翌日の集合時間が二十分繰り上げになった。
担当区域が学校からあまり近くないので、ホームルームが終わったら速攻で向かわないと間に合わない。海野から仕事を奪ったことが会長に伝わったんだろう。これは私への嫌がらせというわけだ。
「ほんっとに、むかつくわねあの会長……!」
息を切らしながら昨日と同じ場所についたときには、すでに亜樹先輩が待機していた。
「……先輩、お早いお着きですね……」
「えっ? ああ、今日は部活にも顔出さないできたから」
それは私も同じなのだが、これは歩幅の差なのだろうか。
改めて、彼の背の高さを実感する。葉琉先輩と同じバスケ部に入ったら重宝されただろう。なぜ、亜樹先輩は空手部なのか。
考えかけたが、やめた。情報が少ない中で考えても穿った見方しかできないし、第一、それほど興味がない。
今日の巡回スポットは、バッティングセンターやゲームコーナーのある小さな娯楽施設だ。店の人に断って中に入ると、耳をつんざくような音が飛び込んできた。思わず顔をしかめた私を見て、先輩が気遣わしげな表情になった。
「苦手なら、俺だけで見てこようか?」
「おかまいなく」
指定箇所はゲームセンターの方だった。ここは死角が多すぎて、さすがに立っているだけでは防犯効果は薄いと思われた。
腕章をつけて足を踏み出す。けたたましい音楽と否が応でも耳に入るように計算された効果音。それに負けじと声を張り上げる客達の熱気にだいぶ精神力を削られながらも、一通り見回りを完遂した。
昨日と同じはずの三十分が長かった。なんだかとてつもなく長く感じた。
「――あ、そこ、自販機があるね! 何か買ってこようか、三澄さん」
「いえ……、結構です」
下校中の買い食いは禁止されてはいないが推奨されてもいない。比較的閑静な一角を見つけ、そこに備え付けられていたベンチに腰を下ろして一息ついた。先輩も溜息をついて隣に座る。
「三澄さんは真面目だね」
「よく言われます」
よく言われるのは事実だが、果たしてそうだろうかという疑問をいつも抱く。何か事件が起こらないと生徒たちや先生方にアピールできないではないかと考えている私は、真面目と言えるのだろうか。
それに。
「真面目」という言葉が、決して賞賛の意味では使われていないことも私は知っている。
取り付く島もない回答に、先輩がまた溜息をついた。溜息の連続にはさすがに腹が立った。
「……お暇そうですね。先輩も少し遊んできたらいかがですか。先ほど、あそこのゲーム機を、随分と熱心にごらんになっていましたよね」
ゲームセンターの中央あたりにあるバスケットシュートゲームを指さす。最初見つけたときはやたら目をやっていたのに、今は不自然なほど視界から外している。気にしているのがまるわかりである。
先輩がかすかに顔をこわばらせた。
「いや、そんなことないよ。俺もあんまりこういうところに来ないから、珍しくて色々見ていただけで」
「でしたらなおのこと、やってみたらいかがですか? 葉琉先輩とご兄弟なのですし、ある程度はできるのでしょう? 実際はどちらが上手なのですか?」
露骨すぎる挑発を受けた先輩は唖然として私を見ていたが、やがて苦笑した。
「向こうに決まってるでしょ。俺はバスケなんて体育の授業くらいでしかしてないよ」
そうしてさりげなく目をそらす。その仕草には身に覚えがある。
(……きっと、今のは自分への言い訳だ)
何をしても勝てない、後からやってきて軽々と超越していく相手から、自分を守るための言い訳。
亜樹先輩を見ているとなぜイライラするのか腑に落ちた。
「……そろそろ、帰りましょうか」
私もまた彼から目をそらして提案する。自分と似ている人間を挑発するなんて不毛でしかない。
立ち上がって歩き出すと、先輩が私の名を呼んだ。私は軽くお辞儀だけをして、あとは 振り返らずに店を出た。
