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「あーやだやだ。居候が呑気に祭りだなんて随分いいご身分ねえ。浴衣のレンタル料、今月の生活費に上乗せしておくからちゃんと覚えとくんだよ」

 バイトを終えて帰宅すると、真っ先にそんな嫌味が飛んできた。

 奥の部屋から姿を現したのは私の親代わりである叔母。差し出されたのは一枚のボロ切れで、よく見ると一応は浴衣らしい。泥や染みがついていて一瞬本気で大きな雑巾かと思った。

「……はい」

「ああそれと、出かける前に庭の除草と風呂掃除、帰って来たら洗濯物と屋根裏部屋の掃除も忘れないでちょうだいね。陽菜を待たせるのは論外だけど、だからと言って掃除の手を抜くのも承知しないからね」

 どう処理しても下手にしか転びそうにない無理難題を押し付けられるのは毎度のことだから、もう反論する気すら起こらない。

 そもそも毎月請求されているその高額な生活費も法的に許容される範囲なのかどうかよくわからないでいるが、未成年後見人として私の財布を握っているのは叔母夫婦だし、余計なことを言えば殴られるかもしれない。

 この家にいる限り彼女の言葉が絶対なので返事は『YES』以外ありえなかった。

「わかりました」

 頭のてっぺんから爪先まで得体の知れない闇が浸透していくような感覚を味わいながら精一杯の返事をすると、叔母はふんと鼻を鳴らして奥の部屋に戻っていった。

 手の中に残された浴衣が異様なほどのカビ臭さを放ち、思わず顔を顰める。

(浴衣、着ないと駄目……だろうな)

 わざわざ陽菜が用立てた浴衣だから、それを反故にして私服で行ったら思いっきり顰蹙を買うだろう。

 仕方ない。消臭スプレーを振り撒いた後、出発の時間まで浴衣は外に干しておくことにして、大急ぎで言付かった諸用に取り掛かる。

 よく考えればこの家にきてから主食は菓子パンばかりで誰かの手作り料理なんて食べさせてもらえた試しがないのに(むしろ高校生になってからはアルバイトで食い扶持すら自分で賄っている)私以外の家族が口にする食料の買い出しと食器洗いは私の担当。お風呂は一番最後に入り、最後だからという理由で掃除をするのも私。おまけに洗濯物は手洗いだけが許されていて、なぜかことのついでと一家全員分の洗濯物も任されている私は、もはや居候という名の家政婦に近い。

 けれど幼い頃からそれが当たり前の日常だったから、この生活を理不尽と思ったことは一度もなかった。

 そもそも叔母は、好きで私を引き取ったわけではない。

 もともと死んだ私の母と叔母はあまり仲が良い方ではないらしく、あの事故さえなければ私たちが言葉を交わすことなど一生なかっただろう。引き取らざるを得なかった理由は、母の手一つで育てられてきた私にとって頼れる親族が叔母夫婦しかいなかったためだ。

大吉(だいきち)とか言ったっけね――無責任なあんたの父親のせいで、いい迷惑だわ』

 口酸っぱく言われ続けてきたその言葉が、腹の中にずっしりと闇を落とす。

 違う。顔さえ見たことない父親は関係ない。全ては私が母を殺したせいだ。

 あの日からずっと、消えることのない後悔が自分の中で積もり続けている。

『――間もなくお風呂が沸きます』

 ふいに目の前の給湯器が鳴ってハッとした。気がつけば十七時まで三十分を切っている。

 掃除用具を片付けると慌てて浴室を飛び出し、叔母と顔を合わせないよう周囲に気を配りながら大急ぎで浴衣に着替え、待ち合わせ場所の緑公園に向かった。