「奇跡の否定……」
ルシカは頷く。
「あぁ。私はその力を持った人間と、過去に会ったことがある。奇跡を否定する力……鳥から羽をもぎ取るに等しい力さ」
「ルシカ、悪いけどそれはなんとなくわかってるのよ。ホロウが魔術を斬れるのはわかりきってるし」
カスミはルシカにいう。
ルシカは、慌てるなとカスミをなだめる。
「本題はここから。その否定はどこで起こっているか。ズバリ、君の身体……体表と認識してくれてもいい」
「体表ですか?」
「正確な表現とは微妙に異なるが、君たちに魔術についての具体的な話をしても仕方ないだろうから、そう理解してくれていい。君が剣で魔術を切断できるのは、剣が君の体の延長と認識されているからさ。魔術でいうところの自己拡張や拡張領域と呼ばれるものだ。きっと、きみは素手でも同じようなことができる」
確かに、小さい頃は剣だけでなく体で魔術を無効化したこともあった。クエン兄さんのいたずらとか。だが、切れるのはあくまで魔術だけ。魔術が付与された物体自体は攻撃を受けてしまうから、次第に魔術を破壊するときは剣を使うようになった。
「心当たりがありそうだね」
「はい」
「では、もう少し分解してみるとしよう。君が魔力に酔いを感じるのはどんなときだ? 普段生活しているときは感じないだろ?」
「そうですね、たしかに基本は魔術を使おうとしたときですね」
「だろうね。では、外から……例えば強力な魔術を目の当たりにした時は?」
「それは……」
思い出される、数々の魔術師たちとの戦い。誰も彼も、強力な魔術を使ってきた。
しかし、それによって俺の感覚が狂い、過敏な反応を示したことはなかった。
「ない……ですね」
言われてみれば不思議なことだ。
魔力に過敏であるならば、他人の魔術に反応してもおかしくないはずだが、それは今まで発生したことはなかった。誰もが感じられなかった魔力の反応……例えばカスミの封印されていた場所を見つけたりという経験はあるが、魔術を使うときのようなものは未だにない。
するとルシカが指を鳴らす。
「つまりだ、君が魔力を過敏に感じるのは、魔術を発動しようと魔力を練り上げる瞬間。そこで君は魔術に拒否反応を示すわけだ。君の体表は本来は外からの奇跡を無効化するはずのものだ。しかし、体内での奇跡の発動によりその無効化のシステムが誤作動を起こしてしまう。その時、君は魔力過敏となるわけだ」
俺はさっと自分の胸に手を当てる。
この中で、俺の魔術は自分の否定により牙を剥いているのか。
「魔術というものに生涯を捧げている私からすればそれは呪い、バットステータスさ。だが、時代によってはその力は、こう語られている――勇者の力と」
「勇者……!?」
「カスミ、覚えはないのかい?」
「私は……」
カスミは頭を抑え、苦しそうに体を曲げる。
「カ、カスミ、大丈夫!?」
「う、うん……」
カスミは険しい顔で、それでも笑顔を浮かべて頷く。
それを興味深げにルシカは見つめて、つぶやく。
「封印の影響か……難儀だね。まあいい。とにかくだ、君の持つ力は強大で、そしてそれを無くすことはおそらく不可能だ。それは君の魂に刻まれた力だ」
「…………」
わかっていたことではあった。だけど、やはりその事実に落胆してしまう。
それにしても、勇者の力って……ヴァーミリア家に伝わる勇者伝説となにか関係あるんだろうか。あの壁画と……。
「だが、落ち込むのはまだ早い。内が駄目なら外だ」
「外……?」
「あぁ」
内が駄目なら外……。
俺が体内の魔力を発動しようとして、その魔力の起こりを察知して俺の体は誤作動を起こしている。
だったら、体の中の魔力ではなく――。
「……体外の魔力を使用した魔術……?」
ルシカはニヤリと笑う。
「ご明察。私たち吸血種は空気中に漂う魔素――マナをかき集めて魔術を行使している」
「まさか、俺もそれを使えれば……!?」
「その通り。君でも魔術を扱えるようになるだろう」
「本当に!? やった……ホロウ、やったね!」
カスミは俺のもとに駆け寄ってくると、ギュッと抱きついてくる。
現実感のない希望に、体がふわふわとしている。
暗闇の中に、光が見えていた。
「ま、体の構造が違う以上私達レベルまで扱うのは無理だろうがね。体外と体内の魔力が干渉して、反発を起こすはずだ。扱える魔術はそれほど多くないだろう」
「それでも……! 俺には夢の様な話です!」
まだまだ、俺は強くなれる……!
