舞踏会当日。カテリーナはサマンサ経由で、レイン付メイドの嘆きを耳にした。

「その話は本当なの?」

思わず耳を疑う。しかし、サマンサが連れてきたレインのメイド―――メリアは真っ青な顔で報告してくる。

「カテリーナ様、お願いでございます。レイン様を、お嬢様をお助けください。あのようなお召し物で舞踏会に赴けば、トラバルト子爵家の恥でございます」

聞いた限り、未婚の令嬢が着るような代物ではないらしい。未だにカテリーナは半信半疑だが。

「サマンサ、コーヒーの用意を」
「かしこまりました」
「メリア、と言いましたか?レイン様の足止めは可能でしょうか?」
「は、はい!」
「直ぐに向かいますので、足止めをお願いしますね」

メリアは慌ててレインの部屋へと戻っていった。カテリーナはこれから起こるであろうことに頭を抱える。サマンサの様子を確認しレインの元へ向かうのだった。



「レイン様、その格好はお止めください」
「煩いわね、好きなドレスで出るんだから。メイドは黙ってなさいよ!」

カテリーナが部屋へ到着する頃にはレインとメリアは言い争っており、何事かと周りの部屋の令嬢達が興味津々な顔で見ていた。

「何事ですか?騒々しい」

メリアに頼まれたからではなく、喧騒により現れた体で揉める二人に近付くカテリーナ。

「あ、カテリーナ様うちのメイドが煩くしてすみません」

あくまでも騒いだのはメリアのみであると主張するレイン。そんな彼女の装いにカテリーナは眩暈を起こしそうになる。

胸元は大きく開き胸の渓谷を強調しており、背中もこれまた大胆に晒している。更にはタイト気味なスカートにはスリットがまたまた大胆に施され、動く度に素足が垣間見えてしまっていた。

周りに集まった令嬢達も言葉を失くし立ち尽くしている。カテリーナは酷くなる頭痛と戦いながら、レインに問うた。

「レイン様、今日の装いは些か場にそぐわないお召し物ではなくて?」

非常に遠回しな言い方であった。本来であれば嫌味のように直接伝えたい気持ちは山程あるが、相手はレインなのでまずは遠回しな言い方になってしまっている。

「ふふふ、カテリーナ様ったらシルヴァンがこの衣装で悩殺されないか心配してるのぉう?」

レインがニヤつきながら返してきた。会話が成立せずカテリーナは頭を抱える。周りもヒヤヒヤしながら成り行きを見守っていた。

悩殺されたらされたで別に構わないが…まぁ、アッシュレイ公爵家の恥さらしにはなるだろう。

「シルヴァン様がそのお召し物を纏ったレイン様に惹かれてしまったら、そのときは仕方ありませんわね。けれど…」

ちらりと脇を見る。サマンサが冷ましたコーヒーを用意している姿が確認できた。

「学園の恥になるので、その格好では舞踏会に出席はさせませんわ」

カテリーナにコーヒーを渡し身を引くサマンサ。優雅に腿から下をコーヒーで汚すカテリーナ。

「あ、あああああ…ヒドイ…」

汚された裾を持ち上げ嘆くレイン。メリアは直ぐ様レインを立ちあがらせて、着替えさせるべく引っ込ませた。ぺこぺことカテリーナに何度も頭を下げながら。

「皆様お騒がせ致しましたわ。レイン様の件でしたらもう大丈夫でしょう。先程見掛けましたおぞましいお召し物については、他言無用でお願い致しますわ」

カテリーナは集まった令嬢にそう告げその場を去った。残された令嬢達も先ほどのやり取りで事態を理解したらしく、少しだけ密やかな会話をして散り散りに解散した。





 舞踏会の会場に着くと、既にレインはシルヴァンに寄り添っていた。早着替えマジックですわねと呆れてしまう。一人で入場したカテリーナに場内は騒然となっている。

それは当然だった。通常学園の催し物とはいえ、舞踏会は婚約者を連れ立って入場するのが習わしだったからだ。万一婚約者がいない者は、婚約者がいない相手を誘い参加する。

会場にいる生徒達はシルヴァンとレインを見て眉を顰めていた。しかし、二人は気にしないのかずっとダンスを踊っている。

「カテリーナ様、よろしいのですか?」
「あら、リリアナ様。ごきげんよう。良いのです、恥の上塗りをしている婚約者とその妾(おばかさんたち)はこの異常事態がわからないのですから、放っておきましょう」

口許を扇子で隠し毒づくカテリーナ。リリアナもカテリーナが良しとするなら…と放っておくことにする。

奇異の目で見られているのに、気付かないのか…それともそれすら彼等の恋路のスパイスなのか…。カテリーナにはそれを推し量ることはできないが、好きにすれば良いと思っている。

それに証拠はいくらあっても良いのだから。カテリーナはほくそ笑む。

「リリアナ様、パートナーがお見えですわ。(わたくし)は大丈夫ですから」

リリアナは後ろ髪を引かれる思いでパートナーと共にダンスホールに降りていった。カテリーナはその姿を微笑ましく見ている。

「シルクレイド嬢、私と踊っていただけないだろうか?」

背後から声が掛かり、カテリーナは振り返る。恭しく手を差しのべるデイヴィットの姿がそこにあった。

「皇太子殿下、お誘いありがとうございます」

デイヴィットの手を取り、カテリーナはダンスホールへと降りていく。皇太子とカテリーナの為に中央を空ける面々。それに二人してお礼を伝え、空いた中央でホールドで曲を待つ。

音楽が流れホールに集まったカップルが踊り始める。中央を空けてもらったカテリーナとデイヴィットはもちろんのこと、リリアナとその婚約者。そしてシルヴァンとレインもいる。

「おやおや…まだ踊るのかな、あの二人は。恋は人を狂わすと言うが…あぁはなりたくないものだ」
「本当にそうですわ」
「シルクレイド嬢は何もしないのかな?」
「お戯れを。仮に(わたくし)が何か言っても、恋を焦がす燃料になるだけですわ」

カテリーナは諦めたような呆れたような表情で答えた。

「ふむ、そういうものか…」

デイヴィットは視線を少しだけシルヴァンとレインに向け、カテリーナに視線を戻した。先程までの表情を戻し微笑んだカテリーナ。

「そういうものらしいですわ」

その後は特に会話をせず優雅に踊りきった二人。デイヴィットはカテリーナをエスコートしたままホールを離れ、給仕が運ぶ飲料を取り喉を潤わせた。

少し談笑していると不意に鋭い視線を感じ、カテリーナはその視線の主に視線を向ける。

「私達の仲を疑っているのかな?」
「まさか!………自分達は棚に上げてですか?」

デイヴィットの言葉にカテリーナは驚く。肩を竦めてデイヴィットは「人とは都合の悪いことには目を向けないからね」と囁いた。

「肝に銘じておきますわ」

クスリと笑ったカテリーナは礼をしてデイヴィットから離れた。そして、カテリーナの周りに集まる令嬢達と少し会話をして会場を去っていく。デイヴィットはカテリーナが帰った後に直ぐ様シルヴァンの元へ向かった。

「トラバルト嬢、少々シルヴァンを借りるが良いかな?」

人当たりのよさそうな笑みを浮かべデイヴィットはレインに問う。顔を真っ赤にしたレインは「はい、どうぞ」と快くシルヴァンを見送る。

レインが頬を染めたことが面白くないシルヴァンは、不貞腐れながらデイヴィットの後を追った。