レイン・トラバルトは同じ舞台に上がり続ける主演女優だった。目の前にいる少女に懇願する。″この舞台から降りたい″と。
「もう止めたいの、こんなこと…」
『ダメだよ、レインはこの世界の主役なんだから』
「いや、もう解放して!そうだ、貴方が私になれば良いんだわ」
レインは用意した小瓶を一気に飲み干しその場に倒れた。彼女と会話していた少女は驚きレインに近付いく。
『嘘…死んでる?何で!?あなたは公爵夫人になって幸せになるのよ?何が不満なの!』
少女はレインの気持ちがわからず困惑した。
『大丈夫よ。主役が消えたんだもの…すぐにまた世界が再構築…』
周りを見るが、世界が変わり始める気配がない。
『再構築されない…?何で!どうして!』
少女は慌てた。
『し、仕方がない。私が主役になるしか…』
倒れたレインに手を翳し中に入っていく。
「思ったより馴染むわね」
ムクリと起き上がったレインは手を握ったり開いたりして確認する。その姿は白銀の髪が靡き金色の瞳が輝いていた。倒れる前のレインの瞳は青かったが、中が変わってしまったため瞳が変わってしまっている。
しかし、レインはそのことには気付かない。もし気付けたとしても、瞳の色くらいで…と気にもとめなかっただろう。レインはニヤリと笑った。
「待っててね、私の王子様」
王立学園の入学式。レインはキョロキョロと周りを見回し、シルヴァン・ル・アッシュレイを探していた。そこへ一台の馬車が止まり中から茶髪の高身長な青年が出てくる。
彼の容姿、馬車の家紋を確認し、レインはほくそ笑んだ。
「きゃあ!」
偶然を装いレインは馬に驚いたかのように尻餅を着いた。慌ててアッシュレイ公爵家の行者がレインを見て怒鳴る。
「危ないじゃないか!この田舎者が!」
「う、ヒドイ…」
グスグス泣き出すレイン。周りの生徒達は行者の態度に眉をひそめた。シルヴァンが睨めば密やかに非難していた生徒達は静かになる。しかし視線はとても冷ややかだった。
シルヴァンは痛くなる頭を押さえ、行者を黙らせた。
「しかし坊ちゃま…」
行者が″坊ちゃま″と告げた瞬間、睨み付けるシルヴァン。失言に気付いた行者は黙る。
「うちの者が失礼した。怪我はないか?」
シルヴァンは手を差し出し、レインはその手を取る。立ち上がったレインがよろけたがシルヴァンはそれをしっかり支えた。
「怪我はありませんし、大丈夫ですよ」
レインはにっこり笑って答えた。シルヴァンは内心ホッとし行者に帰るよう指示したのち、レインを学食へとエスコートするのだった。
「えっと…これは?」
「好きなものを頼むと良い」
学食にエスコートされたレインは、対面に座るシルヴァンに戸惑ってみせた。
「どうした?」
「あの、理由がわかりません」
「お詫びだ。気にするな」
「あ、はい…」
突然のことに戸惑いメニューを決められないレイン。シルヴァンは様子を見ていたが、元々短気な性分ゆえに次第にイラつき始めた。
「焦れったいな。悪いが甘いものを全部持ってきてくれ」
メニューとにらめっこし、選ばないレインに痺れを切らしたシルヴァンはそう給仕に伝える。その言葉にレインはギョッとし慌てるが、シルヴァンはシレッとしている。
「食べきれなければ残せばいい」
レインはシルヴァンの言葉に悪い笑みを浮かべた。(この展開を待ってたのよね)と。
「残す、だなんて。ダメですよ!この国には食べ物すらロクに食べられない方もいるんですから。あ、おすすめは何ですか?」
「今日はアフォガードでございます」
「ではそれで!えっと…」
「シルヴァン。シルヴァン・ル・アッシュレイだ」
「シルヴァン様はどうされますか?」
「コーヒーで」
「かしこまりました」
シルヴァンはレインに叱咤され、驚くと同時に自分に物怖じしない令嬢として興味を示した。給仕が頼んだ品を運ぶ間、レインが話すことを静かに聞いている。
給仕がアフォガードとコーヒーを運び終え下がる。レインはアフォガードを口に運び、顔を綻ばせた。
「おいし~い」
くるくる変わるレインの表情にシルヴァンも口元が緩む。二人は学食で他愛ない話をしながら交流を深めるのだった。