落ちこぼれ魔剣使いの英雄譚 ~魔術が使えず無能の烙印を押されましたが、【魔術破壊】で世界最強へ成り上がる~

 俺は思わず声を上ずらせる。

 セシリアが王都に居る何て思いもしなかったのだ。なんせ、セシリアとは一週間前にリドウェルで別ればかりなのだから。

 あの時は王都に行くという話もなかったのに、まさかこんなところで会うなんて。

 セシリアの登場に面食らっていると、セシリアは逆に落ち着いた様子で話し出す。

「ホロウ、カスミ久しぶりね。一週間ぶりくらいかしら?」
「そ、そうだね。まあ、久しぶりというほどじゃないけど……まさか王都に来てるなんて思わなかったよ。いつから?」
「二日前からよ」

 来たのは大分最近らしい。
 すると、カスミは机に突っ伏したまま、じーっとセシリアを見つめながら言う。

「へえ、王都に何しに来たの?」

 するとセシリアは頬を掻きながら。

「あー、ちょっと用があってね。話を聞きに来ていたの」
「ふーん、そうなんだ。忙しそうね」

 セシリアも王都で用事か。
 そういえばセシリアがどういう子なのか、そこまで深い話はしたことがなかった。王都に何らかの縁があるのだろうか。

「まあでも、元気そうで良かったよ。調子はどう?」
「ぼちぼちね。王都の冒険者ギルド覗いてきたけど、ちょっとレベルが高いわね」
「あぁ……俺達も行ったけど、みんなすごかったね」

 決してリドウェルがレベルが引くわけではない。
 ただ、王都は基本的に安全が保障されているため、近隣での任務というのはあまりない。だから、王都に居るような冒険者というのは雑用で小遣い稼ぎをするか、もっと強大な敵を倒すために居るかの二択なのだ。

 だから、リドウェルに比べて上位階級の冒険者の数が圧倒的に多い。

「けど、やる気貰ったわ。私も負けてられないわ」

 そういうセシリアの顔はいつも通りだ。
 すると、セシリアはずいと俺の顔を覗き込む。

「逆にホロウは……ちょっとやつれた? ちゃんと食べないとだめよ」
「わ、わかってるよ。大丈夫だよ」

 俺は顔をまじまじと見られたのが恥ずかしくて咄嗟に顔を逸らす。
 それを、カスミがじとーっとした目で凝視している。

「本当に? それならいいんだけど……無理しないでね」
「あはは……お母さんみたいだな」
「なっ! い、いやそう言う訳じゃ……」

 と、セシリアも恥ずかしそうに髪をいじる。

「はいはい、楽しそうでいいわね」
「カ、カスミ……!」

 カスミは腕を組んでぷいとそっぽを向く。
 話に入れなかったのが寂しかったのだろうか。

「あ、そうだ。セシリアにも聞いておこうよ」
「あぁ、そうね。セシリア、これ」
「? なにかしら」

 カスミは持っていた紙をセシリアに渡す。

「私達人を探してるの」
「人探し?」

 カスミは頷く。
「その顔に見覚えない?」
「顔……」

 セシリアは顎に手を当てながら、受け取った紙をじーっと見つめる。

「王都に居ることは分かってるんだけどさ、全然見つからなくて」

 王都はただでさえ人口が多い。それに加え、そもそもカスミの記憶通りの特徴のまま生活しているかも怪しい。

 カスミが最後に見てから六百年。
 そんなに時間が経っているなら多少は外見に変化があってもおかしくはない。

 そもそも吸血鬼という物自体、俺はよくわかっていない。
 かつて実際に居た種族だという話は聞いたことがあるが、殆ど伝説上の存在だ。

 カスミ曰く、吸血鬼は不老で外見は二十代の姿から一切変わっていないはずだ、ということらしいけど。

「どうかしら?」

 言われて、セシリアは首をかしげながら。

「…………蛇?」
「ヒ・ト!! もう、そんな言うんなら返して!」

 と、カスミはキーっと髪を逆立て、セシリアから紙を奪い返そうとする。

「ま、まあカスミ落ち着いてよ!」

 俺は慌ててカスミの身体を抑え込む。

「ご、ごめんなさい! そんなつもりは……」

 セシリアは申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
 そして改めて人相書きを見る。

「そ、そうね、理由はわからないけどこの人を探しているのね。わかった、もし見つけたら報告するわ。私もしばらくは王都に居る予定だし」
「本当!?」

 俺はまだ興奮しているカスミを抑えながら、キラキラとした目をセシリアに向ける。

「うん。王都に詳しそうな人にも聞いておくわ。助けになるといいけど」
「十分だよ、ありがとう!」
「同期のよしみだからね。持ちつ持たれつよ」

 そうして、セシリアはカスミ印の人相書きを懐にいれると、手を振って去って行った。

 まさか王都でセシリアに会うなんて。
 一体何の用で来ているかは気になるけど……あまり詮索しない方がいいかもしれない。お互いに、触れて欲しくないことはあるものだ。

 とにかく、セシリアも裏で探してくれるならありがたい。

「さて、カスミ」

 俺は立ち上がると、カスミの手を掴む。

「次の所に聞き込みに行こう! 早く見つけて強くならないと!」
「そうね、何としても見つけてやるんだから……! 私に恥をかかせて……あの吸血鬼め!」

 こうして俺たちは、ひたすらに王都中を聞き込みして回ったのだった。
「ふっ……! ふっ……!」

 早朝。
 太陽が徐々に地平線を超え、明りが街を照らすころ。

 カスミはまだベッドでおスヤスヤと眠っている。

 そんな中、俺は店で買った訓練用の木剣で一心不乱に素振りをする。
 通常の剣より重く、筋肉も鍛えられる優れものだ。

 汗を流しながら、ひたすらに振り続ける。王都に来てからの日課だった。

 吸血鬼に会い、そしてもっと強くなる。
 今よりもっと。だからこうして、毎日少しずつでも強く成ろうと努力している。

 小さい頃から一人で、途中からはカスミと行ってきた剣の基礎訓練は、意外と最近は疎かになっていた。

 冒険者になり、実戦的な剣での戦いが増えることでそっちまで手が及んでいなかったのだ。

 実戦訓練が一番の訓練だというのはそうだと思う。けど、こうして基礎に立ち返ってみると、剣筋に思わぬ癖がついていたり、感覚でやり始めていた動きがあったりと意外と新しい発見がある。

 やはり基礎を疎かにしては強くなれない。初心に帰って、しっかり鍛える。

 そうして日課の素振りを終えると、俺は軽く汗を流し部屋に戻る。

「ふぅ~、疲れたあ」

 肩を軽く揉みながら部屋に入ると、気持ちよさそうに眠るカスミの姿が。

 相変わらず口を大きく開け、体を丸めるように眠っている。
 白い髪に太陽の光が煌めき、何とも言えない神秘的な雰囲気を纏っている。

 やっぱり魔剣だけはあるなあ、としみじみ思う。

 俺はさっさと着替えを済ませると、カスミの身体をゆする。

「ほら、もう朝だよカスミ」
「んん……もう無理……」
 
 寝ぼけて良く分からないことを口走りながら、カスミはむにゃむにゃと口を動かす。

「もう無理って、まだ何もしてないだろ?」
「んぐう……あれ、朝……?」
「ほら、いい天気だよ」

 カスミはごしごしと目元を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。
 ぼーっとしながらも、掠れた目で辺りを見回している。

