返事に笑みを濃くして、縁談の返事をしたためるのだった。





 セリーナがサイフォンに連れられ、ドステア公爵邸を訪れたのは返事を送ってから二週間程過ぎた頃だった。

「アドリアーナ伯爵、この度はこちらの申し出に良い返事を頂戴し誠に感謝する」

あの《・・》呼び出しの際に不幸にも同席された宰相―――ドステア公爵はにこやかにサイフォンと握手を交わしている。その姿を若干冷ややかな視線で見ていると、ふいに視線を感じそちらへ向く。

ドステア公爵令息、クライヴと視線が交わる。反射的ににこりと淑女の微笑が出てしまう。クライヴは同じように紳士の微笑のまま軽く頭を下げ、父達の元へと歩み寄っていった。その一連の動作にある種の慣れ《・・》を感じた。

父親たちは会話に花が咲いたらしく、セリーナはクライヴと談話室から追い出されてしまった。クライヴはにこりと微笑み、中庭へと案内する。流石公爵邸とも云うべきか、見事に花が咲き乱れ色とりどりの綺麗な空間が出来上がっていた。



「今日は私達の顔合わせだというのに、父上達にも困ったものだね」

苦笑しながらクライヴはセリーナの先を歩み、中庭を進んでいた。セリーナはにこりと微笑みそれについて行く。

「仕方ありませんわ。父と公爵様はこのような場でもなければお話しする機会もありませんでしょうから。それに、クライヴ様と兄が御学友で仲がよろしかったと聞き及んでおります。父と兄はよく似ておりますから…こうなるのは必然かと」
「気を悪くしていないかと心配していたが、どうやら希有だったかな?」
「お心遣いありがとうございます」

クライヴも親の目がなくなり、だいぶ打ち解けてきたのか最初の印象よりもかなり話が弾んでいる。中庭をゆっくりと移動しながらの会話は、セリーナも心地よさを覚えた。そうして両家の顔合わせは好感触のまま終わりを告げた。そしてそのままセリーナとクライヴは信頼を重ね、一年後に結婚したのだった。





「お母様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ごめんなさい、ぼぅっとしていたわ」

 顔を覗き込む愛息子のロシナンテに微笑みながらセリーナは答えた。あれから七年の歳月が過ぎ、セリーナはクライヴとの間に一男一女を設けていた。

「本当に大丈夫か?」

愛娘のアリスティアを抱いたクライヴがセリーナを抱き寄せる。

「えぇ、本当に大丈夫よ」

心配する夫にも微笑みながら答えた。セリーナがぼぅっとした理由は王室の話を聞いたからだった。

結局王太子はフェリクスがなり、辺境伯の令嬢と婚約し結婚に至ったと聞いた。ヒューベルトは隣国の伯爵家の令嬢と恋に落ち、その家へと婿入りしたとか。自国では男爵位しか与えられないと言われていたので良かったというべきか微妙ではあるが。

昔のことを少しだけ思い出し、変な顔をしていたかなと思い…クライヴにのみそっとそれを耳打ちした。それを聞いたクライヴは成る程と納得し、納得していないロシナンテに大丈夫だと告げた。

薄幸の伯爵令嬢、セリーナ・アドリアーナのお話はこれでおしまい。彼女は最後まで幸せに暮らしました、とさ。