カテリーナに同化したリリー。最初の仕事は情報を集め、話を壊すためだ。その為
シルクレイド侯爵の息のかかった情報屋ではなく、第三者に依頼を複数頼んだ。

これがカテリーナにはできないことだった。物語の登場人物に割り振れた役割の中で主人公達に不利になることはさせてもらえないのだ。だからこそリリーが最初にしたかったことだった。

そして、デイヴィットへの浮気の仔細報告。これもカテリーナではできなかった。リリーは要所のみ現れ、他はカテリーナ自身に任せた生活を過ごしていた。

或る夜。暗闇に現れる人影。カテリーナはわかっていたかのように起き上がった。

「様子は?」

ふるふると影は首を振った。

「そう、あの子に彼女(・・)と接触するよう伝えなさい。ただし、こちらの予定が完了後に…と」
「了解致しました」
「それと、貴方は彼のサポートに回って。あらかた仕込みが済んだら、彼女とは言ったもののあってるのかしら…もしかして、彼かしら?に接触して。貴方のおかげでこちらの準備は整ったわ、ありがとう」

カテリーナはにこりと微笑んだ。影はその姿を確認し来たとき同様、闇夜に姿を隠した。

「いよいよ大詰めね」

ベッドに横たわりカテリーナは呟いた。そして目を閉じた。





 卒業式典から怒涛のように過ぎた日常も婚約式が終わり、落ち着きを取り戻していた。カテリーナは微睡みの中から覚醒する。見覚えのある輝く草原に佇んでいた。

「ここは…?」

キョロキョロと周りを見回す。そこには以前不思議な猫、リリーと出会い契約を交わしたところだった。

「リリー?貴女が呼んだの…?」
【えぇ、円環の輪から抜け出せたから呼んだの】
「抜け出せた…?」

カテリーナは足元にいる猫のリリーを抱き上げ頬擦りをする。

「ありがとう、リリー。貴女には感謝しかないわ。お礼をしたいのだけれど…」

リリーを抱き締めていたカテリーナは絶句する。リリーの身体が透け始めていたからだ。

「リリー?」
【契約は無事履行され、カテリーナの願いが叶ったから。そろそろお別れね】

慌てるカテリーナとは対照的にリリーは冷静だった。まるでこうなることは想定内とでも言わんばかりに。

【お礼…。そうね、カテリーナ幸せになりなさい。デイヴィットと】
「リリー…」
【あたし、湿っぽいのは嫌いなの。笑顔で別れましょう?】

ぐすりと鼻を鳴らしカテリーナは微笑んだ。リリーも微笑み返し、二人は抱き合う。

「さようならは言わないわ。また会いましょう」
【えぇ、また】

口では別れの言葉を交わしたが、カテリーナはリリーが消えぬようにぎゅっと強く抱き締めていた。やがてその重みがなくなり、カテリーナは自分を抱く形になる。

「絶対…約束よ…」

カテリーナは強く自分に言い聞かせるように呟いた。



その後、デイヴィットとカテリーナは良き指導者とその妻としてのちに名を残す治世を行い、子宝にも恵まれ幸せに暮らしました―――とさ。悪役令嬢カテリーナ・フォン・シルクレイドの物語はおしまい。