昨日の卒業式典で散々な目に遭い、レインはイラついていた。
「何で私の方が貶められるわけ?納得いかない。そんな物語じゃないし…」
アッシュレイ公爵が手配した宿の部屋で机を叩いていた。レイン付メイドのメリアは、昨日付けでクビになっている。当たる相手がいない為、レインのイライラは更に増すばかり。シルヴァンとも引き離され、当事者の話し合いまでは監視されており、手紙すら検閲の対象になってしまっていた。
「きちんと役割を果たしてもらわないと」
レインはシルヴァンと結婚し幸せになり、カテリーナは悪役令嬢らしく″ざまぁ″される。これこそがレインの望んだ世界であり、レインの考える正しい世界の在り方だった。
しかしレインの目論みは外れ、シルヴァンは公爵家から追放、レインはトラバルト子爵家から修道院へ送致と決定した。最後までレインは抵抗したが、それらも虚しく修道院へと送られた。
シルヴァンとは会えなくなると言われ、それが余計に腹立たしかった。
「何で私が…逆ざまぁされてるの?意味わかんない」
惰性で行っていた修道院での毎朝の礼拝のときに、独り言を呟きながら手を合わせている。
すると、壁に掛かっている十字架がピカッと光り、レインは眩しさで目を閉じた。
「何?眩しい…」
『反省の色はなしか。まぁ、そうだろうね』
光の中から白銀の髪の人物が現れる。レインにはその人物の呟きは聞こえておらず、ただ驚きの表情だけを向けていた。
「あなた、誰?」
『僕?救済者』
にこりと笑ってそう告げる白銀の髪の者。レインはその回答に笑みを深めた。
「救済者って困ってる人を助けるのよね?」
『そうだよ』
「だったら、この世界のヒロインたる私を助けなさい。今度こそ上手く立ち回ってカテリーナをやっつけてやるんだから」
ニヤリと笑うレイン。その姿に救済者は溜め息を吐いた。
『君は助けられない』
「何でよ!私がヒロインなのよ」
『そうだね、器はヒロインだったレイン・トラバルトのものだ。しかし…』
すぅっと目を細めて救済者は言った、『魂が違う』と。その言葉に身に覚えのあるレインの肩が揺れる。
「魂って?私は私、レイン・トラバルトよ」
『ふぅん、そこまで言うなら見せてあげるよ』
救済者は手を翳しレインの姿を鏡に映した。レインとは違う姿を。
『なるほど。君は作者だった者なのか…。この物語を完結させられず前回の生を終え、ここに来てしまったんだね。そして作者だった故かはたまた故意にか…イレギュラーな力を得て、レインとシルヴァンの物語を納得いくまで書き換えようとした、と』
「だったら何?」
『もうここは君の世界ではない。数多にある実在する世界になったんだ。元は君の描いた物語だったとはいえ、君の思うがままに書き換えることは禁忌だ』
「いやよ、カテリーナを破滅させなきゃいけないんだから」
レイン―――ではなく、作者だった者。彼女はカテリーナを破滅させることが目的になってしまっている。ヒロインとヒーローを幸せにすることが目的で書き始めた物語の筈なのに。
救済者は頭を振り作者だった者に告げた。
『お前に救済はない。あるのは消滅のみ』
「え?」
作者だった者がレインから出てくる。代わりに輝く魂をその身体に入れた。
「何して…」
『お前の目の前で死んだと見せかけた本物のレイン・トラバルトの魂を肉体へ戻した。肉体のないお前の魂の運命は消滅しかない』
「やだ!いやよ、まだ納得できる結末になって…なぁぁぁぁぁ!」
救済者が翳した手を握ると作者だった者は消えた。
そして、救済者にレインが跪く。
「ありがとうございました」
『気にするな。しかし、アレが行った愚行はそなたのせいになってしまったが…』
「かまいません。これからは修道女となり、今までの分も含めて一人で頑張ります」
『一人、か…?』
救済者が悪い顔で笑う。ギィーと鈍い音を立て修道院の扉が開いた。レインが驚いた顔でそちらに向く。
「レイン!」
「………シルヴァン、様?」
「俺は平民だが、君は受け入れてくれるだろうか?俺は君と今までのことを償っていきたい…」
「シルヴァン様…」
シルヴァンはレインに近付きその手をとった。訳もわからずレインは困惑し、オロオロとして思わず救済者を見やる。
『君達の間には今までに築き上げた愛情があるんだ。二人で添い遂げながら、償いたいものを償えばいいんじゃないの?』
ウインクしながら救済者はそう伝えた。その頭にげんこつが落ちる。
『あいてっ!』
『もう行くぞ。これの処分を決めないとな』
レインは目を見開く。救済者と名乗った人物に瓜二つの顔をした人物が現れたからだ。救済者が昼なら、その人物は夜に例えられる色合いの持ち主だった。しかも、その手には黒い珠が握られている。
『二人で末長く幸せに!本当の救済者からの伝言だよ』
昼のような色合いの救済者を名乗る人物がそう告げた。それを見ていたシルヴァンは、不思議そうな顔でレインを見る。
「今のは…?」
「ふふふ…ゆっくり教えますね。話が長くなりますから」
握られている手を握り返したレインがシルヴァンに微笑んだ。シルヴァンは握り返された手に少しだけ驚いたが、レインと同じように微笑んだ。
レインとシルヴァンの話はこれでおしまい。二人は死が二人を別つまでずっと孤児を引き取り、自分達の子供と分け隔てなく育て幸せに暮らしました―――とさ。ミッションコンプリートだな。
『そういや、この黒いのは?』
『―――元の世界に送還だな』
ポイッと救済者は黒い珠を次元の狭間へ捨てた。それは作者だった者の魂だった。元の世界軸へ記憶を消され飛ばされた。悲惨な輪廻転生を繰り返すことになるだろう。
『主様を迎えに行くか』
『そうだな』
レインに昼と夜に例えられた二人は主様と呼んだ人物を迎えに次元回廊を歩きだした。