聞き覚えのあるアラームの音で目を覚ました。寝ぼけたまま布団から這い出て、僕はふらふらとした足取りで洗面所に向かった。相変わらず情けのない顔をしている。
 顔を洗い、歯を磨き、朝飯を食べる。学校へ行く前の一連の動作を終えた後は、制服に着替えていつものように時計を見た。八時三十分。遅刻は確定だった。
 誰もいないリビングを見回して、なんとなく窓の外を眺めた。また雨か、と思った。僕はもう一度この夏を繰り返さなければならない。ちょっとだけ辟易しながらも、表情はどこか清々しかった。なぜならばもう悩むことはなかったからだ。そう思って、近くにあった通学鞄を拾い上げたときだった。
 開いたチャックの隙間に、何か気になるものが垣間見えた。おそるおそるそれを取り出してみる。
 一学期の、通知表だった。
「……は?」
 思わず声が漏れたと同時、僕は慌てて携帯を確認した。七月二十一日。間違いない。僕はあの夏を、脱却していた。
 直後、考えるよりも先に体が勝手に動き出していた。玄関の扉を開けて、傘もささずに外へ飛び出した。彼女に会いたい、そんな思いが何よりも先に体を走らせていた。
 しかし目的地も決めず飛び出した所為で、見晴らしの良いあぜ道で立ち止まることになってしまった。馬鹿みたいだと思った。彼女に会うのなら学校か家に行った方が早いだろう。冷静になったところで、くるりと体の向きを変えた。

 彼女が現れたのは、そのときだった。

「濡れてますよ」
 そんな声と共に、僕の頭上に傘が差しだされた。
 なぜここにいるのだろう、という思いは微塵も湧かなかった。彼女も僕と同じように息を切らして立っていたからだ。制服もところどころ濡れていて、傘をさす暇さえ、なかったのだろう。
 藤原さんは濡れた前髪をかき分けると、なんだか嬉しそうにはにかむ。
「夏休み、どこいこっか」
 しとしとと降る雨の音を聞いていると、まだそんな実感は湧かない。だけれどもう夏休みなのだと思った。僕たちが待ち焦がれた、七月二十日から先の話。
「とりあえず、雨が止んだら考えよう」
 僕たちの夏は、たぶんここから始まる。