転生してから12年が経った。
今生での俺の名前は、レクター・ブラウゼル。
以前に父が言っていたように、前世の「レクター・ヴィレンス」から名前を拝借したらしい。やや恥ずかしくはあるものの、混乱しなくて済むのは助かるところだ。
ここまでの12年間、俺は何不自由なく過ごしてきた。
まあ、父が医者だからな。
過去に何度も患者を助けてきた手腕から、多くの人たちに感謝されているらしい。
それもあって、家も「屋敷」と言えるほどに大きく……俺はそこそこ裕福な暮らしを満喫していた。
ひとつだけ面倒な点があるとすれば――
「レクター! そっちにボールいったなのー!」
「はいはい」
昼下がり。帝都の公園にて。
木にもたれかかっている俺に、勢いよくボールが飛び込んできた。
俺は難なくそれを片手で受け止めると、
「おい、返すぞ」
と言ってボールを投げ返す。
「わわっと! ありがとなのー!」
そう言ってはにかむのは、同じく12歳の少女……レナス・カーフェ。
いわゆる近所に住むトモダチってやつだ。
たしか《特別な才能》を持っているらしいが……詳しいことは知らない。
どうでもいいからな。
率直に言って、好きでこんなのと関わり合っているわけではない。
人と関わるのは前世で懲りたわけだし、できるなら部屋に引きこもっていたいところだ。
だが、今生の母はなかなかの教育ママだった。
ずっと部屋に引きこもる俺を見かねて、強制的にトモダチと遊ばせてくるのである。
俺も正直嫌なのだが、従っておかないと家族会議になってこれまた面倒くさい。
だから渋々、こうやってトモダチと遊んでいるわけだ。公園の隅っこでな。
「ったくよー。レクターはめちゃくちゃ運動できるんだし、一緒に遊ぼうぜ?」
そう言ってくるのは、これまた同い年のバルフ・ガードン。
12歳にしては体格が良く、このまま順当に成長すれば騎士にもなれそうな少年だ。
レナス。
バルフ。
そして俺。
他にも数名いるが、ほぼ毎日このメンツで遊んでいた。
前世の俺は修行に明け暮れるばかりだったので、よくわからないが――
これくらいの年齢の子どもは、みな毎日のようにトモダチと遊ぶらしい。
よく飽きないなと思うが、レナスもバルフも本当に楽しそうだからな。
そういうものなのだろう。
――とまあ、こんな感じで俺は全然気分が乗らないので、こうして木影で休んでいるわけだ。
「俺は遠慮しとくよ。見てるだけで楽しいんだ」
「げっ、マジで? 見てるだけじゃつまんなくね?」
「そうでもないさ。風に当たりながら昼寝をする……悪くない感覚だぞ」
俺がそう言うと、レナスがはぁぁぁああと、盛大なため息をついた。
「すごーい。レクター、お父さんみたいなこと言ってる……」
そう言いながら含み笑いを浮かべるレナス。
「ふん。そういうおまえも、12歳の割にはずいぶん大人びている気がするが?」
「えぇ? 私知らなーい」
あざとくウィンクするレナス。
こういう仕草も12歳とは思えないのだが……
「まあ、俺のことは気にしなくていい。二人はまた適当に遊ん――」
ドクン……!
突如にして心臓の鼓動が高鳴り、俺は顔をしかめた。
「おいレクター? どうした?」
「いや……気にするな。なんでもない」
――いまのは……気のせいじゃないな。
かなり大きな魔物の気配……
しかもこれ、だいぶ近いところにいるんじゃないか……?
勇者レクターとしての実力は、現世においても忠実に引き継がれている。この索敵能力も、そのひとつというわけだ。
おかげで、他の人では気づきえない気配さえも感じ取ることができる。
……まあ、感じ取れたところでなんだって話ではあるが。
ブオーン、ブオーン、ブオーン……!
