医者の言っていた通り、帝都は熱狂の渦に包まれていた。

 行き交う人々の表情が、とにかく明るい。
俺の記憶にある帝都サクセンドリアは、みんな魔族の脅威に怯えていて、街全体もどこか暗かったのに……

 医者の言っていたことは本当なんだろう。

 ――魔王は倒された。勇者ベイリフと……聖女クロエによって。

「…………」

 本当は喜ばしいことのはずだ。
 長年人類を苦しめてきた魔王が死んだわけだし、これにて世界は平和になった。魔族の侵攻に恐怖する必要もないわけだし、喜ばしいことのはず。

 なのに。

 なのに、この虚しさは、いったいなんなんだ……

 途中、ビラ配りをしている青年に出くわした。それの内容によれば、間もなく帝都の中央広場にて婚姻式を挙げるとのこと。

 ……なんともまあ、贅沢な話だ。
 どこかの会場を借りるのではなく、帝都全体を使って式を開催しようとしているのだから。

 魔王を倒した英雄たちの婚姻式だから、それも当然かもしれないが。

「クロエ……」

 皮肉な話だ。
 転移者に出会う前、俺はこの場所でクロエに抱き着かれていた。

 当時は、それが「よくある日常の一部」に感じられていたが……

 いまとなっては、その思い出が俺の胸を鷲掴(わしづか)みにする。

 ――いや、まだわからない。
 この目でベイリフとクロエを見なければ、まだ信じられない。

 自分でも哀れだとわかっているが、そう思わずにはいられなかった。まだ痛みの残る身体に鞭打って、ただひたすらに走り続ける。

 やがて中央広場に出た。

 当然ながら他の場所より人が多く、いたるところに売店がある。
すさまじい人込みだが、よくよく見れば、パーテーションの向こう側に赤い絨毯が敷き詰められている。あれぞ、まさしくバージンロード……その先の壇で契りを交わすのだろう。

「きゃー! きゃー!」

「ベイリフ様、クロエ様―!」

帝都の住民はすっかりベイリフたちに心酔しきっているようで、彼を賞賛するプラカードを持っていたり、花束を用意していたり……まさに混沌状態だ。

 正直、あいつのどこに尊敬する要素があるのかはわからないが――
 前の世界でも《剣聖》と呼ばれていたようだしな。
 人心の掌握には長けているのかもしれない。

 そして――待つこと数分。

「さあ皆様お待たせしました! 魔王を倒した英雄ベイリフ・ドーラ様と、同じく魔王を倒した聖女クロエ・ドーラ様……。お二方がご登場されますっ‼」

「「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」」

 瞬間、人々の興奮がピークに達した。

「ベイリフ様ぁーー! 素敵ぃー!」
「こっちを向いてー!」

 そんな大歓声とともに姿を現したのは、転移者たるベイリフ・ドーラ。

 そして彼に腕を絡める形で、クロエが登場する。

「…………は、ははは……」

 なんて哀れな結末だ。
 信じたくなくて、この目で確かめたくて、無我夢中でここまでやってきたけれど。

 話は本当だった。
 ベイリフとクロエは、本当に……

 と。

「ん……?」

 なんだろう。
 目を凝らしてみると、ベイリフの周囲からドス黒いオーラが感じられる。

あの禍々しい圧力……どこか魔王にも似ているが……

 気のせいだろうか?
 あんなにあからさまなオーラなのに、住民は誰も気づいていない。

 そしてとうとう、二人は壇の手前にまで到着した。

「こほん。新郎ベイリフ殿は……」

 神父の長い問いかけが終わると、ベイリフがクロエの両肩を掴む。そして口づけをするその直前、ベイリフの「ドス黒いオーラ」がまた巨大化する。

「…………っ」

 その瞬間、俺はいてもたってもいられなくなった。
 ベイリフの黒いオーラが、クロエをも飲み込もうとしているように見えたから。

「ま、待て!」

 だから俺はありったけの声を響かせて、二人の口づけを止めた。