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 町外れにある図書館のそばまでやってきた私は、建物の手前にある噴水広場でふと歩みを止めた。

 薄暗い広場の中央、乏しく揺れる街灯の明かり下で地面にしゃがみ込んで必死に何かを探している女の子の姿がある。

(あれ? あれって……)

 茶髪のセミロングをハーフアップにまとめ、オフショルダーのフリルシャツにフルレングスの折り返しズボンを穿いた見覚えのある顔――。

「山川さん?」

「ひゃあっ」

 そばに歩み寄り、背後からそっと声をかけてみたところ素っ頓狂な返事が返ってきた。

 髪の毛を揺らしながら勢いよくこちらを振り返ったのは、やはりアルバイト先の新人・山川さんだ。今日は急用という名の彼氏とデートの日だったはずだが、こんなところで一体何をしているんだろう。

「び、びっくりしたっ! 七瀬さんじゃん!」

「驚かせてごめんなさい。こんな時間にこんなところで何してるのかなって思って」

「ほっといてよ。てゆーか、そっちの方こそそんな大荷物抱えて何してんの。家出?」

「家出かぁ。まぁ、平たく言えばそんなものかな」

「え。ガチとか。やめてよそういうブラックジョーク。真面目な七瀬さんが言うとリアルに聞こえちゃうんですけど」

 顰めっ面で一歩引く山川さん。初めて彼女とプライベートな会話をしたけれど、いつにもまして忖度がない。

 リアルなんだけどなぁと思いつつも、これ以上リアクションに困らせるわけにはいかないので黙っていると、

「まぁ、どうでもいいけどさ。早く行かないと図書館閉まるよ」

 山川さんは心底どうでもよさそうにそう言って、再びその場にしゃがみ込み探し物を再開した。

 言葉はキツいが至って平然と言うので、あまり気にはならない。どうでもいいということは、裏を返せばどんな自分でも構わないということだから。好かれようと取り繕う必要がないため、むしろ接しやすくすら感じる。

「暇だし手伝うよ。探し物でしょ」

 だから、本当に気まぐれでそんな言葉が口から出てきた。

「え。なんで」

 案の定、意表をつかれたような表情で山川さんが私を二度見してくる。

 なんでと言われても、なんとなくそうしようと思ったからとしか言いようがない。

「すごく困ってそうに見えるのに、見て見ぬ振りする自分は嫌だから。何探せばいい?」

 いうが早いか、荷物を下ろすと私も同じようにして地面にしゃがみ込んだ。

 驚いてこちらを見つめる山川さん。近づいてみて分かったけれど、やはり彼女の目元が赤く腫れている。泣き腫らした後、と表現して差し支えはないだろう。

 彼女はしばし唇をかみしめ逡巡していたが、

「無理だよ。絶対見つからない」

「でも探さないといけないんでしょ。ものが何か教えて」

「……ピアス」

「ピアス?」

「うん。無断で借りてきたお姉ちゃんのピアス、片方だけ落としちゃったの。これと同じヤツ」

 そう言って、彼女は後れ毛を耳にかけると左耳につけていたピアスを指さした。

 山川さんの柔らかそうな耳たぶにはローズゴールドに光る、米粒並みに小さなハート型ピアスが嵌まっている。

「うわ、小さいね」

「彼氏からもらったブランドもので七万近くするって言ってた」

「なっ、七万……!」

 思わず声が裏返る。そりゃ必死にもなるわけだ。

 山川さんはごしごし目元を拭うと、半分自暴自棄になるように加えて言った。

「はーぁ。ほんっとついてない。明日、あたしの誕生日なのにさ。彼氏が明日予定入ってダメになっちゃったっていうから急遽今日に予定変更したら、楽しみにしてた映画が館内メンテナンスの日に当たっちゃって結局観れずじまいだし、甘いスウィーツで口直ししようと思ったら目ぼしいカフェは軒並み祭りの影響で臨時休業になってるし、だったらもう祭りで楽しんでやろうと縁日に繰り出したはいいけどソッコーで大雨にやられるし」

「……」

「何もかもうまく行かなくて結局彼氏と喧嘩になって、一人になって自棄になってここで泣き喚いてたら、ハンドタオルにピアスのキャッチが引っかかってピアスごとどこかに飛んでっちゃうとか……。マジあり得ない。ホント最悪。絶対呪われてるとしか思えない」

 愚痴を吐き出すようにそこまでの災難を余すところなくぶちまける山川さん。

 わざわざ説明してくれた、というよりは、単に誰かに話してその鬱憤を晴らしたかったのだろうと思う。さすがに彼女が不憫に思えてきて苦笑いがこぼれた。

「大変だったね」

「大変どころじゃないし。あたし史上最悪の……って、あ。忘れてた。私、七瀬さんに今日のバイト押し付けてたんだっけ……」

 山川さんは今さらながら『しまった』といった顔つきで、バツが悪そうに私を見た。

 普通、そういうことは心の中で思っても口や顔には出さないものではないだろうか。

「うん。『七瀬さん暇だよね⁉ 急用だからお願い!』って、こっちの予定も聞かず、割と強引めに」

「うっ。あ、あは。ウソウソ、今の全部ウソ! 今日、本当は親戚のおばあちゃんが……」

 慌てて取り繕ったように言い訳を始めようとするその様子があまりにもおかしくて、思わずぷっと吹き出してしまった。

「過ぎたことだし別にもういいよ。むしろ、思っていた以上に本当に急用だったっぽいし」

「……」

「その呪い、私からってことでそれでチャラね。……ほら、早くピアス探そ」

 そう括ってピアス探しを再開する。

 山川さんは面食らったようにぽかんとしてた。

 そりゃそうだよね。普段の私なら相手の反応をあれこれ気にしてしまって、こんな軽快なやりとり絶対にできないはずだから。

 神様がついているせいか、あるいは全てがうまくいったら山川さんともどうせお別れになるだろうという割り切りがあるせいか。いつになく言葉も感情も朗らかに振る舞えた。

「意外」

「え?」

「七瀬さんって、意外と話わかるじゃん」

「私、話通じない人だと思われてたの?」

「話通じないっていうか、大人しくて堅物な真面目ちゃん? 口には出さなくても『人を騙すなんて山川さんサイテー』ぐらい言われるかと思った」

「シフト変わったくらいでそこまで言わないよ」

「えー。あたしなら自分の時間潰されるのヤダから言うけどなぁ。って、押し付けたあたしが言うのも変か」

 あけすけに物を言う山川さんは、苦笑気味にこちらをチラ見しながらも「まぁ、とにかくシフト押し付けちゃってごめん」と素直に詫びた。

 何食わぬ顔で返事してその件に区切りをつけたけれど、まさかこんなところで心の閊えがまた一つ解消するとは思わなかった。

 そういえば確か神様は『縁を動かすためにも』と言っていたし、もしかしたらこれは、神様がお膳立てしてくれたご縁なのかもしれない。

 そんなことを考えながら地面の切れ目を凝視しつつピアスを探しているとふいにじゃりと音がして背後に人の気配を感じた。