この音が、君の”こころ”に届くまで

「「お帰りなさいませ」」

私がドアを開けると真っ先に聞こえる言葉
気味の悪いほどにピッタリそろった声はいつも居心地が悪かった。
私は世間一般でいうところの”お嬢様”という部類らしい
物心ついた時からこれが普通なので今更何とも思わないけど、幼馴染でさえそう言うのだから私の家庭は他と少し違うのだろう。

「ありがとうございます。夕飯まで自室にいますね。」
毎日侍女たちにこう返し、自室に逃げ込むようにしてその場から離れる。
その途中で無駄に広いリビングを見た。
ペットのわんちゃんも沢山の侍女もいるのに

いつも、両親の姿は無かった。

私の父は大手企業の社長で母は有名デザイナーなのだ。
そりゃあ人一倍忙しいのは誰でも分かる
それでも、一度でもいいから

”お帰り”

って言ってほしい
なんて自分らしくもないと我に返り自室に入る。
私の部屋は本当に人が住んでいるのかと思うほど簡素で面白みがない
無駄に広くて落ち着かない為、何かをして気を紛らわす。
テキストを取り出すため学生鞄を開くと一枚の広告が目に入った。
確か、今日学校で配られた高校の案内だったような_

【一ノ瀬高等学校 オープンスクール開催】

ああ、今年は自分も受験生なのかとどこか他人事のように考えながら順々に目を通していく。ふと、一つのキャッチコピーに目が留まった。
「音で彩ろう!一ノ瀬吹奏楽部へ!」
何故か凄くドキッとした。

【彩る】

私の人生において一番縁のない言葉だ。
勉強、運動、クラスでの立ち位置、世間での地位
全てにおいて完璧を目指す私にとって彩りは必要なかった。むしろ迷惑なものに等しかった。
だからかもしれないが図星を突かれたような気がして苛立ちを覚えた
それと同時に、ここでなら自分にないものを手に入れられるのではないかと思った。
もし、私の_こんな変わり映えのない日々を彩ってくれるのなら

そんな淡い期待を抱いていたのを覚えてる。
本当に些細な事だろう
だがレールの上しか歩けない私にとって高校受験とはこの程度としか思えないでいた。

月日は流れ、もう随分と寒い時期になった。
耳と鼻を赤くしながら受験会場へ早々に向かう
家を出るとき、両親には「とにかく頑張りなさい。」とだけ言われた。
今までずっと放置だったのに
そう思うのをグッとこらえて笑顔を作る
「ありがとう」
これが私の精一杯だった
その言葉に偽りなど無い。
ただ、見送りすらしてもらえなかったことに視界がぼやけて

ずっと上を向いていたのを覚えている。

全ての科目が終わった後受験会場の写真だけ一枚撮り、来た時と同じように一人家路につく
周りでは他の受験生が親や友達とワイワイ話しながら帰っている
この中に未来の同級生が含まれているのだ。
なんだか、自分は彼らと別の世界にいるんだと思い知らされた様な気がした。

ようやく、スタート地点に立ったのに

曇天の空、独りの私に出来ることは無かった。





胸元についた赤いネクタイ
肌触りの良いブレザー
自分の膝下くらいの丈のスカート

新しい制服に身を包んだ私は少し、いつもより大人びて見えた。

今日は待ちに待った一ノ瀬高等学校の入学式当日
相変わらず両親は仕事で不在だが、私の四つ上の兄_彩汰が来てくれることになっている。
彩汰兄さんは普段大学の寮に所属している為常に不在だが、私の入学式には来る気満々らしく
「妹の入学式なんだから!」
と、昨日急に家に帰ってきた
そのこともあり私は少し浮かれているのだ。
支度を終えてリビングルームに行くと既に朝食はできており、彩汰兄さんも椅子に座って読書をしていた。
「おはよう彩羽。よく眠れた?」
私たちの目の前には豪華な食事が並んでいるが、一つもまだ手を付けられていない
どうやら私の支度を待っていてくれたみたいだ。
「おはよう兄さん。よく眠れたよ。」
そう返すとそっか、と言葉をこぼしながら本をしまいフォークを持つ兄さん。
無駄のない上品な食事姿
そりゃあ女性にもモテるはずなのに
”彼女”というものを作らない。
「「ごちそうさまでした。」」

”高嶺の花”

その言葉は兄さんの為に存在するのではないかという程、兄さんは高スッペクだ。
私はその妹。第二の存在、されど家族。

「さあ、行こうか。」

私たちの間では切っても切れない複雑な糸が絡まっている。
解放されるのは、一体いつの日になるのか。

「うん。」

考えても解けない問題だった。



新しい通学路を二人で歩き、数十分後
私の目の前に大きな正門が建っていた。

やっと立てたスタート地点
そこには同じく新しい制服を身にまとった人達が、友達、家族などと一緒に門をくぐっていた。
いつもならそれを横目にみながら一人で門をくぐるが、今日は違った。

「やっぱり多いね。一年生だけで一つ学校作れるんじゃない?」

そう言いながら襟を直す私の兄さん。
その姿をみた通りすがりの人が、思わず見惚れる程の笑顔
今思い返せば、誰かと行事に参加するのは小学校の入学式以来かもしれない。
”独りじゃない”
というだけでこんなに心強いなんて
16歳になって初めて実感した。

私たち一年生は昇降口で受付をすますと、それぞれの教室に行くように指示される
ここで一旦、兄さんとはお別れだ。

「じゃあ、また後でね」
「うん、兄さんも気を付けてね。」

そう言って踵を返し、私を待つ教室に向かった。

否、向かっていた。

「ここ、どこ...?」

少し浮かれていたからだろうか、
あろうことか道に迷ってしまったのである。
時間を見るとそこまで焦る必要はないため、落ち着こうと思いながら辺りを見回す。
薄暗い、活気の無い廊下
朝方にも関わらず、先程までいた空間とは全く別のもののように感じた。
(とりあえずもと来た道を戻ろう)
そう思い、一歩後ろにさがった瞬間

パッパパーパンパー

遠くからでも分かるくらいの音量のメロディー
不本意だったが漏れ聞こえる音を聴きながら、私の興奮は絶頂に達していた。
生で聞こえる、感じる
暫くの間、私はそこから動けずにいた。





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