次の日。カテリーナが学園へ向かうとすぐ目に入ったのは、シルヴァンとレインが寄り添い歩く姿だった。これまでも何度か見かけていた筈なのに、何故か昨日街中で見掛けてしまって以降、二人を見掛ける度にカテリーナの心はざわついた。
しかし、言わない訳にはいかない。大きな溜め息を吐きカテリーナはシルヴァンの前に立った。
「シルヴァン様、おはようございます。朝からこのようなことは言いたくはありませんのですが、人目を憚らず私以外の特定の女性と親しげにしていらっしゃるのは…如何なものかと思います。次期公爵として御自覚くださいませ」
カテリーナの言葉にレインが怯え、シルヴァンがその背に隠し…カテリーナを睨み付けた。
「私が誰と親しくしようがカテリーナには関係ないことであろう?」
「はい、関係ありませんわ。しかしながら特定の女性のみ、というは婚約者を持つ男性には恥ずべき行為だと申し上げているのです」
「可愛げのない女だ。レイン行くぞ!」
「あ、はい…」
シルヴァンはレインを伴い、その場を去ってしまった。頑ななシルヴァンに頭痛を覚える。学友の令嬢が集まってきており、心配する声に返事をしながらも…先ほどのシルヴァンの視線に恐怖を感じていた。
何度か苦言を呈するものの聞き入れないシルヴァンに呆れ、視界に入れないようにとしているのに、何故か行く先々で彼らを見掛けてしまう。カテリーナは自分の不運を呪った。
心身ともに疲弊しながら帰宅し、早めに就寝すべくベッドへ潜り込む。そして目を瞑った。
「ここは…?」
目を開けば昨日の夢と同じような煌めく草原にいた。違うことといえば、猫が一匹佇んでいる。誘われるままに抱き上げ、そしてその場へ座る。撫でれば「な~ご」と気持ち良さそうな声を上げた。
「ふふ…可愛い」
猫の可愛さに癒されていたカテリーナだったが、その瞳を見てシルヴァンのことを思い出してしまった。同じ緑色の輝きを放っていたからだ。
『可愛げのない女だ』
そう言い放ち、自分を鋭く睨み付けるあの表情を。それからは見たことのない光景が次々に浮かび上がっていく。
『レインのドレスを何故汚したのだ』
『何故レインをお茶会に呼べないようにするのだ』
『貴女には失望した…婚約を破棄する』
ガタガタと身体が震えカテリーナは思い出してしまった。これが何度も繰り返される円環の中の出来事だと。
「このままでは婚約破棄された傷物になってしまう…?」
最早シルヴァンと結婚できなくても構わないが、婚約破棄された傷物令嬢の烙印を押されてしまう。そして、過去に何度も婚約破棄された記憶が甦ってきた。
「あ、あぁ…どうすれば…この円環の輪から逃げ出せるの?」
カテリーナは逃れる術がないことを。何度も繰り返される終わりのない話だと言うことを。
【閉じることのない円環の楔から逃げ出したい?】
ふいにカテリーナに問う声。しかし、ここにはカテリーナと猫しかいない。
「誰?どこにいるの?」
辺りを見回すカテリーナ。誰もいない。
【いるわよ、ここに】
カテリーナをちょんちょんとつつく猫。
「あなた…誰?」
猫はカテリーナの膝から降り、眩い光を発した。その眩しさにカテリーナが目を閉じ、光が弱まるのを待つ。
再び目を開けると猫はカテリーナに似た容姿をした人の形に変わっていた。
「あなた…」
「さっきの猫よ。話をするために元に戻ったの」
にこりと笑う。
「猫ではないから、名前で呼んで頂戴。私はリリーよ」
「リリー?」
「そう、あなたの呼ぶ声に応えた者」
「私の呼ぶ声?」
カテリーナは身に覚えがなく、首をかしげる。リリーはそれを見て肩をすくめた。
「カテリーナ、あなたが覚えていなくて当たり前よ。だって呼んでいたのは、前々回の円環の中で踠き苦しんでいたカテリーナなのだから」
「え?」
「その声があたしに届いたときには、そのカテリーナは物語の役割を果たし…新たな物語に旅立った後だったけれど」
カテリーナはリリーの話を聞いて身を震わせた。踠き苦しんでいた自分がいたが、円環の楔からは逃げられなかったと聞いてしまったから。
リリーはカテリーナが身を震わせたことに気付いていたが話を続けた。
「前回の物語のカテリーナは運命を受け入れてしまった。逃れられないのであれば、自分の役割をまっとうすると言って…ね。だから、あたしは待ったの…役割から逃れたいと思うカテリーナを」
瞳を見つめるリリーから視線が外せないカテリーナ。震える手を握りしめ問う。
「あなたは私をこの呪いから解放できて?」
答えを待つ時間がやけに長く感じるカテリーナは、自身の鼓動の大きさに嫌な汗をかいていた。
「できるよ?あたしがカテリーナの不幸になるシナリオを壊せばいいんだから」
「本当に?」
「うん。カテリーナではダメなの。あたしみたいに円環の外から介入しないと…。でも、後悔しない?円環の中に入れば辛くても不変なの。壊せばどうなるかわからないよ?」
「かまいませんわ。私は十分役割を果たしたのですから」
カテリーナの強い意思を感じたリリーは、にっこり笑てカテリーナの中に溶け込んでいた。目を閉じれば、頭の中にリリーの声が響く。
『カテリーナ、しばらくお休みなさい。後はあたしが壊しておくから』
『え、えぇ…』
『良い夢を』
リリーは中で眠りについたカテリーナを感じながら、カテリーナの目を開いた。