「……………ごほんっ。お茶会の件は理解したが、まだ他にもあるぞ!レインのドレスをダメにしたそうじゃないか!」

 ドレスと言われてもカテリーナはピンとこない。思案のため首をかしげる。

「舞踏会…」

ボソっとレインが呟いた。

「あぁ、あの破廉恥な布のことでしょうか?」
「そうよ!折角仕立てたのに…」
「あのまま舞踏会にご出席されていましたら、トラバルト嬢は針の筵になるところでした」
「それとドレスをダメにする件が結び付かないが?」

シルヴァンはカテリーナを睨み付ける。

「本当に結び付きませんか?ご自身で考えましたか?」

諭すように話すカテリーナ。しかしシルヴァンは何も言わない。レインの話を信じる、ということらしい。少しだけ肩を竦め語りだした。

「でしたら説明いたしましょう。婚姻をしていない令嬢は、肌を露出するようなドレスはマナー違反です。胸元を大胆にカットすることも、ドレスにスリットを入れることもなりません。背中を出すことさえ(はばか)られます。しかし、トラバルト嬢のご用意されたドレスは…」

件のドレスを思い出し、カテリーナは顔を青くした。

「胸元も背中も肌がよく見えておりまして…足も惜しげもなく晒すような代物したわ。あのままではトラバルト嬢は〃娼婦〃と揶揄されてしまうと思い、着れぬように汚させていただきました」
「なっ!」
「個人の自由でしょ!どんなドレスを着ようが!」

絶句するシルヴァンと噛み付くレイン。周囲はこのスキャンダラスなやり取りに黙視を続けている。

「確かにパーティーの着衣は個人の自由です。しかし、マナーやモラルを重んじることがその根底にあります。自由の意味を履き違えてはなりません」

きっぱりそう言い切るカテリーナ。レインは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。そしてすぐにシルヴァンの背に隠れてしまう。

「他にはまだございますか?トラバルト嬢からの申し立ては…」

今までのやり取りで気力を削がれつつあるカテリーナは、この茶番を早々に切り上げたくなってきていた。シルヴァンの婚約者だからと付き合ってきたが、そろそろ色々な意味でその義理すら通したくなくってきている。

「まだあるぞ!皇太子殿下と親密な関係だそうだな」

カテリーナの返しに死にかけていたシルヴァンが息を吹き返す。余計なことをしたと気付いたときには既に遅かった。新たな燃料が注がれていたのだから。それは大きな溜め息を吐き、カテリーナは額に手を翳した。

「おや、遂に私の出番かな?」

 にこやかにこちらに近付いてくるのは、先程話題に上がった人物である―――この国の皇太子である、デイヴィット・ラル・フローレンだった。カテリーナはドレスを広げ、腰を折る挨拶を向けた。

「恐れ入ります、殿下。婚約者同士の痴話喧嘩として見逃してはいただけないでしょうか?」

一縷の望みを掛けカテリーナはデイヴィットに申し出てみた。しかし、それをデイヴィットは無言の笑顔で一蹴する。

(国王陛下は穏便にとお考えのようでしたが、皇太子殿下はお怒りのようね。従兄様(お兄様)らしいです…曾祖母様(おばあ様)の血統は怒らせると怖いですわね)

少しだけ口元を緩めたカテリーナ。しかし、今はそれどころではないと気を引き締め直し、デイヴィットの出方を伺った。

「さて、シルヴァン?私とシルクレイド嬢が親密な関係だと誰から聞いたのかな?」

笑顔のままデイヴィットは問うているが、その背後からは怒りが垣間見得たような気がして、カテリーナはこれ以上シルヴァンとレインが失態を犯さないよう祈るしかなかった。

「私、見たんですよ。お二人が赤らんだ顔で見つめあっていたのを!これはシルヴァンに対する不貞ではありませんか?」

レインは鼻息荒く告げた。(え?それだけ?)と聴衆から声が上がりそうだ。祈りは通じずカテリーナは頭が痛くなる。

「それを言うのなら、君たちはどうなるのかな?」

笑みが消えた顔でデイヴィットはシルヴァンとレインに返した。尤もな意見であると廻りの息遣いでわかる。

「私たちは純愛です。互いが互いを必要としている運命の(つがい)なんですから!」
「そうか。番であるから不貞ではないと?」
「もちろんです」

レインの自信に満ちた答えにカテリーナはもちろんのこと、デイヴィットも呆れ果てた。
稚拙な言い訳だ。何故〃運命の番〃が言い訳になると思ったのだろうか?と周囲も遂に呆れ果てている。〃運命の番〃とやらと夫婦になりたいのであれば、やりようはあっただろうに…。

少なくともトラバルト〃子爵令嬢〃のままでは、アッシュレイ〃公爵令息〃には釣り合いが取れないが、自派閥の伯爵家に養女として引き取らせれば良かったのだ。その上でカテリーナに婚約解消を申し出れば、互いに被害は最小限で済んだハズ。

このような痴態を晒さずにいれたのに―――そう考えないようにしていたが、あまりの相手の稚拙さにカテリーナは怒りで頭が沸騰しそうだった。