「カテリーナ・フォン・シルクレイド、貴女には失望した。貴女との婚約は破棄させていただく」

 目の前でカテリーナの婚約者である、シルヴァン・ル・アッシュレイ公爵令息がそう告げている。その傍らには目に涙を溜め、こちらを睨み付けているレイン・トラバルト子爵令嬢。

(失望?あなた方に(わたくし)がするのではなくて?)

まるで姫と騎士のような二人の様子に、カテリーナは冷ややかな視線を送っていた。内心では(コイツら馬鹿か?)とまで思っている。カテリーナの冷ややかな視線にすら気付かないシルヴァンとレイン。

そして、彼等は忘れているようだが…ここは卒業式典の会場である。更に言うならば式典の途中なのだ。国王陛下は勿論のこと、彼等の父のアッシュレイ公爵もトラバルト子爵も、そして…カテリーナの父であるシルクレイド公爵も来賓として来ていた。

カテリーナは来賓席を盗み見る。アッシュレイ公爵と壮大な溜め息を吐いているし、トラバルト子爵は顔色を悪くして今にも倒れそうだ。国王は事の成り行きを静観するつもりの様子が見てとれ…そして、シルクレイド公爵は実に良い笑顔で笑っている。

(かなりお怒りのようだわ。後でお父様を労って差し上げねばなりませんね)

 来賓席から視線を婚約者(ナイト)とその姫君に視線を戻した。

「シルヴァン様、(わたくし)がシルヴァン様を失望させた理由と…今シルヴァン様がトラバルト嬢を庇護されている理由は一致するのでしょうか?」
「一致するとも!」

穏やかに話すカテリーナと声を荒げるシルヴァン。元々シルヴァンのカテリーナを糾弾するような声で卒業式典が中断していた。先程のシルヴァンの声で完全に周りは静まり返っている。

「では、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

静まり返った会場内にカテリーナの声が通った。レインはその一言に肩を震わせ、シルヴァンの背中に顔を埋めた。

「あくまでもシラを切るつもりか?」
「身に覚えがありませんもの」

怒りで拳を震わせながら問い掛けるシルヴァン。それを理解(わか)っていながらカテリーナはあえて怒らせるように淡々と答えた。

「お前はレインをお茶会に呼ばなかったそうだな?」
「呼ばなかったのではありません。呼べなかった、と言うのが正しいですわ」
「呼べなかっただと?」
「嘘!嘘よ!シルヴァン様、騙されないで!」

続きを話そうとするカテリーナを遮り、レインは悲劇のヒロインかのように目に涙を溢れんばかりに溜めて声を上げた。その様子にカテリーナは小さく溜め息を吐いた。

「えぇ。理由を申し上げましょうか?」

カテリーナはそこで区切り相手の出方を待つ。レインはともかく、シルヴァンは(言い訳)くらいは聞いてやろうと言うことだろうか?そう結論付け、カテリーナは口を開いた。

「上座には主催者及び公爵や侯爵等の高位貴族が座るものです。そして、伯爵位…子爵位と続き、下座に男爵位の者が座る。それがマナーというものだと誰もが理解していると思っておりましたわ」
「それは当然だが…」
「しかしながら、トラバルト嬢はそのマナーをご理解しておりませんでした。何故か上座にお座りになられて…」

そこで区切り、カテリーナはレインを見据える。しかしレインはシルヴァンの背に隠れ、カテリーナを見ることはなかった。シルヴァンは訝しげな顔で見ていた。

「主催のご令嬢や(わたくし)が都度マナーについてお伝えしたのですが、〃席なんて早い者勝ちでしょう?偉い人が良い席に座るとか理解できない〃と仰られまして…。ご理解いただけず、ご自身の過ちにもお気付きになられないので、苦肉の策としてトラバルト嬢をお誘いしないということになりましたの」
「嘘よ、私がシルヴァン様と懇意にしているから嫉妬したんでしょう!」

キッとレインがシルヴァン越しにカテリーナを睨む。カテリーナはそれを涼やかにスルーした。

「仕方ありませんわよね?マナーを違反されたまま参加されては、上に立つものとして示しがつきませんもの。序列を乱す者が淘汰された…それだけのお話ですわ」

シルヴァンはカテリーナの話に驚き、レインを見る。自分を潤んだ瞳で見てくる彼女に気圧されそうになった自分を奮い立たす。そして咳払いをした。