夢から目覚めたカテリーナ。窓辺まで近寄り空を見上げる。
「任せてね、カテリーナ。あたしが助けてあげるから」
きゅっと拳を握り、カテリーナ―――ではなくリリーは誓った。
サマンサが着替えの手伝いにやってくる。
「お嬢様、今日は早起きなのですね」
「えぇ、神の啓示があったの。サマンサ、優秀な情報屋を数名用意してくれる?」
「かしこまりました」
不思議そうにカテリーナを見るサマンサに、カテリーナは儚げに微笑んだ。仔細は告げないカテリーナにサマンサは何かを察し、早急に情報屋を手配するのだった。
「シルヴァン・ル・アッシュレイ公爵令息とレイン・トラバルト子爵令嬢について内密に調べてほしい?」
カテリーナは会った情報屋全てにそう依頼した。どの相手も最初は怪訝そうな顔をしていたが、相手がカテリーナ・フォン・シルクレイドだからか横柄な態度に出ていた。端的に言えば、吹っ掛けてきたのだ。
恐らく相手が父親のランドロフや弟のソルベであれば、彼らはここまで横柄にはならなかっただろうとカテリーナは考えた。その上で口を開く。
「あら?確か…貴方には病弱な奥方がいましたわよね?報酬は優秀な医者の紹介と医療費の8割負担でしたのに…交渉決裂ですわね」
ふぅ…と重い溜め息を吐き、「もう帰ってよろしいですわ」と告げた。相手は家族を人質にするのかと喚いたが、カテリーナはにっこりと笑い「貴方と同じようなことをしたまでですわよ?」と返す。
少し前に自身がカテリーナに横柄な態度で吹っ掛けたことを思い出し、目を彷徨わせながら思案した結果―――交渉は成立した。
「わかっているかと思いますが、アッシュレイ公爵側に話を持ち掛けたら………」
「わかっている!お嬢様は中々に強かじゃないか…何で俺なんかに」
「シルクレイド公爵の息がかかっていない、第三者の証言が必要とわかっているのではなくて?」
「ははは、まいった。降参だ。お嬢様の依頼を受けましょう」
カテリーナはこの調子で会った情報屋と次々に契約を結んだ。その傍らで自身の持ち得る諜報機関の者が情報屋を監視していた。元より対等ではないので、致し方ないのだが。
情報屋の定期連絡を確認しながらも、カテリーナはカテリーナで厚顔無恥に振る舞うシルヴァンとレインを嗜めていた。窘めくなっては不自然だから…と半ば義務のように行っている。
一方でサマンサにはレイン付の侍女に接近してもらい、自身のお嬢様について話を聞くように伝え、サマンサは実行していた。
カテリーナが呼ばれたお茶会に向かうと、主催であるディミアン伯爵令嬢のリリアナが真っ青な顔をしていた。
「リリアナ様、本日はご招待くださりありがとうございます。あら?顔色が悪いようですが、いかがなさいましたの?」
リリアナはカテリーナの問いに手を震わせながら答えた。
「レイン様もお呼びしたのですが…あの通り上座に座られてしまいまして…。そのお席は私の席ですとお伝えしても、“学園内では身分は関係ないでしょ?じゃ、どこ座ってもいいじゃん!”と返されてしまって…困り果てていたのです」
視線を茶席の上座に向ければ、座っているレインの姿があった。他の子爵・男爵位の令嬢にも「早い者勝ちだから座っちゃいなよ」なんて話している。カテリーナは大きく溜め息を吐いてレインの元へ向かった。
「トラバルト子爵令嬢、レイン様?こちらのお席は本日の主催である、リリアナ様のお席です。離席くださいませ」
「いやよ」
「何故ですか?失礼ではありますが、此度のお茶会の主催者はレイン様でしょうか?」
「違うけど。嫌なものはいや」
「マナー講座のお時間の際に学びましたでしょう?お茶会は主催から始まり高位貴族が後に続き座る、と」
「何かそんなこと言ってた気もするけど、学園内ではみんな平等でしょ?だったら、マナーは関係ないじゃん。好きなところに座ればいいのよ」
レインには何を言ってもダメであった。カテリーナとレインのやり取りを見守っていたが、我慢出来なくなったリリアナは叫ぶ。
「レイン様、お引き取りください!これ以上私のお茶会を引っ掻き回さないで!」
泣き崩れるリリアナの肩を支えるカテリーナ。そんな二人を睨みつけたレイン。
「ねぇ、聞いた?帰れって。酷くない?私は学園の方針に従っただけなのにさ。帰る人は一緒にカフェテリアに行かない?お茶会しましょう」
レインは被害者顔で周りに話したが場は白け、他の令嬢達はレインに続くことはなかった。その様子に顔を真っ赤にしてレインは叫んだ。
「カテリーナ嬢、シルヴァンは貴女のモノにはならないから!後で恥をかいても知らないわよ」
「恥はかきませんので大丈夫ですわ」
カテリーナは余裕のある笑みでレインを見据える。その姿にますます顔を赤くして「こんなお茶会なんて、こっちから願い下げだわ」と去っていくのだった。
そしてカテリーナに喧嘩を売ったレイン。婚約者でも相手を呼び捨てにはしないものだが、レインはシルヴァンを呼び捨てで呼んでいる。あり得ない事態だった。
レインの捨て台詞に盛大な溜め息を吐いたカテリーナ。持ち直したリリアナや他の令嬢とお茶会を楽しむのだった。