◇
「もーっ、おーそーい! 十分も待たせるとかありえないんだけど!」
待ち合わせ時間から遅れること約十分、成外内商店街の中央に位置する緑公園に到着すると、スマホをいじりながら待ち構えていた陽菜にこっぴどく文句を言われた。
「ごめん。バイトが少し長引いちゃって」
後でどんな仕打ちを受けるかわからないため、叔母に押し付けられた諸用のせいで遅れる羽目になったことは言わないでおいた。
陽菜は自分が待たされたことに対してひどく不満そうだったけれど、おろしたての浴衣に気を良くしているせいか、いつもの半分くらいの悪態でお咎めが打ち切られる。
「ねー、それよりさ、晴れる屋で買ったこの浴衣ちょー可愛くない? ちょっと高かったけどママに奮発してもらっちゃったんだよね。昨日付け替えたばっかりの新しいネイルにもぴったりだし、『あの人』褒めてくれるかなあ」
夕日に爪をかざすようにして目を細める陽菜。やはりその横顔は可愛くて、隣にいるボロ衣のような浴衣を纏った自分がひどく醜い生き物のように感じてしまう。
そうだねと相槌を打ちながら、ふと首を傾げた。
「……? 『あの人』?」
「ああ、言ってなかったっけ。今日、あと二人来るから」
「え? そうなの?」
「うん。一人は彼氏みたいなもんかなー。もう一人はその人の連れ。ママには内緒ね」
ダブルデートということか。
そんな話、全く聞いていない。
「……」
「ごめんごめん。ほら月乃、大人数でわちゃわちゃしたりとかそういうの苦手じゃん? 言ったら絶対来てくれないと思ったし、今日友達みんな忙しくて月乃以外に頼れる人いなかったからさあ。人助けだと思って……ね?」
私が嫌がることを知っていながら、自分の欲を満たすため、そして人数を合わせるためだけに駆り出されたというわけか。
「あれ、もしかして怒ってる? 気にしないでも大丈夫だよー。月乃、美人だから黙ってても文句言われないし、浴衣もよく似合ってるからさー。むしろうちの好きな人と仲良くなったりしないでよって感じ? きゃはは」
さすがに私が気分を害したことを察知したのだろう。美人だなんてお世辞にも思っていないくせに、今ここでUターンされては困るとばかりに必死に彼女なりのフォローを入れてきた。
確かに人付き合いが不得手な私なら必要以上に相手に話しかけることはないだろうし、地味だから陽菜の引き立て役にもばっちりだと思う。それで彼女が特に仲が良いわけでもない私を祭りに誘った理由がわかった気がした。
「陽菜の方がずっと可愛いし、私は美人なんかじゃないよ。それより彼氏できてよかったね。約束してるんなら仕方ないし、なるべく目立たないように黙ってついてくから安心して」
ようは、そこに黙って立ってさえいればいいということ。
「ありがとぉ! 月乃ならきっとそう言ってくれると思ってた! じゃあさ、彼との約束は五時半に盆踊り会場ってことになってるから、時間まで下見がてら少しぶらぶらしてよー」
陽菜はさも当然だとでもいうように満足そうに頷き、カラコロと下駄を鳴らして縁日会場の方へ足を向けた。
気重だった時間がさらに憂鬱になる。
陽菜の彼氏とその連れといえど、友達のいない私が女子はおろか男子とお祭りごとを共にするだなんて何年ぶりだろう。保育園の頃に大規模なバーベキューパーティーをやった日以来だろうか。
いずれにしても記憶にないほど稀なことで、今さらながらカビ臭さと消臭スプレーが入り混じったような微妙な匂いを周囲に撒き散らしていることが妙に恥ずかしく思えてきた。
あたりはすでに陽が落ちかけているため、せめて浴衣の染みや黄ばみが目立たなくなってよかったと心底思う。
惨めな気持ちに蓋をして、前をゆく新品の浴衣を纏った陽菜を追いかけた。