「ほんとだ……」

 カスミはんん~と身体を伸ばす。
 どうやら目が覚めてきたらしい。

「さ、今日も吸血鬼探すんだろ? 朝ご飯食べに行こうよ」
「ふぁあ……だね。ホロウも朝からご苦労様」
「へへ、昔みたいだろ?」

 言うと、カスミは目を細めて笑う。

「そうね。明日からは私も付き合おうかな」
「起きれたらね」
「起きれるよ!」

 こうして今日もまた人探しが始まった。

 まずは腹ごしらえだと、近くの店で朝食をとる。

「んー、昨日は北の方で聞いて回ったから、今日は少し東側かな?」
「そうね、こっちの方は歓楽街とかだから、もしかすると知ってる人がいるかも」

 今日の捜索範囲を相談しながら、俺はパンに齧りつく。

「セシリアも探してくれるし、これなら効率もよさそうだね」
「そうだね、今日見つかるといいけど……」
「だね」

 と地図を眺めながらもう一口進めると――

「やっ、ここ座っても?」
「えっと――――」

 言われて後ろを振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。
 昨日に似たシチュエーション。だが、それ以上の衝撃。

 綺麗な金の髪を他なびかせ、我が物顔でそこに立っていたのは、この国でも上位の力を持つ剣聖の称号を持つ男。

「ヴァ、ヴァレンタインさん……!?」
「やっ、元気そうだね、魔断の剣士――ホロウ君」

 ヴァレンタインはニコッと笑う。

 そうだ、王都と言えばヴァレンタインだ。
 最後に分かれたときも、確か王都で活動してることが多いって話していたっけ。

「ど、どうしたんですか、こんなところに」
「どうしたとは冷たいな。僕たちの中だろ?」

 そう言ってヴァレンタインはウィンクをする。
 そんな親密な仲になった覚えはないけど……でも、そう思ってもらえるのは悪い気はしない。

「王都は僕の庭だからね。水臭いじゃないか、人探しだろ? 僕を頼ってくれればいいのに」
「「!」」

 俺とカスミは目を合わせる。
 確かに、剣聖ほどの人物なら人探しも俺達がするより数倍効率が良さそうだ。

 けど、剣聖……それほど忙しいと思われる人物がわざわざ手伝いに来てくれたなんてあまり素直には思えない。

 これは何か裏があるんじゃなかろうかと、少しだけ警戒心が募る。

「はは、そんな警戒しなくても。言っただろ、僕は君に興味があるって」
「そういえばそんなこと言ってくれてましたっけ」
「いつか手合わせ、だろ? ――ここ座っても?」

 俺はどうぞと頷く。

「君は――確かカスミちゃんだったかな」
「そうだよ」
「…………なるほど。仲が良さそうだね」
「まあね!」

 ふふんとカスミは胸を張る。

「良いことだ。それで、ホロウ君の探し人だけど」

 言われて、俺はヴァレンタインにカスミの描いた人相書きを渡す。

 その様子を、カスミはじとーっとした目で眺める。
 もう何度も絵の微妙さに笑われてきたのだ、警戒心が高まっている。

 すると、ヴァレンタインはじっくりとその人相書きを見た後、うんと頷く。

「この絵だが」
「はい……」
「見たことあるな、彼」
「「えっ!?」」
「ほ、本当!?」

 カスミが目を輝かせて身を乗り出す。

 ヴァレンタインは人相書きに視線を落したまま、短く「あぁ」と頷く。

 俺とカスミは顔を見合わせる。

「そ、それで一体どこで……?」

 俺は恐る恐るヴァレンタインに問う。
 勝手な偏見だけど、ヴァレンタインはタダで情報を渡してくれるようなタイプには見えなかった。

 何か要求されるかもしれないが、俺が強くなるためだ。ここは致し方ない。

 カスミも神妙な面持ちで、じっとヴァレンタインを見る。

 ヴァレンタインは長い綺麗な金髪をかき上げると、俺とカスミを見る。

 一体何を要求されるのか――。

「彼は"ルシカ"。確かそう名乗っていたが、間違いないかい?」
「ルシカ……?」

 確かカスミの話だと、彼の名前はネルフェトラスだ。
 これは、別人のことを言っているのか……? いや、でも確かカスミは彼は名前を変えてるって……。

 すると、それを察してかカスミがこそっと俺に耳うちする。

「ルシカは何個か持ってる名前の一つよ」
「そうなんだ」

 今の名前はルシカ。
 彼が、俺を強くしてくれる人……吸血種。

「どうだい?」
「多分、ヴァレンタインさんが言っている人だと思います」
「それは良かった」
「ねえ、知ってるってだけじゃないでしょうね? ちゃんとあいつがどこにいるかまでも分かってるんでしょ?」

 カスミがじとーっとした目でヴァレンタインを見る。
 ヴァレンタインはその目を真っすぐに見返す。

「もちろんさ。中途半端な情報は渡す気はないよ。これでも剣聖だからね、顔はそれなりに広いんだ」
「凄いですね……。で、そのルシカさんは今どこに?」
「彼が君たちが探しまわっても見つからないのは当然のことさ」

 言いながら、ヴァレンタインは後ろに控える騎士の方に手を伸ばす。

 騎士は懐から丸まった紙を取り出すと、ヴァレンタインに渡す。

「ありがとう」

 ヴァレンタインはそれをテーブルの上に広げる。

「これって……地図?」
「あぁ、王都の地図だ。ここが今僕達が居る店だ」

 ヴァレンタインは街の南西区画にある密集したエリアを指す。

「そして、彼が居るのはここ」

 その指をそこから北西方向にずーっと動かした先。
 かなりの敷地面積を誇る建物の上で止まる。

「ここって……?」

 ヴァレンタインはニヤリと笑う。

「リグレイス魔術学院。この国を担う魔術師を育成する、有数の学び舎さ」
「リグレイス……!」

 兄さんたちが通っている魔術学院だ……!