担当区域が学校からあまり近くないので、ホームルームが終わったら速攻で向かわないと間に合わない。海野から仕事を奪ったことが会長に伝わったんだろう。これは私への嫌がらせというわけだ。
「ほんっとに、むかつくわねあの会長……!」
息を切らしながら昨日と同じ場所についたときには、すでに亜樹先輩が待機していた。
「……先輩、お早いお着きですね……」
「えっ? ああ、今日は部活にも顔出さないできたから」
それは私も同じなのだが、これは歩幅の差なのだろうか。
改めて、彼の背の高さを実感する。葉琉先輩と同じバスケ部に入ったら重宝されただろう。なぜ、亜樹先輩は空手部なのか。
考えかけたが、やめた。情報が少ない中で考えても穿った見方しかできないし、第一、それほど興味がない。
今日の巡回スポットは、バッティングセンターやゲームコーナーのある小さな娯楽施設だ。店の人に断って中に入ると、耳をつんざくような音が飛び込んできた。思わず顔をしかめた私を見て、先輩が気遣わしげな表情になった。
「苦手なら、俺だけで見てこようか?」
「おかまいなく」
指定箇所はゲームセンターの方だった。ここは死角が多すぎて、さすがに立っているだけでは防犯効果は薄いと思われた。
腕章をつけて足を踏み出す。けたたましい音楽と否が応でも耳に入るように計算された効果音。それに負けじと声を張り上げる客達の熱気にだいぶ精神力を削られながらも、一通り見回りを完遂した。
昨日と同じはずの三十分が長かった。なんだかとてつもなく長く感じた。
「――あ、そこ、自販機があるね! 何か買ってこようか、三澄さん」
「いえ……、結構です」
下校中の買い食いは禁止されてはいないが推奨されてもいない。比較的閑静な一角を見つけ、そこに備え付けられていたベンチに腰を下ろして一息ついた。先輩も溜息をついて隣に座る。
「三澄さんは真面目だね」
「よく言われます」
よく言われるのは事実だが、果たしてそうだろうかという疑問をいつも抱く。何か事件が起こらないと生徒たちや先生方にアピールできないではないかと考えている私は、真面目と言えるのだろうか。
それに。
「真面目」という言葉が、決して賞賛の意味では使われていないことも私は知っている。
取り付く島もない回答に、先輩がまた溜息をついた。溜息の連続にはさすがに腹が立った。
「……お暇そうですね。先輩も少し遊んできたらいかがですか。先ほど、あそこのゲーム機を、随分と熱心にごらんになっていましたよね」
ゲームセンターの中央あたりにあるバスケットシュートゲームを指さす。最初見つけたときはやたら目をやっていたのに、今は不自然なほど視界から外している。気にしているのがまるわかりである。
先輩がかすかに顔をこわばらせた。
「いや、そんなことないよ。俺もあんまりこういうところに来ないから、珍しくて色々見ていただけで」
「でしたらなおのこと、やってみたらいかがですか? 葉琉先輩とご兄弟なのですし、ある程度はできるのでしょう? 実際はどちらが上手なのですか?」
露骨すぎる挑発を受けた先輩は唖然として私を見ていたが、やがて苦笑した。
「向こうに決まってるでしょ。俺はバスケなんて体育の授業くらいでしかしてないよ」
そうしてさりげなく目をそらす。その仕草には身に覚えがある。
(……きっと、今のは自分への言い訳だ)
何をしても勝てない、後からやってきて軽々と超越していく相手から、自分を守るための言い訳。
亜樹先輩を見ているとなぜイライラするのか腑に落ちた。
「……そろそろ、帰りましょうか」
私もまた彼から目をそらして提案する。自分と似ている人間を挑発するなんて不毛でしかない。
立ち上がって歩き出すと、先輩が私の名を呼んだ。私は軽くお辞儀だけをして、あとは 振り返らずに店を出た。