それから数秒遅れて、帝都中に警報音が鳴り始めた。
そこかしこの街頭から、甲高い音が響き続ける。
『付近に危険な魔物が現れました。付近に危険な魔物が現れました。都民の方は、ただちに屋内に避難するか、物陰に身を隠してください』
「わわっ……!」
「危険な魔物だって……⁉」
目を丸くして飛び上がるレナスとバルフ。
まあ、そりゃ驚くよな。
ここは皇族の住まう帝都だし、安全対策は充分に取られているはずだ。近隣の魔物はたとえゴブリンであっても倒し尽くされているはずだし、定期的に冒険者が見回りに出ているはず。
そんな状況下で危険な魔物が現れるということ自体が、まさしくイレギュラー。
魔物が突如ここらに転移してきたか、もしくは突然変異を起こしたか……
とにもかくにも、そうそう起こりえないことなのは間違いない。俺とても、12年生きてきて初めての経験だ。
「わ、わぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
「逃げろ、早く!」
当然というべきか、帝都は大混乱の様相を呈していた。
悲鳴をあげる者、逃げ惑う者……そして、強張った表情で外に向かう戦士たち。
まさに帝都サクセンドリアは、俺の見たことのない混沌に陥っていた。
「わ、わわわわわわわわ、どうしようなの……!」
真っ赤な顔でパニクるレナス。
まあ、仕方ないよな。大人でさえパニクっている事態を、12歳の子どもが冷静に受け止めきれるはずもない。
そしてそれは――好奇心旺盛なバルフも同様だった。
「すっげぇ……危険な魔物だってよ、おまえたち!」
目をキラキラさせながらそう言うバルフ。
さながら嵐の訪れがワクワクするような心境だろうか。なかなか起きないトラブルなだけに、非常事態であることが実感できないんだろう。
その気持ちはわからなくはない。
だが。
「……やめておけ。大人たちがあんなに慌ててるんだ。間違っても見に行ったりするなよ」
「そうはいってもさぁ。ねぇ」
そこでバルフはちらりとレナスを見る。
「知ってんだろ? 俺の夢は冒険者! ベイリフ様のように強い男になって、好きな人を守るのが夢なんだっ!」
「冒険者……だって……?」
「ああ! ここで逃げるのは男の恥! そうは思わないか?」
「…………」
――なるほど。
うすうす感づいていたが、こいつはレナスのことが好きだ。
だから女の子の前でかっこつけたいという思いも、多少あるのだろう。
その気持ちは、たしかにわからなくもないが。
「……やめておけ。わかるだろ? 大人たちの戦いに、子どもが混じったら迷惑だ。そういうのをかっこいいとは言わん」
「…………」
俺の発言に、バルフは不満そうに唇を尖らせると。
「……はっ、わかってるよ。言ってみただけだって」
「…………」
嘘だな。
本当はわかってない。
だけど……これ以上の追及は無意味だ。言ったところで絶対に理解されないし、そもそもバルフを守る義理は俺にない。
命を賭けて誰かを守ったところで……最後には裏切られるのだから。
「ま、そういうことだ。俺は言ったからな。おまえたちもまっすぐに家に帰れよ」
それだけ言って、俺は身を翻し、自宅へと向かうのだった。
「あ! レクター、待って!」
後ろで呼びかけてくるレナスの声を、無視して。
今生での俺の名前は、レクター・ブラウゼル。
以前に父が言っていたように、前世の「レクター・ヴィレンス」から名前を拝借したらしい。やや恥ずかしくはあるものの、混乱しなくて済むのは助かるところだ。
ここまでの12年間、俺は何不自由なく過ごしてきた。
まあ、父が医者だからな。
過去に何度も患者を助けてきた手腕から、多くの人たちに感謝されているらしい。
それもあって、家も「屋敷」と言えるほどに大きく……俺はそこそこ裕福な暮らしを満喫していた。
ひとつだけ面倒な点があるとすれば――
「レクター! そっちにボールいったなのー!」
「はいはい」
昼下がり。帝都の公園にて。
木にもたれかかっている俺に、勢いよくボールが飛び込んできた。
俺は難なくそれを片手で受け止めると、
「おい、返すぞ」
と言ってボールを投げ返す。
「わわっと! ありがとなのー!」
そう言ってはにかむのは、同じく12歳の少女……レナス・カーフェ。
いわゆる近所に住むトモダチってやつだ。
たしか《特別な才能》を持っているらしいが……詳しいことは知らない。
どうでもいいからな。
率直に言って、好きでこんなのと関わり合っているわけではない。
人と関わるのは前世で懲りたわけだし、できるなら部屋に引きこもっていたいところだ。
だが、今生の母はなかなかの教育ママだった。
ずっと部屋に引きこもる俺を見かねて、強制的にトモダチと遊ばせてくるのである。
俺も正直嫌なのだが、従っておかないと家族会議になってこれまた面倒くさい。
だから渋々、こうやってトモダチと遊んでいるわけだ。公園の隅っこでな。
「ったくよー。レクターはめちゃくちゃ運動できるんだし、一緒に遊ぼうぜ?」
そう言ってくるのは、これまた同い年のバルフ・ガードン。
12歳にしては体格が良く、このまま順当に成長すれば騎士にもなれそうな少年だ。
レナス。
バルフ。
そして俺。
他にも数名いるが、ほぼ毎日このメンツで遊んでいた。
前世の俺は修行に明け暮れるばかりだったので、よくわからないが――
これくらいの年齢の子どもは、みな毎日のようにトモダチと遊ぶらしい。
よく飽きないなと思うが、レナスもバルフも本当に楽しそうだからな。
そういうものなのだろう。
――とまあ、こんな感じで俺は全然気分が乗らないので、こうして木影で休んでいるわけだ。
「俺は遠慮しとくよ。見てるだけで楽しいんだ」
「げっ、マジで? 見てるだけじゃつまんなくね?」
「そうでもないさ。風に当たりながら昼寝をする……悪くない感覚だぞ」
俺がそう言うと、レナスがはぁぁぁああと、盛大なため息をついた。
「すごーい。レクター、お父さんみたいなこと言ってる……」
そう言いながら含み笑いを浮かべるレナス。
「ふん。そういうおまえも、12歳の割にはずいぶん大人びている気がするが?」
「えぇ? 私知らなーい」
あざとくウィンクするレナス。
こういう仕草も12歳とは思えないのだが……
「まあ、俺のことは気にしなくていい。二人はまた適当に遊ん――」
ドクン……!