 アラン兄さんはもう卒業して騎士になったけど、まだクエン兄さんが在学中のはず。

「魔術学院ねえ……確かにあいつならいてもおかしくないか」
「ルシカさんは今このリグレイス魔術学院で教鞭をとっている。知っての通り、魔術はその国の国力とイコールと言っていい。リグレイスは生徒の魔術の教育に加え、魔術研究も担っている聖域だ。だから、魔術学院の中は殆ど治外法権。私でさえ何重にも許可を取り付けないと中に入れない。完全寮制のうえ、教師も敷地内を出ることは殆どないのさ」
「だから見たことがある人がほとんどいなかったんだ……」

 閉ざされた魔術の学び舎。
 そりゃ、俺に縁何てある訳が無かった。魔術の使えない俺が。

 あの日憧れた魔術。俺には使うことは出来ないけど、それでもまだ魔術に対する憧れは胸の中に残っている。

「――あっ」

 と、そこであることに気が付く。

「あの、ヴァレンタインさんでさえ中に入れないなら、俺達がルシカさんに会うなんて無理なんじゃ……」
「そうだね、簡単にはいかないよ。会うならそれなりに正当な理由が居る。久しぶりに会いたいから、なんてのじゃ無理だろうね」
「そんな……」

 目と鼻の先に居ることが分かった。なのに会うこともままならないなんて。
 カスミの知り合いだしすぐ会えると思っていたけど、そう簡単じゃないみたいだ。

「ねえ、それだけ、何て言わないわよね?」
「カスミ?」
「まだ何かあるんでしょ? だからここに来た。まさか、ホロウと雑談してちょっと人探しを手伝う為だけに姿を見せた、何てわけないわよね」

 カスミの何かを見透かすような視線を受け、それでもヴァレンタインはにこやかに笑みを浮かべる。

「嫌だな、僕がホロウ君に興味があるのは知ってるだろ? 気軽に会いに来ちゃいけないかい?」

 笑顔のヴァレンタインと、探るようにじっと見るカスミ。
 何だかほんの少しの緊張感が漂ったところで。

「――そういえば」

 と、ヴァレンタインが口を開く。

「リグレイスと言えば、今僕はそれについて問題を抱えていたんだ。偶然にも」
「ぐ、偶然って……」
「もしかしたら、君たちが学院に入る手助けになるかもしれない。聞いていくかい?」

 白々しいわね、とカスミはため息交じりに漏らす。

「もちろんです……!」
「良かった。あまり大きな声で言えない話でね。詳しくは僕の宿で。端的に言うと――とある人物の護衛をお願いしたい」
「それじゃあ、君に依頼したい内容を話させてもらうよ」
「は、はい」

 改めて依頼だと思うと、無意識に身体が少し緊張してしまう。
 あの剣聖からの依頼……カスミは胡散臭いわよというような態度で相変わらずじとーっとした目を向けているが、ヴァレンタインさんが俺を見込んで話してくれているんだ。少なくとも、信頼はしてくれているということだ。

 俺は静かにヴァレンタインさんの話に耳を傾ける。

「リグレイス魔術学院は国内有数の魔術学校だ。国外にも多くの魔術学校はあるけれど、その中でもトップクラスの教育機関だと言われている」
「聞いたことはあります」

 とはいえ、周りからの評価等いものは聞いたことがなかった。
 さすがアラン兄さんの通っていた魔術学校だ。やっぱりすごいんだ。

 ヴァレンタインは頷く。

「それで、白羽の矢が立った。この国の東に、アーステラ帝国があるだろ?」
「はい、確か海に面した海洋国家……だと」

 俺は頭にこの国の地図を思い浮かべながら答える。

「よく勉強しているね。そう、海のないこの国からすれば貴重な貿易相手国であり、最も強い同盟関係にある国だ」

 話の全ぼうが良く分からず、俺は僅かに首を傾げ、はあと気の抜けた声が漏れる。

「あはは、難しい話だったかな? ――よし、本題に入ろう。そんなわけで、まあ比較的向こうの国と我が国は交流が盛んでね。そこの第三皇女が、魔術が大層魔術にご興味があるみたいなんだ」
「皇女様ですか」
「あぁ。だが、アーステラ内には彼女の好奇心を満たす程の魔術教育機関がなくてね。そこで、リグレイスがご指名を受けたという訳さ」
「えっ……? えっと、それって」
「なるほどね。アーステラの皇女様が、リグレイス魔術学院に入りたいって言ってきたわけね。確かにアーステラは昔から皇族はかなり強力な魔術を使うことで有名だったけど……」

 と、カスミは一人納得しブツブツと何かを言っている。

「その通り。まあ、長期的な話ではなく、短期の交換留学という形だ。お互いに、皇女様をずっとこっちの国に置いて置くなんて危険は冒したくないだろうからね。それで、さっき話した魔術学院の話になる」
「確か、治外法権でしたっけ」
「そう。隣国の皇女が来るというのに、我々騎士の立ち入りすら許さないのがリグレイス魔術学院の凄いところさ。だというのに、皇女様の警護計画は剣聖であり騎士である私に一任されてしまっている」

 はあ、とヴァレンタインは深めのため息をつき、眉を下げて肩を竦める。

「学院関係者以外の立ち入りは厳禁だ。つまり、内部の協力者を得るか、あるいは外部から正当な理由で協力者を送り込むしかない。それも、僕が皇女を任せても良いと判断できるだけの強さを持った人間をだ」
「それは、剣聖のお眼鏡にかなう人なんてそうそう見つからないですよね」

 あはは、と俺は無邪気に笑う。

「…………」

 すると、ヴァレンタインが俺をニコニコした顔で見ているのに気が付く。

「えっと……え?」
「はあ……」

 カスミはやれやれと頭を振っている。

「これは結構厄介よ、ホロウ」
「カスミ?」
「――是非、皇女殿下の護衛を君に頼みたくてね」
「お、俺ですか!?」

 俺は思わずその場で立ち上がり、声を張り上げる。
 晴天の霹靂とはまさにこのことだ。

 そんな冗談――……いや、ヴァレンタインの表情からして、冗談とは思えない。

「…………」
「どうかな?」
「いや、どうと言われましても……」

 俺はカスミと顔を見合わせる。
 そもそも、俺は……。

「……俺、魔術使えないですよ?」
「大丈夫さ。入試の評価ポイントは多岐に渡るからね。僕の見立てだと、君は問題なく合格できるさ」
「はあ……」

 リグレイス魔術学院……憧れが無かったと言えば嘘になってしまう。アラン兄さんが学んだ学校。

「リグレイス……」
「どうかな?」

 俺はチラッとカスミを見る。
 カスミは、自信満々な顔でぐっと拳を握る。

「――わかりました。出来るだけやってみます。ルシカさんにも会う必要ありますし」
「よし、そうこなくっちゃ! そうと決まればいろいろと準備がある。すぐに行動に移ろう!」