「カスミもいつまでも剣としてだけじゃ飽き飽きしてただろう。魔力を外から補充できるようになれば、魔剣の力も使えるようになるだろうさ」
「! そうだった! 私もこれでホロウの役に立てる!」
カスミは嬉しそうに飛び跳ねる。
「明日から特訓をつけてやるよ」
「い、いいんですか!?」
「あぁ」
「なんで見ず知らずの俺のためにそんなこと……」
「言ったろ、カスミの相棒だからさ。この子にはまあ、いろいろ借りがあるからね」
「?」
カスミは不思議そうに首を傾げる。
カスミの消えている記憶の中での話なのだろうか。
「カスミは覚えてないだろうけどね。あとは……先代のその力の持ち主へのお礼ってところかね。一代後で悪いが、君への指導で私の胸のつかえを一つ取り除かせてもらうよ。こっちの都合で悪いがね」
長い時を生きる吸血種。だからこそ、いろいろな経験をしてきたんだろう。その中で、きっと共にあったであろう先代の魔術破壊の力の持ち主。
聞いてみたい気持ちがあったが、これ以上聞くのは野暮だと俺はぐっと言葉を飲み込む。
そして、深々と頭を下げる。
「こちらこそ、願ってもないです! よろしくお願いします!」
こうして、俺の魔術修行が始まった。
ルシカは頷く。
「あぁ。私はその力を持った人間と、過去に会ったことがある。奇跡を否定する力……鳥から羽をもぎ取るに等しい力さ」
「ルシカ、悪いけどそれはなんとなくわかってるのよ。ホロウが魔術を斬れるのはわかりきってるし」
カスミはルシカにいう。
ルシカは、慌てるなとカスミをなだめる。
「本題はここから。その否定はどこで起こっているか。ズバリ、君の身体……体表と認識してくれてもいい」
「体表ですか?」
「正確な表現とは微妙に異なるが、君たちに魔術についての具体的な話をしても仕方ないだろうから、そう理解してくれていい。君が剣で魔術を切断できるのは、剣が君の体の延長と認識されているからさ。魔術でいうところの自己拡張や拡張領域と呼ばれるものだ。きっと、きみは素手でも同じようなことができる」
確かに、小さい頃は剣だけでなく体で魔術を無効化したこともあった。クエン兄さんのいたずらとか。だが、切れるのはあくまで魔術だけ。魔術が付与された物体自体は攻撃を受けてしまうから、次第に魔術を破壊するときは剣を使うようになった。
「心当たりがありそうだね」
「はい」
「では、もう少し分解してみるとしよう。君が魔力に酔いを感じるのはどんなときだ? 普段生活しているときは感じないだろ?」
「そうですね、たしかに基本は魔術を使おうとしたときですね」
「だろうね。では、外から……例えば強力な魔術を目の当たりにした時は?」
「それは……」
思い出される、数々の魔術師たちとの戦い。誰も彼も、強力な魔術を使ってきた。
しかし、それによって俺の感覚が狂い、過敏な反応を示したことはなかった。
「ない……ですね」
言われてみれば不思議なことだ。
魔力に過敏であるならば、他人の魔術に反応してもおかしくないはずだが、それは今まで発生したことはなかった。誰もが感じられなかった魔力の反応……例えばカスミの封印されていた場所を見つけたりという経験はあるが、魔術を使うときのようなものは未だにない。
するとルシカが指を鳴らす。