「もーっ、おーそーい! 十分も待たせるとかありえないんだけど!」
待ち合わせ時間から遅れること約十分、成外内商店街の中央に位置する緑公園に到着すると、スマホをいじりながら待ち構えていた陽菜にこっぴどく文句を言われた。
「ごめん。バイトが少し長引いちゃって」
後でどんな仕打ちを受けるかわからないため、叔母に押し付けられた諸用のせいで遅れる羽目になったことは言わないでおいた。
陽菜は自分が待たされたことに対してひどく不満そうだったけれど、おろしたての浴衣に気を良くしているせいか、いつもの半分くらいの悪態でお咎めが打ち切られる。
「ねー、それよりさ、晴れる屋で買ったこの浴衣ちょー可愛くない? ちょっと高かったけどママに奮発してもらっちゃったんだよね。昨日付け替えたばっかりの新しいネイルにもぴったりだし、『あの人』褒めてくれるかなあ」
夕日に爪をかざすようにして目を細める陽菜。やはりその横顔は可愛くて、隣にいるボロ衣のような浴衣を纏った自分がひどく醜い生き物のように感じてしまう。
そうだねと相槌を打ちながら、ふと首を傾げた。
「……? 『あの人』?」
「ああ、言ってなかったっけ。今日、あと二人来るから」
「え? そうなの?」
「うん。一人は彼氏みたいなもんかなー。もう一人はその人の連れ。ママには内緒ね」
ダブルデートということか。
そんな話、全く聞いていない。
「……」
「ごめんごめん。ほら月乃、大人数でわちゃわちゃしたりとかそういうの苦手じゃん? 言ったら絶対来てくれないと思ったし、今日友達みんな忙しくて月乃以外に頼れる人いなかったからさあ。人助けだと思って……ね?」
私が嫌がることを知っていながら、自分の欲を満たすため、そして人数を合わせるためだけに駆り出されたというわけか。
「あれ、もしかして怒ってる? 気にしないでも大丈夫だよー。月乃、美人だから黙ってても文句言われないし、浴衣もよく似合ってるからさー。むしろうちの好きな人と仲良くなったりしないでよって感じ? きゃはは」
さすがに私が気分を害したことを察知したのだろう。美人だなんてお世辞にも思っていないくせに、今ここでUターンされては困るとばかりに必死に彼女なりのフォローを入れてきた。
確かに人付き合いが不得手な私なら必要以上に相手に話しかけることはないだろうし、地味だから陽菜の引き立て役にもばっちりだと思う。それで彼女が特に仲が良いわけでもない私を祭りに誘った理由がわかった気がした。
「陽菜の方がずっと可愛いし、私は美人なんかじゃないよ。それより彼氏できてよかったね。約束してるんなら仕方ないし、なるべく目立たないように黙ってついてくから安心して」
ようは、そこに黙って立ってさえいればいいということ。
「ありがとぉ! 月乃ならきっとそう言ってくれると思ってた! じゃあさ、彼との約束は五時半に盆踊り会場ってことになってるから、時間まで下見がてら少しぶらぶらしてよー」
陽菜はさも当然だとでもいうように満足そうに頷き、カラコロと下駄を鳴らして縁日会場の方へ足を向けた。
気重だった時間がさらに憂鬱になる。
陽菜の彼氏とその連れといえど、友達のいない私が女子はおろか男子とお祭りごとを共にするだなんて何年ぶりだろう。保育園の頃に大規模なバーベキューパーティーをやった日以来だろうか。
いずれにしても記憶にないほど稀なことで、今さらながらカビ臭さと消臭スプレーが入り混じったような微妙な匂いを周囲に撒き散らしていることが妙に恥ずかしく思えてきた。
あたりはすでに陽が落ちかけているため、せめて浴衣の染みや黄ばみが目立たなくなってよかったと心底思う。
惨めな気持ちに蓋をして、前をゆく新品の浴衣を纏った陽菜を追いかけた。