 そう言って、ヴァレンタインはウキウキで席を立つ。

「もしかして、最初からこうする狙いで俺達に話しかけたんですか……? 最初から誰を探してるかも知っていたとか……」
「そんな訳ないじゃないか。偶然だよ、偶然」

 ヴァレンタインはハハハと楽しそうに笑う。
 何はともあれ、俺達の目的であるルシカさんは見つけられそうだ。

「がんばろうね、ホロウ!」
「うん……まずは合格しないとね」

◇ ◇ ◇

 ――数日後、リグレイス魔術学院。

 校舎から大分離れた場所に建てられた場所に俺は案内された。

「こちらで試験が行われますので、もう少々お待ちください」
「ありがとうございます」

 俺をここまで案内してくれた女性は軽くお辞儀をすると、外へと出て行く。

 その建物には天井がなく、闘技場の様に三百六十度の観客席が用意されていた。

 俺はその席から下の闘技場を見下ろす。
 等間隔に並ぶ的。

 あそこで試験が行われるのだろうか。

 すると、その手前。観客席の一番手前の所に一人の少女が立っているのが目に入る。

「あれって……」
『皇女様かしらね』

 腰のカスミが、そう答える。

 綺麗な金色の長い髪を、丁寧に編んだ美しい髪。
 遠目に見てもわかる綺麗な姿勢。スッとした立ち姿は、それだけで雰囲気を感じる。

 その姿に少し見惚れていると、不意に反対側から声が上がる。

「えー、受験生の皆さんは、下の闘技場に降りてきてください。試験を始めます」
 受験生は俺と金髪の皇女様、そして。

「私も試験受けさせてくれるなんて、剣聖様はいい人ね」

 セシリアだ。

 ヴァレンタインとの話の中で、皇女様が女性であることから、女子もいた方が何かと護衛しやすいだろうという配慮で、特例的に許可された。

「いやいや、俺の方が心強いよ。ありがとうね、セシリア」
「ううん。私もいつかはリグレイスで学びたいと思ってたから。まあ、受からないと始まらないんだけど……」

 とセシリアは苦笑いする。
 
「セシリアなら大丈夫だよ! 試験の時もすごい魔術だったし、ほら、カレンさんとかにも魔術を教わってたんでしょ? きっと大丈夫だよ!」
「…………」

 セシリアは不意に無言になる。
 ちょっと俯き、くるくると髪をいじる。

「あ、あれ……」
『もう……ホロウは鈍感なんだから。天然なんだか』

 と、カスミはため息を漏らす。
 な、なんだろう……ちょっとよくわからないけど……。

「素直すぎよ、まったく。子供だからしょーがないけど」
「いや、あんまり変わらないでしょ?」

 やれやれ、とセシリアは肩を竦める。

「それより……」

 俺はリゼッタ皇女の方を見る。

 金色の髪に、綺麗に編まれた髪。
 しゃんと伸ばした背筋は、高貴な出自を思わせる。

 手を前でそっと合わせ、ちらりとこちらを見る。

「あ、えっと……」
「よろしくね、私はセシリア」

 セシリアは率先して自己紹介をする。

「あぁ! 貴女が! ではそちらの方は……」
「ホ、ホロウです。よろしく……!」

 なんだか改まっての自己紹介は恥ずかしく、俺は思わず言葉が詰まる。

「ホロウとセシリア! よろしくお願いしますね。私はリゼッタ・アーステラ。アーステラ帝国からまいりました。我が国はそれほど魔術教育が成熟していないため、独学と家庭教師を雇っての勉強を行ってきましたが、この度交換留学制度を利用させていただきまして、短い間ですがよろしくお願いいたします!」

 と、リゼッタは深々とお辞儀をする。

『うわ、完璧皇女様じゃない』
「すごい自己紹介だ……さすがだね」

 すると、試験官の女性がパンパンと手を叩く。

「挨拶も良いですが、集中してください。短い間というのが、この試験期間だけになってしまいますよ」

 試験官は、くいっと眼鏡を上げる。

 その言葉で、俺たちは気合を入れる。
 そうだ、この試験を合格しなければ俺たちはリグレイスには入学できないのだ。

「リグレイス魔術学院は神聖なる魔術の聖域。如何なる富、権力であれ、不正入学は許しません。これから行われる試験に合格し、しっかりと短期編入を成し遂げてください。いいですね?」
「「「はい!」」」

◇ ◇ ◇

「では、まず魔術操作と威力の試験から」

 言いながら、試験官は訓練場中央にある人型のゴーレムを指さす。
 その距離は、約100メートル。

「破壊、あるいは破損を狙ってください。まずは、セシリア、前は」
「はい!」

 セシリアは呼ばれて前へ出る。

「頑張って!」

 セシリアは頷く。

「そこの印に立ってください。――そう、でははじめ」

 セシリアは腰から杖を取り出す。

 それを振ると、カンカン! と音が鳴り、短かった杖が一本の長い杖へと変形する。
 先端にはクリスタル。

 セシリアは杖を縦に持つと、ふぅっと精神を集中させる。

「……いきます」

 そして、杖をゴーレムへと向ける。

「“ウォーター・スピア”!!」

 セシリアの後方に生成された細長い水の槍。
 それが、超高速で射出される。

 それは水の飛沫を巻き上げながら、ゴーレムめがけて飛翔し、そして。

 ズガアアアン!!

 それはゴーレムの心臓部分に深々と突き刺さる。

「! お見事」

 試験官がパチパチと拍手する。

 突き刺さった槍はバシャッと音を立て、水に戻っていく。

 セシリアはぺこりと頭を下げると俺たちの元へと戻ってくる。

 さすがセシリアだ。あんな真っすぐに的を……。
 というか、俺にあの距離の的を破壊できるのか……?

『いけるよ、ホロウなら。見せつけよ!』
「いや、と言っても俺のは魔術じゃなくて……」
『いいのいいの、超常の力なら全部魔術なんだから』

 と、なぜだか自信満々なカスミ。
 不安しかない……。

「次、ホロウ。前へ」
「は、はい!」

 俺はゆっくりと印まで歩いていき、ゴーレムを見据える。

 思ったより遠い。

「…………ふぅ」
『行けるよ、いつも通りに』

 俺は静かに頷く。
 魔術なんか使えないんだ。ヴァレンタインさんと話していた通り、俺の剣術でそれをひっくり返すしかない。

「魔剣士ですか。いいですね、では、はじめ」
「――行きます」

 俺は腰を落とし、腰に納刀したカスミをそっと握る。

 少しの間の静寂。
 そして、ぎゅっと柄を握り、呼吸が整ったところで思い切りカスミを引き抜く。

「“飛翔”!!」
「!!」

 勢いよく抜いた刀は、その軌跡を残し空を切り裂く。
 飛ぶ斬撃。

 横一線に放たれた飛ぶ斬撃は、一瞬にしてゴーレムに到達する。

「……お、終わりですか?」
「はい」
「刀を抜いただけではゴーレムは――」

 ガコン。

「!?」

 瞬間、ゴーレムの胴体が切り裂かれ、上半分が地面に落ちる。
 その切断面は、美しいほどに真っすぐだ。

「ゴーレムが切断されている……!?」

 試験官は驚きのあまり眼鏡を少し下げ、まじまじと見つめる。

「い、今のは魔術……ですか……?」
「え、いや――」
『はいって言いなさい!』
「は、はい…‥」

 なんだか嘘つくの気まずいな……。

「そ、そうですか……いえ、疑っている訳ではありませんよ? あんなに見事な剣術は見たことなかったものですから。なるほど、魔剣士は奥が深いですね、勉強しておきます」
「い、いえいえ」

 俺はほっと胸をなでおろし、もとに位置に戻る。
 セシリアはにこりと笑い、頷く。

「では、次。リゼッタさん。前へ」
「は、はい!」

 リゼッタは緊張した面持ちで前へ出る。
 
 それはそうだ、異国の地で、自分の魔術を試すのだ。その緊張は計り知れない。

 リゼッタは静かに胸に手を置き、呼吸を整える。
 その姿ですら高貴な感じだ。

「行きます!」

 リゼッタは手に持った長い杖を前に掲げる。
 先端に備え付けられたクリスタルは、螺旋を描いている。

 そして。

「“ホーリー・レイ”……!!」

 瞬間。

 リゼッタの正面に浮かぶ大きな魔法陣。

「えっ」
「すごい……!」

 それは、規格外の魔術を思わせた。
 これが、皇女の力……!

