僕はツノ赤です


「僕、生まれつき肌が赤いんです。
 だから、気味悪がって人間は逃げていきます。
 ツノ赤族は、13歳になると立派なツノが生えてきます。
 16歳になった僕の頭には、タケノコのような自慢のツノがあるんです。
 でも人間は悲鳴を上げて逃げていきます。
 犬歯が大きくなって、チャームポイントになりました。
 これも嫌がられます」
「晃。
 もういいよ」
 武史(たけし)はため息を漏らした。
「なあ。
 なんでかなぁ」
 ぼんやりと空を眺めた。
「さあな」
 ここは、鬼が島と呼ばれる、離島である。
 赤井 晃(あかい あきら)16歳。
 ツノ赤族。
 青山 武史(あおやま たけし)16歳。
 ツノ青族。
 2人とも、雲を目で追いながら、草むらの匂いに包まれていた。
 そよ風が肌をなでる。
「おおい。
 晃。
 武史」
 白髪の老人が、遠くから呼ぶ声。
 赤井 静男(あかい しずお)61歳。
 ツノ赤族。
 晃は、捕まえたウサギ3匹を見せた。
「今夜はこれをおかずにしよう」
「ワシは、野菜を取ってくる。
 武史は火を起こしてくれ」
 夕飯の支度をする。
 3人は小さな小屋に住んでいる。
 丘の上に、ツノと牙を付けた顔型の廃墟がみえた。
「お父様。
 お母様。
 そして、ツノ赤族、ツノ青族のご先祖様。
 今日も食事にありつけました。
 ありがとうございます。
 いただきます」
 廃墟に向かって手を合わせてから、食べ始めた。
 毎日こうして、先祖を供養しながら暮らしている。

 10年前、事件は起きた。
 この島に、鬼がやってきた。
 煌びやかな羽織をまとい、桃のマークをあしらった、はちがねを額に巻いていた。
 従者の犬、猿、雉と共に、家族郎党を蹂躙(じゅうりん)し、全財産を持ち去ったのだ。
 幸いにも晃と武史は、静男に連れられて、沖へ魚釣りに出掛けていた。

「晃。
 武史。
 そろそろお前たちも、町へ行ってきなさい」
 鍋をつつきながら、切り出した。
「おじいさん。
 ツノ赤族とツノ青族には、女がいないから、町で結婚相手を探して来るんでしょう。
 でもさ、人間の女の子に惚れてもらえるのかな」
「晃は毎日、人間に嫌われるってボヤいてるよ。
 僕も自信がなくて、ため息が出るよ」
 鍋がぐつぐつと煮え立ち、肉汁と、薪の煤ける香りが心地いい。
 小屋は狭いが、3人にとって町よりも居心地がいい場所だった。
「僕、ずっとこのままでいいよ。
 人間が来たら、恐ろしいことが起こるんじゃないかって、考えちゃうんだよね」
 ぽつりと晃が呟いた。
「ねえ。
 おじいさん。
 人間の中に、皆を働かせて、お金を巻き上げる悪い奴がいるって本当なの」
 武史は、時折人間の不条理な生活を語り始める。
 何度も静男が言い聞かせてきたので、立派な意見を言うようになった。
「そうじゃよ。
 いいか。
 2人とも。
 我々の家族は、代々正義を行ってきたのじゃ。
 今の生活を見てみなさい。
 狩りをして、野山の恵みをいただいて暮らせば、良い生活ができるのじゃ。
 欲深い人間がいるから、世が乱れるのじゃよ」
「うん。
 金銀財宝を独り占めする庄屋さんは、悪い奴だね」
「僕の父さんは、貧しい人たちのために、お金を分けてあげたんだよね」
「そうじゃ。
 町の庄屋さんは、鬼を差し向けて、罪のないツノ赤族と、ツノ青族を殺したのじゃ。
 許してはおけん。
 でものう。
 怒りに任せて人間を殺したら、ワシらが鬼になってしまう」
「そんなの嫌だよ。
 僕、悪いことはしたくない。
 正しく生きて、お父さんに褒めてもらいたいんだ」
 武史は澄んだ瞳で夜空を見上げた。
 広い丘には、煙るような星たちが今にも降ってきそうなほど、またたいている。
「ご先祖様も、こうやって大人になって、人間と結婚してきたんだね。
 僕は、人間と仲良くやっていくためにも、町へ行ってみるよ」