「つまりだ、君が魔力を過敏に感じるのは、魔術を発動しようと魔力を練り上げる瞬間。そこで君は魔術に拒否反応を示すわけだ。君の体表は本来は外からの奇跡を無効化するはずのものだ。しかし、体内での奇跡の発動によりその無効化のシステムが誤作動を起こしてしまう。その時、君は魔力過敏となるわけだ」
俺はさっと自分の胸に手を当てる。
この中で、俺の魔術は自分の否定により牙を剥いているのか。
「魔術というものに生涯を捧げている私からすればそれは呪い、バットステータスさ。だが、時代によってはその力は、こう語られている――勇者の力と」
「勇者……!?」
「カスミ、覚えはないのかい?」
「私は……」
カスミは頭を抑え、苦しそうに体を曲げる。
「カ、カスミ、大丈夫!?」
「う、うん……」
カスミは険しい顔で、それでも笑顔を浮かべて頷く。
それを興味深げにルシカは見つめて、つぶやく。
「封印の影響か……難儀だね。まあいい。とにかくだ、君の持つ力は強大で、そしてそれを無くすことはおそらく不可能だ。それは君の魂に刻まれた力だ」
「…………」
わかっていたことではあった。だけど、やはりその事実に落胆してしまう。
それにしても、勇者の力って……ヴァーミリア家に伝わる勇者伝説となにか関係あるんだろうか。あの壁画と……。
「だが、落ち込むのはまだ早い。内が駄目なら外だ」
「外……?」
「あぁ」
内が駄目なら外……。
俺が体内の魔力を発動しようとして、その魔力の起こりを察知して俺の体は誤作動を起こしている。
だったら、体の中の魔力ではなく――。
「……体外の魔力を使用した魔術……?」
ルシカはニヤリと笑う。
「ご明察。私たち吸血種は空気中に漂う魔素――マナをかき集めて魔術を行使している」
「まさか、俺もそれを使えれば……!?」
「その通り。君でも魔術を扱えるようになるだろう」
「本当に!? やった……ホロウ、やったね!」
カスミは俺のもとに駆け寄ってくると、ギュッと抱きついてくる。
現実感のない希望に、体がふわふわとしている。
暗闇の中に、光が見えていた。
「ま、体の構造が違う以上私達レベルまで扱うのは無理だろうがね。体外と体内の魔力が干渉して、反発を起こすはずだ。扱える魔術はそれほど多くないだろう」
「それでも……! 俺には夢の様な話です!」
まだまだ、俺は強くなれる……!
「カスミもいつまでも剣としてだけじゃ飽き飽きしてただろう。魔力を外から補充できるようになれば、魔剣の力も使えるようになるだろうさ」
「! そうだった! 私もこれでホロウの役に立てる!」
カスミは嬉しそうに飛び跳ねる。
「明日から特訓をつけてやるよ」
「い、いいんですか!?」
「あぁ」
「なんで見ず知らずの俺のためにそんなこと……」
「言ったろ、カスミの相棒だからさ。この子にはまあ、いろいろ借りがあるからね」
「?」
カスミは不思議そうに首を傾げる。
カスミの消えている記憶の中での話なのだろうか。
「カスミは覚えてないだろうけどね。あとは……先代のその力の持ち主へのお礼ってところかね。一代後で悪いが、君への指導で私の胸のつかえを一つ取り除かせてもらうよ。こっちの都合で悪いがね」
長い時を生きる吸血種。だからこそ、いろいろな経験をしてきたんだろう。その中で、きっと共にあったであろう先代の魔術破壊の力の持ち主。
聞いてみたい気持ちがあったが、これ以上聞くのは野暮だと俺はぐっと言葉を飲み込む。
そして、深々と頭を下げる。
「こちらこそ、願ってもないです! よろしくお願いします!」
こうして、俺の魔術修行が始まった。