「いっけええええ!!」

 真っすぐに突き進む、聖なる光。
 これを食らえば、ゴーレムは跡形もなく消え去るだろう。

 ――と思われたが。

「あ、や、やめてえええ!」
「「「えっ」」」

 その光は急激に左に曲がると、ゴーレムとは明後日の方――つまり、壁の方に向かいそして。

 ドガアアアアン!!!!

 とけたたましい音を上げ、激突する。
 そして、大量の煙が巻き上がる。

「…………またやってしまった……」

 リゼッタは真っ青な顔で杖を胸の前に抱える。

 煙が晴れ、見るとそこには、巨大な大穴が開いていた。
 穴からは外の景色が見えている。

「…………ごめんなさい、私……コントロールが下手で……」

 リゼッタはその立ち居振る舞いとは違い、破壊神という名を欲しいがままにしそうなとんでもない少女だった。
「おめでとう、ホロウ君、それにセシリアちゃん。――いや、この場合はありがとうと言った方が良いか」

 ヴァレンタインは豪華な宿屋のソファーに腰かけ、俺たち三人をニコニコと見つめながら言う。

「いや、まさか本当に合格できるなんて……」
「ホロウなら絶対合格できるってわかってたわよ、私は!」

 カスミは自分のことのように誇らしげに胸を張る。
 それを見て、ヴァレンタインも笑みをこぼす。

「僕もその見込みがあって君を推薦したからね。受かることはわかっていたよ」
「そ、そうですかね。ありがとうございます……!」

 俺は小さくぺこりと頭を下げる。

 少し気恥しい気持ちだった。
 魔術を使えない俺が、魔術学院に合格だなんて。今まで認められてこなかった俺が。

 なんだか不思議な感覚だ。
 ……だけど、喜んでばかりもいられない。

 俺は強くなるために学院にいって、そこでカスミの旧友である吸血種――ルシカさんに会うんだ。

「ホロウ……」

 カスミが少し悲しそうな目でこちらを見る。
 何となくその意味は分かる。けれど、リーズたちの犠牲をなかったことにはできない。

 今後も俺がカスミと共に生きていき、みんなと仲良くしていくには強くなるしかないんだ。

「そして、おめでとうございます、リゼッタ皇女。大変すばらしい魔術の腕だったとお聞きしました」

 しかし、リゼッタは慌ててブンブンと手を左右に振る。

「い、いえそんな……! 私なんて、力が大きいだけで、セシリアさんみたいに上手く操れたわけではないですから……」

 リゼッタは目を伏せながら、長い髪を耳にかける。

「いえいえ、結果が全てですよ。ほら、あなたたちはあのリグレイス魔術学院の編入試験に合格したんです! 胸を張りましょう!」

「「…………」」

 しかし、俺とリゼッタは微妙な表情で顔を見合わせる。

「え、えっと、二人とも合格は合格だし、喜んでいいと思うよ?」

 セシリアが恐る恐る言う。

「いいえ……――いえ、そうですね。けれど、私は……私はこれでも皇女……こんな結果……!」

 リゼッタは顔を覆う。
 何がリゼッタをこうまで悲しそうにさせるのか。そう、何を隠そう俺とリゼッタは同じクラスとなったのだ。

 ただクラスメイトになったという訳ではない。俺と同じクラスというのが問題なのではなく、そのクラス自体が問題なのだ。

 ヴァレンタインはテーブルに置かれた合格通知書を拾い上げる。

「リグレイス魔術学院は入学時の成績順でAからCクラスに分かれる。Aがもっとも優秀で、後ろに行くほど評価は低い。そして君たちは……Cクラスと」

 俺とリゼッタは頷く。

「セシリアちゃんはAクラス。さすがだね」
「そ、そんなことないですよ! ホロウが強いことは私も分かってますし、まあそもそも魔術じゃなくて剣術を魔術と見まがうほどのレベルで使うというのがもう規格外というか……」

 するとヴァレンタインは笑う。

「まさにその通り! ホロウ、君は胸を張っていい。君の剣術は、もはや魔術ということだ」
「そうですかね……」
「そうとうも! そしてリゼッタ皇女」
「は、はい!」

 リゼッタはしゃきっと背を伸ばす。

「あなたも相当な潜在能力を持っていますよ。評価欄には、あなたの才能と頭脳を高く評価している。魔術においてその二点はとても重要なものです。リグレイスはそこを見て貴女の入学を許可した。誇っていいですよ」

 にこりと笑うヴァレンタインに、リゼッタも何度か頷く。

「そうかもしれませんね……。そもそも、私は学びに来た立場です。こんなところで落ち込んでいても始まりませんよね。まずは、合格できたことを喜び、そしてしっかりと学んで帰ります! 期間は短いですからね」
「その意気です。学院は一週間後から始まります。せっかくの学院です、楽しむことも忘れずに」
「「「はい!」」」

◇ ◇ ◇

 ――そして、一週間後。

 リグレイス魔術学院、学院長室。

 白髪でローブを纏った初老の男性は、俺達を見回す。

「ようこそ、我がリグレイス魔術学院へ。私は校長のマグダス。よろしく」

 校長はにこりと笑う。

「あなたがリゼッタ皇女。お目に罹れて光栄です」
「い、いえこちらこそ! 短い間ですが、よろしくお願いいたします!」

 リゼッタは恐縮して深々とお辞儀をする。

「我が校は由緒正しい魔術学院です。あなたが皇女だとしても、特別扱いはしません」
「もちろんです……!」

 強い意志でそう言い切るリゼッタに、校長はほほ笑む。

「よろしい。あなたのそういう魔術に真摯なところを私たちは評価したんです。そして、ホロウ」
「はい」

 校長は俺を見る。

「ホロウ・ヴァーミリア……。あなたのお兄さんたちもこの学院でとても優秀な成績を収めています」
「そうなの!?」
 
 セシリアは驚きの声を上げる。

「あなたにも光るものを感じました。どうやら、兄たちとは違う道を歩んでいるみたいですが……この学院での一か月間が君にとって良いものになることを願っているよ」
「ありがとうございます」
「そして、セシリア」
「はい」
「君はとても優秀だ。この学院の生徒の中でもトップクラスの」
「あ、ありがとうございます」