突如にして心臓の鼓動が高鳴り、俺は顔をしかめた。
「おいレクター? どうした?」
「いや……気にするな。なんでもない」
――いまのは……気のせいじゃないな。
かなり大きな魔物の気配……
しかもこれ、だいぶ近いところにいるんじゃないか……?
勇者レクターとしての実力は、現世においても忠実に引き継がれている。この索敵能力も、そのひとつというわけだ。
おかげで、他の人では気づきえない気配さえも感じ取ることができる。
……まあ、感じ取れたところでなんだって話ではあるが。
ブオーン、ブオーン、ブオーン……!
それから数秒遅れて、帝都中に警報音が鳴り始めた。
そこかしこの街頭から、甲高い音が響き続ける。
『付近に危険な魔物が現れました。付近に危険な魔物が現れました。都民の方は、ただちに屋内に避難するか、物陰に身を隠してください』
「わわっ……!」
「危険な魔物だって……⁉」
目を丸くして飛び上がるレナスとバルフ。
まあ、そりゃ驚くよな。
ここは皇族の住まう帝都だし、安全対策は充分に取られているはずだ。近隣の魔物はたとえゴブリンであっても倒し尽くされているはずだし、定期的に冒険者が見回りに出ているはず。
そんな状況下で危険な魔物が現れるということ自体が、まさしくイレギュラー。
魔物が突如ここらに転移してきたか、もしくは突然変異を起こしたか……
とにもかくにも、そうそう起こりえないことなのは間違いない。俺とても、12年生きてきて初めての経験だ。
「わ、わぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
「逃げろ、早く!」
当然というべきか、帝都は大混乱の様相を呈していた。
悲鳴をあげる者、逃げ惑う者……そして、強張った表情で外に向かう戦士たち。
まさに帝都サクセンドリアは、俺の見たことのない混沌に陥っていた。
「わ、わわわわわわわわ、どうしようなの……!」
真っ赤な顔でパニクるレナス。
まあ、仕方ないよな。大人でさえパニクっている事態を、12歳の子どもが冷静に受け止めきれるはずもない。
そしてそれは――好奇心旺盛なバルフも同様だった。
「すっげぇ……危険な魔物だってよ、おまえたち!」
目をキラキラさせながらそう言うバルフ。
さながら嵐の訪れがワクワクするような心境だろうか。なかなか起きないトラブルなだけに、非常事態であることが実感できないんだろう。
その気持ちはわからなくはない。
だが。
「……やめておけ。大人たちがあんなに慌ててるんだ。間違っても見に行ったりするなよ」
「そうはいってもさぁ。ねぇ」
そこでバルフはちらりとレナスを見る。
「知ってんだろ? 俺の夢は冒険者! ベイリフ様のように強い男になって、好きな人を守るのが夢なんだっ!」
「冒険者……だって……?」
「ああ! ここで逃げるのは男の恥! そうは思わないか?」
「…………」
――なるほど。
うすうす感づいていたが、こいつはレナスのことが好きだ。
だから女の子の前でかっこつけたいという思いも、多少あるのだろう。
その気持ちは、たしかにわからなくもないが。
「……やめておけ。わかるだろ? 大人たちの戦いに、子どもが混じったら迷惑だ。そういうのをかっこいいとは言わん」
「…………」
俺の発言に、バルフは不満そうに唇を尖らせると。
「……はっ、わかってるよ。言ってみただけだって」
「…………」
嘘だな。
本当はわかってない。
だけど……これ以上の追及は無意味だ。言ったところで絶対に理解されないし、そもそもバルフを守る義理は俺にない。
命を賭けて誰かを守ったところで……最後には裏切られるのだから。
「ま、そういうことだ。俺は言ったからな。おまえたちもまっすぐに家に帰れよ」
それだけ言って、俺は身を翻し、自宅へと向かうのだった。
「あ! レクター、待って!」
後ろで呼びかけてくるレナスの声を、無視して。