翌々日。婚約式の衣装の確認の為、カテリーナは登城していた。自身に宛がわれた部屋で当日の衣装を見に纏い、選んだ装飾品をあてていた。

「カテリーナは何をあてても似合うな。ひとつに絞れそうにない」

一緒に衣装を考えていたデイヴィットは、数多の装飾品を前に悩んでいた。

今カテリーナが纏っているのは、デイヴィットの髪をイメージした黄色が基調のドレスだった。合わせるのはデイヴィットの瞳のカラーである緑の宝石だった。エメラルド、グリーンサファイア、ツァボライトが並んでいる。

三者三様の輝きがあり、どの色も捨てがたい魅力があった。宝石の値段で着用するものを選定したくないという、カテリーナの望みをデイヴィットも承諾した。

そしてデイヴィットはカテリーナの髪色に合わせた、白に近い淡い色味の水色のコートとベストとズボンを誂えている。ところどころに金の刺繍を施し、非常に上品な仕上がりとなっていた。シャツはシンプルに白で纏めている。また、タイピンに嵌まっているカテリーナの瞳と同じ真っ赤なガーネットが映える。

こちらもルビー等の紅い宝石が用意されていたが、デイヴィットが最もカテリーナの瞳に近い色を選んだ結果、ガーネットに落ち着いたという経緯があった。

程なくしてカテリーナの身に付ける宝石はツァボライトと決まる。ツァボライトは別名グロッシュラーガーネットやグリーンガーネットと呼ばれており、色の深みはエメラルドよりやや劣るものの光彩が美しい宝石だった。更にはデイヴィットがガーネットを身に付けるのであれば、同じ宝石が良いという乙女心から決まった。



 こうして衣装も決まり、久方振り(といっても一週間程だが)の逢瀬にてを取り合い中庭に向かっていた。水の曲線が見事な噴水の手前に腰を降ろし会話を楽しんでいるカテリーナとデイヴィット。

「デイヴィット様、何故婚約破棄された令嬢と婚約しようとする?我が妹ティアラであれば、傷物ではないのに!」

突如高圧的な物言いをしながら、声の主が二人に近付いた。

「アンドレ…いつからお前は王族の婚姻に口が挟める程偉くなったのだ?」

デイヴィットがギロリとアンドレと呼んだ相手を睨む。

「いや、しかし…婚約破棄された傷物を選ばずとも他に相手はいただろう?」

座るカテリーナを上から睨み付ける。今にも立ち上がりそうなデイヴィットを制止し、カテリーナは立ち上がり挨拶をする、「御無沙汰しております」と。

変わらず不遜な態度を見せるアンドレにカテリーナは笑みを絶やさずにいた。

「セラフィム様、(わたくし)は婚約破棄された《・・・》令嬢ではございません。婚約を解消したのです」
「一緒であろうが。男を引き留めることができなかっただけなのだからな」
「いいえ、破棄と解消では全く意味合いが変わりますので、何度でも申し上げましょう。婚約解消です、と」

アンドレは面倒臭そうにカテリーナをあしらおうとしているが、カテリーナはそれを許さない。

「可愛げのない女」

ふいっと顔を反らすアンドレ。

「デイヴィット、この女…我が父上に狼藉を働いたと聞いている。そんな女に王妃等務まる筈がない。我が妹、ティアラを選ばないか?」

カテリーナを無視しデイヴィットに話し掛ける。アンドレの姿を鼻で笑うカテリーナ、それにいち早く憤慨したアンドレ。

「さっきから何なんだ貴様は!」
「ふ、父も父なら息子も息子ですね。あ、妹君も同じでしたから似たもの家族ですね」

笑みを絶やさずにカテリーナは、バカにしたように話し掛けた。

「妹君のセラフィム嬢は先日、さも自分が殿下の婚約者かのようなドレスを纏い、パーティーにお誘いくださいましたわ。お父上のセラフィム公爵様は、(わたくし)の新たな婚約者は〃どんな馬の骨〃かと問われましたのよ?思い込みだけで突き進めるなんて…ふ、ふふ…」

カテリーナは先日の出来事をアンドレに分かるように伝えた。みるみるうちに真っ赤になるアンドレ。

「まぁ、顔の赤らめ方がセラフィム公爵様とご一緒ですわ」

真っ赤になったアンドレを更に揶揄する。

「っ、貴様ぁ!」

腰に携えた剣を抜こうと手を掛ける。カテリーナはアンドレから目を反らさず見据えた。ただ一点―――自分の目を見据えるカテリーナに何故か恐怖心が募り、手が震え剣が抜けない。

「アンドレ、よもや私の婚約者を切り捨てようとはしてないよな?」
「………っ」

デイヴィットの低く威厳のある声がその場に響いた。アンドレはカテリーナ以上に圧倒され、剣に掛けた手を外し…その場に膝から崩れた。

カテリーナがそっとアンドレに近付き、扇子で隠した口元をその耳に寄せた。ビクリと肩を揺らしたアンドレはカテリーナに向き直る。騎士の誓いを立てるように片膝を地面に付け、(こうべ)を垂れた。アンドレの様子に笑みを深めるカテリーナ。

その状態でいくつか会話を交わすと、アンドレは立ち上がりその場を去った。デイヴィットの元に戻り隣に座り直す。

アンドレ(他の男)と密談とは妬けてしまうな」
「ご冗談を…」

にこやかに会話す二人。だが、直ぐに真顔になった。

「アンドレを言い含めることは出来たか?」
「えぇ、問題なく。余程頭の弱い方でなければ…」

先程カテリーナはアンドレに耳打ちしたのだ。

『まもなく皇太子妃としてお披露目する(わたくし)には、王室の()がついてましたの。先日のセラフィム公爵の失言とセラフィム嬢の失態は既に王族の皆様に知れ回ってますわ。でも、何故呼出されないと思います?(わたくし)が畏れ多くも進言したからです。決してセラフィム公爵家内のことだから、内々で処理できたからではありません。お忘れなきよう…』

それは、セラフィム公爵家にとっては悪魔の囁きだった。敵であるシルクレイド公爵家に借り(・・)が出来てしまったのだから。先ほどのアンドレは苦虫を噛み潰したような表情をしていたので、言わんとしたことを理解している―――そうカテリーナは結論付けた。

「すぐ処断しようと思ってたんだが…少々セラフィム公爵はおいたが過ぎた。シルクレイド公爵家に借りを作った方が御しやすいし、カテリーナの提案を飲んだけど…次はないからな?」

デイヴィットに釘を刺されカテリーナはそれを微笑んで躱す。

「あら、嫌ですわ。御しやすくなったということは、殿下も(わたくし)に借りが出来てしまいましたわね?」
「んぐっ…」
「そんな(わたくし)に恩を売り付けようだなんて、殿下は酷い方ですわ」

はぁ…と盛大に溜め息を吐いてカテリーナはデイヴィットを見る。降参とばかりにデイヴィットは手を上げた。

「我が婚約者様は見立て通り、やはり王妃として上に立つのが相応しい女性だよ」
「光栄ですわ」

二人は見詰め合い微笑んだ。