聞いた通り、戦場はひどい有様だった。

「くっ……! ここまでとは……!」

「まだ帝国軍は来ないのか……! もうすぐ4時間は経つぞ……!」

「怯むな! 我がAランク冒険者、決して魔物を帝都に入れてはならぬ!」

 帝都近くの森林地帯にて。

 みんな頑張っているようだが、状況は明らかにこちらの劣勢だ。

 そこかしこで意識を失っている大勢の剣士たち。
 いま戦っている剣士や魔術師も、ほとんど満身創痍。

『ククク……ぬるいな。この程度か、人間たちよ』
 対して魔族(・・)のほうは、余裕そうな笑みさえ称えている。
『さあ、猶予はあと3分だ。それでも俺に手も足も出なければ……この子どもの命は遠慮なくいただこう』

「ううう……!」

 そして驚くべきことに、あのバルフが人質として捕らえられてしまったらしい。

 いや。人質というには少々違うか。

 どうやら魔族はゲーム(・・・)を開催しており、一定時間までに力づくでバルフを取り戻せと言っているらしい。そしてそれが叶わなければ、その手でバルフを殺すと――そう言っているのだ。

「あれは……!」 

「ああ。聞いていた通り……最悪の状況だな」

 現在、俺たちは戦場近くの草陰で魔族の様子を窺っていた。

 さすがに考えなしで突撃するのは考え物だからな。
 いったん様子を見ようとのことで、この場所に落ち着いた。

「しかし……驚いたな。まさかおまえまで、その仮面を持っているとは」

「うふふ。すごいでしょー?」

 そう言いながらピースするレナス。

 だが、その声は女の子特有の可愛らしいトーンではなく……俺の仮面と同じく変声魔法によって野太くなっていた。

「なんとなく持っておいたほうがいいかなって感じて……買っておいたんだ♪」

「ほう……? こんなもの、このへんでは売ってなかったはずだがな」

「ふふ、それはお互い様なの♪」

「…………」

 そう。

 どういうわけか、レナスもちょうど俺と同じ仮面を持っていた。
 しかも変声機能までついているので、身分が割れる心配もない。

(しかも、ここにきた途端にこっそり気配を消している……)

 謎の《直感力》といい、妙に大人びた言動といい、本当に不思議な女だ。

 しかも――それだけではない。

「おい、案内したんなら一緒にいる必要はないだろう。とっとと家に帰れ」

「うふふ。大丈夫なの、あなたがいれば大丈夫だってわかる(・・・)から」

「…………」

 この女……本当にさっき自宅(うち)で泣いた子どもと同一人物か?

 俺の感情を揺さぶるために、わざと泣き真似でもしたのだろうか。

 まあ、それはそれでいい。
 俺も正直、この女が死のうがどうでもいいからな。

 言ってしまえば同類である。

 ――と。

『カーッハッハッハ!』

 突如、魔族の笑い声が周囲に響き渡った。

『制限時間はあと1分だ! どうだ、早くしないとこのガキの命はないぜ?』

 見たところ、魔族は思った以上に性格の悪い奴みたいだな。

 らしいといえばらしいのだが。

 ちなみに魔族というのは、まあわかりやすくいえば魔物の上位互換だ。知能も戦闘力も魔物より格段に上だし、こうして言葉を喋ることもできる。外見も、額に生えている角以外はそこまで人間と変わらない。

 さらに言えば、魔族のなかでも階級というものが存在する。

 あいつはそのなかでも最下級で、前世であればそれほど苦戦しない相手だったんだけどな。人間の弱体化したこの世界では、あいつでも充分に強敵であるということか。

「大丈夫だよ、《R》さん。避難誘導は私がやる。あなたは魔族さんを叩きのめして」

「避難誘導か。できるのか?」

「もちろん♪ これでも、くぐってきた修羅場の数が違うんです♪」

「…………おまえ、今日だけで本性を現しすぎではないか?」

「本性? なんのことかしらね♪ あなたと私は初対面なのに」

「クク、違いない」

 まあ、こいつの正体はあとでゆっくり教えてもらうとして。
 いまはやるべきことをやるだけだろう。

「それでは、言ってくる。おまえの命がどうなろうが知ったことではないが、互いに頑張ろうではないか」