 校長はにこやかに頷く。

「短期だが、学べることはきっと多い。ぜひこの機会に魔術を極め、この国の魔術の発展に寄与してくれるとありがたい」
「が、がんばります……!」

 こうして俺たち全員に言葉をもらい、簡易的な入学式は終了した。

 俺たちは今日から、このリグレイス魔術学院に短期入学するのだ。
「魔術とは、その身をもって奇跡を起こす、超常の所業です」

 このクラスの担任の先生は、腰のあたりまで伸ばした黒髪を左右に揺らしながら言う。

「この国では、その出自に関わらず殆どの人間が魔術を使えます。他国からは“魔術大国”と呼ばれる程の魔術の聖地。だからこそ、この国に魔術を学びに来る人も多い」

 言いながら、先生は俺の隣に座るリゼッタを見る。
 その視線に合わせて、周りの生徒達もこちらを見る。

 リゼッタは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。

「新しい仲間です。一か月間の短期入学ですが、皆さん、粗相のないように」

 パチパチパチ、とクラスから歓迎の拍手が鳴る。
 さすがエリート魔術学院というだけあって、皇女だとわかっても何か奇異の視線を向けるような生徒はいない。

「そして、隣がホロウ・ヴァーミリア」

 瞬間、ざわっとクラスがどよめく。

「えっ……と……?」

 なんだろう、リゼッタの時より動揺が広がっているような。

 すると、斜め前の席に座る生徒のヒソヒソ声が聞こえる。

「ヴァーミリアって、あの?」
「鬼人クエンさんのご家族……?」

 き、鬼人……!?
 瞬間、頭の中で甲高い声が響く。

『ぷっ……! あはは!! 鬼人て! あのいじめっ子が!』

 ぷははは! と、腰に備え付けたカスミが大声で笑いだす。
 久しぶりの本気の大笑いだ。

「ちょ、ちょっと声が大きいよ!?」
『だ、だって……! ぷぷぷ……! あのクエンが……そんな訳の分からない呼び名……! 駄目だ、堪えられない!!』

 カスミの大笑いは留まることを知らない。
 もし人型だったら、今頃大口を開けて身体を仰け反り、バシバシと机を叩いていただろう。

「お、面白いけど確かに……! けど今そんな声で笑われると――」
「どうかしましたか?」
「!」

 先生の一言で、また視線が俺に集まる。

「あ、えっと……いえ、何でもないです……」

 先生は怪訝な顔をすると、ご清聴願いますね、と俺を見て言う。

「す、すみません……」

 くそう、カスミの声は他の人に聞こえないんだ。だから俺が独り言を言ってるみたいに……。

 なんだか多くの人に囲まれて生活するって意外と今まで無かったから、これまで以上にカスミに関しては注意しないとな。

『まあまあ、気を付ければ大丈夫だよ』
「カスミのせいだから……」

 それにしても、鬼人て……クエン兄さんはこの学院で一体何をしでかしたんだろう。

 校長先生の話でもあったし、どうやらうちの兄さんたちはかなり有名なようだ。
 ヴァーミリア家……。父さんが魔術にこだわるように、それだけ魔術に対して絶対的な自信のある家だったんだろうな。

 今なら、俺を忌み嫌ったあの家の事情が、何となく理解できてしまう。

『ま、ホロウが一番強いけどね。自信もって!』
『ありがとう。俺も、今はただ強くなることだけを求めてがんばるつもりだよ』

「えーそれでは、本日の授業を始めるわ。まずは――――」

◇ ◇ ◇

 初日の授業は何とか終了し、俺とリゼッタは食堂に来ていた。

 学内の食堂は全生徒無料で朝昼晩の食事をとることが出来る。
 料理は国有数のシェフが全て作り上げ、ビュッフェ形式で好きな物を取って食べられる。さすがはエリート魔術学校だ。ほとんどが貴族の生徒であり、その格式も高い。

 もちろんこの時間も夕食の生徒でにぎわっている。

「どう、リゼッタ様。学校の授業は?」
「さいっっっこうです!!」

 リゼッタは目を輝かせ、興奮してブンブンと両腕を振り回す。

「こんな魔術の奥深さがあったなんて、私初めて知りました……!」
「あはは、それは良かったです」

 今まで魔術をコントロールするという概念さえ知らなかったのだ。
 まさに磨けば光る原石。俺とは違い、魔術の才能に溢れた皇女様なのだ。

「えっと、ホロウ君」
「はい?」
「同じクラスですし、敬語はいらないですよ」
「えっ! いやいや、だって一応皇女様だし、失礼があったら――」

 しかし、リゼッタは頭を振る。

「私はここに学びに来たのです。誰かに敬われるためじゃありませんから。だから、同じクラスのご学友として接して貰えますか?」

 リゼッタの目は真剣だ。
 確かに、変に距離感がある方がリゼッタとしても接し辛いだろうな。

「……うん、わかったよ。よろしくね、リゼッタ」
「はい!」

 リゼッタの顔がパーっと明るくなる。

「なんだか楽しそうね、二人とも」
「セシリア!」

 Aクラスの授業を終えたセシリアが、リゼッタの席の隣に座る。

「どうだったの、Aクラスの授業は」

 俺達Cクラスの授業は確かに目からうろこが落ちるほどの授業だった。
 まあ、俺は魔術を使えないから本当の意味では理解できていないんだろうけど。

 だが、Aクラスはさらに上のクラスだ。きっとすごい授業なんだろう。

「どうもこうも無いわよ。……世界って広いのね。カスミやホロウと会った時も思ったけど、私の独壇場だったはずの魔術でも思うなんて」

 そう言って、セシリアは微妙な顔をして溜息をつく。

「相当レベルが高かったんだ」
「ええ。きっと実戦じゃあ私の方が上だと思うけれど、単純な魔術の実力じゃあ、私まだまだだと感じてしまったわ」
「そうなんだ……」

 あのセシリアがそこまで言うとは、かなりレベルが高そうだ。

「けど、私はまだ学び始めて一日目よ。一か月の間に全員抜き去ってやるわ」

 セシリアは闘志に燃えた目をしている。

「さすがですね、セシリアさん。私も絶対追いつきますよ!」
「ええ、私達、がんばりましょう……!」

 セシリアとリゼッタはガシっと熱い握手を交わす。
 魔術が好きな二人は、あっと言う間に意気投合した。

 こうして、俺達の学校生活が始まった。
 一か月と短い、魔術漬けの日々が。
「お願いします」

 クラスの皆が立つ場所から、一段高くなった闘技台と呼ばれる台の上に乗り、俺は正面に聳えるゴーレムに向かい合う。

 そしてカスミを抜刀すると、両手でグッと握る。

 すると、闘技台の下から聞こえてくる囁くような声。

「剣……?」
「確か“刀”とかいう特殊なやつだったような……お守りか?」
「魔剣士じゃね? けど、魔剣士なんてそんな高度なことCクラス落ちが出来るか?」
「恰好だけじゃねえの」

