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 成外内の神様が普段鎮座されていらっしゃるだろうその社は、ところどころ蔦が絡み、社周辺は雑草に覆われているものの、屋根が広く作られているため雨を防ぐことは充分にできる。

 神様は辛うじて草の生えていない社正面の石の土台位部分に腰をかけ、闇夜に広がる雨雲を見上げた。

 雨はいまだに止む気配がなくあたりは静まりかえっていて、雨音と杜の軒先にぶら下がるこの神社特有の硝子鈴の音以外何も聞こえない。

《まぁ座れ》

 神様の手前、無遠慮に座っていいものか迷ったが、小さく肯いてから神様より下の段にそっと腰をかける。

 神様に背を向けるだなんて失礼かなとも思ったけれど、横に座るよりはいいよねと自分自身に言い聞かせた。

 今、自分のすぐ後ろに設楽先輩の顔をした神様がいるだなんて、なんとも不思議な気分だ。

「あ、あの……」

《なんだ?》

「やっぱり、余計に緊張してしまうので狐のお顔のままでいいです……」

《……。そうか》

「せっかく気を遣って下さったのに、すみません」

 俯いたままそう告げると、神様はさして気にした風でもなく《別に構わん》と仰った。

 ごろごろ鳴る雷。ちらりと横目でみやれば神様は再び狐のお顔に戻っている。

「おばけだなんて失礼なことを言って申し訳ありませんでした。まさか本物の神様が現れるだなんて思ってもみなくて……」

《神といっても……今や『なりそこないの神』だがな》

「なりそこないだなんて、そんな……」

《この有様をみればわかるだろう。長らく廃れて人っ子一人訪れん。我々神は人々の信心を得られなければ力を失い、やがて消滅する。今や私も、姿形を変えることぐらいしかできぬ、なりそこないにまで落ちてしまった》

「……っ」

《神だと名乗っておきながら、情けないものだろう》

 憂いを帯びた神様の呟きに、ぐっと言葉を飲み込む。

 参拝者がいないという点については否定ができなかった。私自身は昔から何度もここへきてお供物をしたり手を合わせたりはしていたけれど、確かに自分以外の人の気配があったことは今までに一度もなかった。

 小高い丘という立地も要因だろうけれど、このすぐ近くにもっとアクセスがよくて有名で大きめな神社があるから、皆そちらに行ってしまうのだろうと思う。

「私は……私は好きです。この場所も、成外内の神様も。昔から何度も救われてきました。だから、その、消えてしまわれたら困ります」

《言ってくれるな。おぬしぐらいだぞ、そんな物好きは》

 畏れ多くて振り返ることはできなかったけれど、神様が微かにふっと笑ったような気配がした。

《いまだ私が神としてこの地に止まれるのはおぬしのような物好きのお陰だろう。かねてからなにか報いることができればと思っておったところに、あのような現場を目の当たりにすることになろうとはな……》

 嘆くようにそう呟いた神様は、どきっとしている私に構わず単刀直入に尋ねてくる。

《なにゆえ神の前で命を絶とうなど不届きを働こうとした》

 言葉は厳しめだけれど、ゆったりとした口調に包み込むような優しさがあって、

「……」

《思う存分話すがよい》

 懐を貸してくれるようなその一言には、神様なりの労りと慈悲の心が溢れているようだった。

「申し、わけ……」

 返事をしようと、声を出そうとしたけれど、精神的に参っていたせいか優しくされると余計に感情が溢れてきてしまって、いつの間にか眦に溜まっていた涙がぽろりと零れた。

「あれ……ごめ、なさい……泣く、つもりは……」

 一度零れてしまうともう止まらなかった。堰を切ったように負の感情がわき出てきて、両手で口元を抑えながらぼたぼたと涙を流す。すると、

《謝る必要などない》

 ふわりと、頭を優しく撫でられるような気配がした。

 神様が人に触れるだなんてそんな非現実的なことがあるだなんて夢にも思えないから、きっとそんな気配がしただけなんだろうけれど……それでも。

《気がすむまで泣けばよい》

「……」

 神様の手は母のように優しく、父のように温かかった。

 穏やかで柔らかい風が、まるで慰めるようにわたしの髪の毛を撫でていく。

「……ひっぐ……」 

 せめて今だけでも一人じゃないんだってそんな気持ちになって。

 身体中の毒素が全て流れ出ていくように、止めどなく零れる涙。

 神様はただただそっと優しく、見守るように私の言葉が整うのを待ってくれた。