一日休んで体力も回復し、元気になったところで三つ目の材料の持ち主の元へ向かうことになった。

 「体調が悪くなったら早めに言えよ?」

 「分かってますよ」

 この道を通るのは三度目。太陽の日差しに包まれて優しく光る町並みも好きだけれど、緑に囲まれる静かな場所も好きだ。

 「お久しぶりです、エイトさん」

 「いらっしゃい。おや?以前来た時よりも二人の距離が近い気がするね」

 私たちの方を見て彼は笑顔で言った。

 「ほう」

 満更でもなさそうなクラネスさん。

 「ちが、気のせいです!」

 その横で私は必死に否定した。
 物理的な距離は変わっていないはずだし、もし仮に本当に距離が近くなっていたとしても、それは一緒に過ごした時間が増えたからで……などと心の中で言い聞かせた。

 「それじゃあ、行こうか」

 材料は家から離れた場所にあるらしい。
 私はエイトさんの後ろをついて歩く。

 しばらくすると、堂々と立っている桜の木が見えた。

 「ここって四季がないのに桜がありますよね?」

 「そうだよ。私は桜が好きだからね」

 そういう意味じゃなかったんだけど……柔らかい笑顔が向けられて、本当に好きなのが伝わってきたからまぁいいか。

 「灯が聞きたいのは、なぜここに桜の木があるのかということだと思うんだが」

 「あぁ、そうか」

 エイトさんはクラネスさんに指摘され、静かに驚いていた。本当に気づいていなかったんだ。

 「あれはクラネスに作ってもらった、まがいものだよ」

 その言葉に私はクラネスさんの方を見た。

 「この世界に桜は存在しないが、こいつが珍しく好きだと言っていたのでな」

 桜は条件が揃わないと育たないため、世界中どこにでも咲いているわけではない。そんな桜がたった一本だけ、この場所にある。
 偽物でも、小さくて可愛らしい花びらや風に吹かれて散っていく儚さまで再現されていた。

 「桜の知識はどうやって?」

 「日本の文化に興味があって、関連のある書物を読んでいたら出会ったのですよ。新しいものの始まりを意味する花であると知った時、この場所に在ってほしいと思ったから」

 「全く……文字の情報だけで仕上げるのは、なかなか苦労したぞ」

 花びらの形や色がどれも同じというわけではなく、それぞれちゃんと違っていた。細部まで丁寧に作り込まれていて、よく見ても偽物だとは気づかない。


 「さぁ、着いたよ」

 案内された場所は蔵だった。
 私が住んでいるアパートの部屋よりも広い。

 扉を開け、エイトさんは入口近くの棚から何かを取り出した。

 「これは?」

 彼が手のひらに乗せていたのは赤い紐。

 「唐打紐(からうちひも)。日本ではお守りに使われる紐のことです」

 見たことはあるけれど名前までは知らなかった。
 リボンのような結び目は"二重叶結び(にじゅうかのうむすび)"と呼ばれ、願いごとが叶うようにという意味が込められているらしい。

 「これが三つ目の材料ですか」

 「そうだ。エイトが持っていてくれてよかった」

 「私が持っていたというより、この家を受け継いだ時から蔵に仕舞われていたのですよ」

 受け継いだ?では以前は誰がいたのだろう。そもそも受け継ぐって何を?
 考え込んでいる私を見たエイトさんが微笑んだ。

 「家に戻って一休みしましょうか。そこでお話ししますよ」

 あ……。
 その時、囁かれた儚い彼の声を思い出した。