 刀を構える少年。
 クラスの皆が俺に注目し、その疑問を口々に小声で話し合っている。

 それはそうだろう。この魔術の学び舎で、腰に剣をぶら下げている生徒は皆無だろうし。生徒たちからすれば、気になって仕方がないはずだ。

 だが、脳内では喚くような声。

『きー! ホロウの剣術見せてあげたいわねあいつらに!』

 ぷんぷん! と擬音が鳴りそうな程の金切り声。
 カスミが頬を膨らませ地団駄を踏んでいる映像が容易に浮かんでくる。

「あはは……まあまあ、ここ魔術学院だし……」

 場違いなのは重々承知の上だ。

「今は授業に集中しようよ」
『大人だねえ……』

 不貞腐れたようなカスミの声。

 相手は目の前のゴーレム。
 一発目の授業は、ゴーレムを的にした魔術の基礎訓練だ。

 途中入学と言うこともあり、俺とリゼッタがどこまでやれるかを見るらしい。

「よし、いいか?」

 ゴーレムの脇に立つ、ごわっとした髪をした無精ひげを生やした男――この授業の先生が、俺を見て言う。

「もう一度言うが、やり方はいたって簡単だ。お前たちの得意な魔術を使ってこのゴーレムを攻撃しろ。耐久はB相当。それなりの魔術を使わないと傷もつかない。中にはこの学年ですでにゴーレムの一部を抉るような生徒もいるが、Cクラスであるお前たちにそこまで求めてはいない」

 先生は肩を竦める。

「まあ、要するに肩の力を抜け。セレイ、手本を」
「はい」

 呼ばれて、俺の後ろに立っていた青髪の少女が一歩前へ出る。
 そして、持っている長い杖をゴーレムに向けると、一気に魔術を放つ。

「“アイスランス”!」

 瞬間、杖の前に現われた魔法陣から射出される、氷の槍。
 それはものすごいスピードでゴーレム目掛けて飛んでいく。

「おお……!」

 そして、ガン! と激しい音が鳴り、ゴーレムへと命中する。

「――よし。右腕破壊か。さすがCクラス主席」

 ゴーレムは、その右腕――正確には右肩から、抉るように破壊されていた。

「ありがとうございます」
「とまあ、彼女がCクラスでトップの魔術師だ。破壊力だけで言えば上のクラスにも引けを取らない。こんな感じで、お前たちの魔術を見せてくれ」

 先生はゴーレムに触れると、その右腕が一気に修復していく。

「凄いね」
『ゴーレムね……厄介なのよねえ、何度壊しても再生して立ち向かってくる。アンデッドなんかより、よっぽど厄介よ』
「なるほど……先生も一流ってことだね」
「準備はいいか?」

 先生が俺に向けて声をかける。

「は、はい!」
『がんばれ、ホロウ! 魔術なんかなくても魔術以上のことが出来ることを見せてやりなさい!』

 俺は静かに頷く。

 今まで通りだ。俺は魔術が使えない。
 魔力は俺にとっては毒で、魔術に嫌われている。

 けど、その憧れはまだ捨てられていない。
 
 それでも、俺は剣術を極めて、さらに上を目指すと決めたんだ。

 極めた剣術は、きっと魔術にも劣らない。

「ふぅ……」

 入試の時と同じ要領で。
 あのゴーレムを、この位置から切り伏せる……!

 距離にして約30メートル。

「行きます……!」

 俺はカスミを構え、体を捻るようにして後ろに引く。
 そして、体を一気に回転させ、刀を振りぬく。

「――“飛翔一閃”!!」
「!」

 瞬間、一気に吹き抜ける風。
 生徒たちも先生も、その風圧に思わず顔を腕で覆う。

 ヒュン――。

 と、何かの駆け抜ける音。
 そして、俺がカスミを鞘にしまう金属音が鳴り響く。

「……ん? 何か今したか?」
「動いてないような……てか素振りしただけのような……」
「えっと、何が――」

 瞬間、ゴーレムはその胴体を斜めに真っ二つに切断され、滑り落ちてきた上半身がドシン!! っと爆音を立てて地面へと落ちる。

「…………」
「「え?」」

 その光景に、全員が唖然としていた。
 理解できないものを見たとき、人は固まってしまうようだ。

「剣技……いや、え、魔術?」

 先生は目を見開き、興味深そうに自分のゴーレムの切断面を見る。

「飛ぶ斬撃……? え、いや風魔術か? なんだ……? ん?」

 完全に混乱し、頭にはてなが浮かび上がっている。

「刀を媒介とした風魔術……? 薙ぎ払いのスイングに魔術を乗せて威力を増したのか? 石弓の要領? ――いや、わからん!」
「えっと、どうですかね?」
「えっ!? あ、いや……ああ、ありがとう。よくわかったよ……」

 先生は頭をガシガシと掻きながら、困惑気味にゴーレムを再生させる。

 周りの生徒達も、ポカンと口を開け、今見た光景を必死に理解しようとしていた。

「ま、まあ風魔術か」
「だな」
「け、けどあれだけの破壊力ってAクラス以上なんじゃ……」
「……切れ味が鋭いだけだろ、別に破壊というわけじゃ……」

 口々に語る言葉は、先ほどよりも自信なさげだ。
 それを聞き、カスミは満足げに胸を張っている。

「ごほん、えーっと、次はリゼッタだな」
「は、はい!」
「がんばって」

 言うと、リゼッタは微笑み小さく頷く。

「つ、次はアーステラ帝国の皇女か。一体どんな魔術を使うのか」
「気を取り直して、お手並み拝見といこう」
「さすがに剣を使うとかいうのじゃなさそうだ」

 リゼッタは杖を構える。

「いつでもどうぞ」
「はい!」

 リゼッタは目を瞑り、静かに集中する。
 俺と違い、望んでこの魔術学院に入学してきたんだ。緊張は想像以上だろう。

 リゼッタは静かに「よし」と呟くと、パッと顔を上げる。
 そして、杖をゴーレムへ向けて掲げる。

 目の前には魔法陣が現れる。

「おい、あれ……ファイアボールの魔法陣じゃ」
「初級魔術か……。アーステラ帝国の皇女はいったいどんな魔術を使うかと思ったが……」
「普通だね。というか、ファイアボールじゃゴーレムは無理だろ……」

