地味で惨めで、冴えない私は今日もMMORPGゲーム「アイの世界」に参加する。
「アイの世界」はよくあるPvEタイプのファンタジーゲームだ。
締め切ったカーテンの隙間から昼の陽光が部屋に舞う埃を浮かび上がらせる。
ベッドの中から埃のワルツをぼんやりと眺めているうちに、スマホの画面には「アイの世界」のタイトル画面が示されていた。
起動に少し時間がかかるのは私のスマホが最新のものじゃないからだ。
ついでに容量も少なくて、ゲームをするためだけに存在しているといっても過言ではなかった。
見慣れたゲーム内の街を散策する。
この世界での私はみんなが振り返るような美人だ。
賞賛の眼差しに晒されて、安易に理想と自己が乖離していく。
銀の髪を嫋やかに風に靡かせ、軽やかなステップを踏んで歩く。
ここにいる間だけは、私は私でなくとも生きていられる。
それが心地良い。
[イザナ!]
私のHNを呼ぶチャットの文字が浮かぶ。
振り返ると、彼がいた。
彼のHNは「ココロ」。
可愛い名前をした男の子アバターの彼は、この世界で私にできた唯一の友だちだ。
先日、新規クエストを一緒にクリアした際に貰った報酬の衣装を身に纏っていた。
それは男女ペアのものだった。
つまり、一緒にクリアした私とは必然的にペアルックになる装いであるということだ。
その事実にどぎまぎと心臓を忙しなく動かしなら、チャットに文字を打ち込んだ。
[おはよう、ココロ。その服似合ってるね。クエストに誘って良かった]
[嬉しい。ありがとう。イザナに誘ってもらわなかったらクリア報酬分まで辿り着けなかったと思うから、それも感謝]
ココロとやり取りをしている間だけ、私はただのイザナになってどこまでも自由な存在になれる気がした。
黒髪に綺麗な碧眼を煌めかせた彼が、私に笑いかけてくれる。
私たちは今日も仮想世界で言葉を交わす。
優しさや思いやりといったものを通わせる。
それはきらきらとした甘さを伴って、私が"今"を生きる理由になる。
慢性的な死にたさがちょっぴり薄れて、紛れる。
私はゆっくりと息を吸う。
[今日のイザナはどんな感じ?]
[いつも通り。相変わらずなんもない毎日だよ。……そっちは?]
[私も、変わりはないよ]
[そっか]
二人を包む静けさが穏やかで愛おしい。
[……ねぇ、やっぱりココロには直接会えないの?]
[うん、ごめんね]
[どうしても?]
[どうしても。不可能なんだよ]
[……そっか]
私はココロがかっこいい男の子じゃなくても会いたいのにな。
女の子でもおじさんでも、どんな人だって会えたらそれだけでいいのにな。
私に優しくしてくれて、私のことを嫌いにならないで、くれたら。
――――それだけで、いいのにな。
仮想世界の向こう側、つまりは現実世界から荒々しい怒号が聞こえてきた。
「おい、凪ぃ! いんだろ? 出てこいよ」
「あなた、やめてください! きっと寝てますから」
「うるせぇ!」
物が破壊される音が絶え間なく聞こえる。
あぁ、また始まった。
これが私の人生のBGM。
はは、悲惨だね。
[ちょっと落ちる]
[うん、分かった]
ココロに素早くチャットを送り、私はスマホの画面の明かりを落とした。
そうして、自室の扉が勢いよく開かれた。
そこにいるのはこの世界の魔王だ。
私の敵、それもラスボス級。
そう、私の父親だ。
「アイの世界」はよくあるPvEタイプのファンタジーゲームだ。
締め切ったカーテンの隙間から昼の陽光が部屋に舞う埃を浮かび上がらせる。
ベッドの中から埃のワルツをぼんやりと眺めているうちに、スマホの画面には「アイの世界」のタイトル画面が示されていた。
起動に少し時間がかかるのは私のスマホが最新のものじゃないからだ。
ついでに容量も少なくて、ゲームをするためだけに存在しているといっても過言ではなかった。
見慣れたゲーム内の街を散策する。
この世界での私はみんなが振り返るような美人だ。
賞賛の眼差しに晒されて、安易に理想と自己が乖離していく。
銀の髪を嫋やかに風に靡かせ、軽やかなステップを踏んで歩く。
ここにいる間だけは、私は私でなくとも生きていられる。
それが心地良い。
[イザナ!]
私のHNを呼ぶチャットの文字が浮かぶ。
振り返ると、彼がいた。
彼のHNは「ココロ」。
可愛い名前をした男の子アバターの彼は、この世界で私にできた唯一の友だちだ。
先日、新規クエストを一緒にクリアした際に貰った報酬の衣装を身に纏っていた。
それは男女ペアのものだった。
つまり、一緒にクリアした私とは必然的にペアルックになる装いであるということだ。
その事実にどぎまぎと心臓を忙しなく動かしなら、チャットに文字を打ち込んだ。
[おはよう、ココロ。その服似合ってるね。クエストに誘って良かった]
[嬉しい。ありがとう。イザナに誘ってもらわなかったらクリア報酬分まで辿り着けなかったと思うから、それも感謝]
ココロとやり取りをしている間だけ、私はただのイザナになってどこまでも自由な存在になれる気がした。
黒髪に綺麗な碧眼を煌めかせた彼が、私に笑いかけてくれる。
私たちは今日も仮想世界で言葉を交わす。
優しさや思いやりといったものを通わせる。
それはきらきらとした甘さを伴って、私が"今"を生きる理由になる。
慢性的な死にたさがちょっぴり薄れて、紛れる。
私はゆっくりと息を吸う。
[今日のイザナはどんな感じ?]
[いつも通り。相変わらずなんもない毎日だよ。……そっちは?]
[私も、変わりはないよ]
[そっか]
二人を包む静けさが穏やかで愛おしい。
[……ねぇ、やっぱりココロには直接会えないの?]
[うん、ごめんね]
[どうしても?]
[どうしても。不可能なんだよ]
[……そっか]
私はココロがかっこいい男の子じゃなくても会いたいのにな。
女の子でもおじさんでも、どんな人だって会えたらそれだけでいいのにな。
私に優しくしてくれて、私のことを嫌いにならないで、くれたら。
――――それだけで、いいのにな。
仮想世界の向こう側、つまりは現実世界から荒々しい怒号が聞こえてきた。
「おい、凪ぃ! いんだろ? 出てこいよ」
「あなた、やめてください! きっと寝てますから」
「うるせぇ!」
物が破壊される音が絶え間なく聞こえる。
あぁ、また始まった。
これが私の人生のBGM。
はは、悲惨だね。
[ちょっと落ちる]
[うん、分かった]
ココロに素早くチャットを送り、私はスマホの画面の明かりを落とした。
そうして、自室の扉が勢いよく開かれた。
そこにいるのはこの世界の魔王だ。
私の敵、それもラスボス級。
そう、私の父親だ。