 懲りずに、生徒たちの嫌な会話が聞こえてくる。
 それに腹を立て、カスミが声を上げる。

『やっちゃいなさい、リゼッタ! あの試験の時の力見せるのよ!』
「聞こえてないから……」

 周りの声など全く気にもしない集中力で、リゼッタは魔術を発動する。

「――“ファイアボール”!!」

「ほら、やっぱ――――」

 刹那、目の前に現れたのは球と呼ぶにはあまりに大きすぎる炎の塊。
 一瞬にして火口に居るかのように周囲の気温が跳ね上がる。

 吹き抜ける熱風。周囲を照らす炎。ちりちりと皮膚が焼けるような鋭い痛み。

「太陽……?」

「いっけええええ!」

 その炎の塊を、リゼッタは思い切りゴーレムへと投げつける。
 が、しかし。

「――あぁ!?」

 そのコントロールは相変わらずで、ゴーレムを逸れて遠く何もない地面へと激突する。

 地面へと叩き付けられた炎の塊。
 その爆音と、吹き抜ける熱風。

 あまりの現象に、ゴーレムが無事かどうかなどもはや誰一人気にしていなかった。

「す、すみません……まったく傷をつけられませんでした……」

 リゼッタはしょぼんとした顔で俯く。

「いやいや、凄い魔術だったよ」
「そ、そうでしょうか?」
「うん!」

 俺はリゼッタの肩をポンと叩く。
 こんな威力の魔術、あの剣聖以来だよ。

 ファイアボールの落下地点は、爆発があったかのように大きなクレーターが出来上がっていた。

 それを見て、先生は少し考えた後、顎髭をじょりじょりと擦りながら言う。

「あー……ごほん。ゴーレムは無傷だが、まあ、なんだ…………お前達、何者?」
「鬼人クエンか……」

 俺は談話室のソファに座り、ため息とともにそう独り言を漏らす。

『ぷぷぷ……笑っちゃうね』

 カスミは相変わらず楽しそうに笑っている。

 とはいえ、俺は笑ってばかりもいられない。
 ヴァレンタインさんの頼みだからとこの学院に来たけど、クエン兄さんはまだ在学中だ。どこかで会うことになってしまうかもしれない。

『いいじゃない、別に。会ったら一発ぶっとばしてやりなさいよ』
「いやいや、それはさすがに……」
「どうしたのよ、変な顔して」

 と、セシリアが俺の様子を見て声をかけてくる。

「あ、えっと、まあちょっと」
「?」
「それより、リゼッタは?」
「あぁ、今着替えてるから、すぐ来るわよ」

 そう言いながら、セシリアは後ろの階段を指さす。

「そっか」
「ねえ、どうだったのよ、授業は」
「授業?」
「なんだか噂になっていたわよ、とんでもない生徒が来たって」
「あぁ、だとしたらリゼッタのことかな」

 俺は、今日の授業で起こったことをセシリアに掻い摘んで説明する。

 するとセシリアは、あぁ~と納得いった様子でポンと手を叩く。

「確かに、あの子魔術の大きさ桁違いだからね、そりゃ大騒ぎになるわね」
「うん。本当凄いよ。この一か月でちゃんと魔術を学んだら、きっとリゼッタは凄い魔術師になるだろうね」
「そうね。負けてられないわ……!」

 セシリアは闘志を燃やす。

 そしてしばらくして、着替えを終えたリゼッタが談話室へとやってくる。

「遅くなりました」

 リゼッタはぺこりと頭を下げる。

「大丈夫よ。――さて、今なら人はいないし、例の話詳しく聞かせて貰おうかしら」
「はい」

 リゼッタは俺達の正面に座る。

 例の話。それは、この学院に来るときにヴァレンタインさんから聞かされたリゼッタの体質の話だ。

 アーステラ帝国の皇女であるという前に、そもそもリゼッタには狙われる可能性のある体質が秘められているのだ。

「一応俺たちはリゼッタの警護を任されている訳だからね、どんな連中がリゼッタを狙ってくるか頭に入れておかないと」
「そうですね。すみません、共有が遅くなって」

 そして、リゼッタは俺達の顔を見て、ゆっくりと語り始める。

「――竜というものをご存じでしょうか?」
「竜? そうね、良く聞くわ。高位の冒険者の中には竜狩りの称号を持つ人もいるわよね。私は直接は見たことないけど」
「俺もないなあ。とてつもなく強いってことだけは知ってるけど」

 すると、脳内でカスミが語りだす。

『竜ねえ……あいつら強いのよね。一体一体生命力が半端なくて、剣術で倒すのは一苦労なのよ』
『あはは……過去の思い出ね』
「それで、竜がどうかしたの?」

 リゼッタは、はいと頷く。

「実は、私――竜の巫女なんです」
「「竜の巫女?」」

 初めて聞く言葉に、俺達はポカンとはてなを頭に浮かべる。

「私達一族は、代々竜の巫女としてその血を引き継いでいるんです」
「一族で……」

 リゼッタは頷く。

「私の母も竜の巫女です」
「竜の巫女っていうのは、何なの?」
「竜は狂暴な生き物です。その力は非常に強く、人間は一たまりもない。けれど、竜血と呼ばれる血を持つ巫女だけは、その竜と対話することが出来る……それが、竜の巫女です」
「竜と……対話……!?」

 それって、竜と話せるってことか?
 ということは、竜と仲良く出来る?

「まあ、本当に話せる訳じゃないんですけど」

 とリゼッタは苦笑いする。

「竜に懐かれやすい、と言い換えると良いかもしれません。竜を味方につけることが出来る、ということがどれだけの力になるかは想像できますよね」
「…………」

 確かに、人間よりはるかに強い竜を手なずけることが出来るのならば、その力は絶大だ。

 もし竜の大軍を率いて攻め込めば、一網打尽だろう。

 その力の強大さに、俺達は思わず息を飲む。

「ですから、この血はいろいろな人に狙われているんです。本当はちゃんと三年間学びたかったんですが、一か月という短い間の短期留学という形を取らざるを得なかったのは、これが理由です」
「なるほど……」
「これは、想像以上ね。いろんな人が狙っていそうね」

 セシリアも、険しい表情をしている。

「でも、ここは魔術学院だ。リゼッタが外で狙われるほどの強大な敵はここに入れないだろうし、敵は絞れるね」

 リゼッタは頷く。

「ですので……申し訳ありません、ご迷惑をおかけしますが……」
「ううん、俺は全然大丈夫だよ。元からリゼッタを守るのは仕事の内だし、それに、俺達もう友達だろ?」
「友達……」

 リゼッタは目を丸くする。

「そう……ですね。私達、もう友達でした」
「だから、セシリアを助けるのは当然だよ」
「! ありがとうございます……!」
「きっと、俺達みたいに敵も誰かを雇って内部に侵入させている……あるいは生徒を懐柔して操って攻撃してくることも考えられる。なるべく一か月の間は俺かセシリアのどっちかは着いていたほうがいいかもね」
「賛成。まあ、クラスが同じホロウの方が動きやすそうね。私は女子しか入れないところとか、そういうところを気を付けるわ」
「お二人とも……! 私、お二人に出会えてよかったです!」

 リゼッタは感激して、俺達の手をグッと握る。

「任せてよ。ただの剣士で頼りないかも知れないけど、一緒に乗り切ろう!」

 こうして、リゼッタの護衛は始まった。