「それじゃあ、君に依頼したい内容を話させてもらうよ」
「は、はい」

 改めて依頼だと思うと、無意識に身体が少し緊張してしまう。
 あの剣聖からの依頼……カスミは胡散臭いわよというような態度で相変わらずじとーっとした目を向けているが、ヴァレンタインさんが俺を見込んで話してくれているんだ。少なくとも、信頼はしてくれているということだ。

 俺は静かにヴァレンタインさんの話に耳を傾ける。

「リグレイス魔術学院は国内有数の魔術学校だ。国外にも多くの魔術学校はあるけれど、その中でもトップクラスの教育機関だと言われている」
「聞いたことはあります」

 とはいえ、周りからの評価等いものは聞いたことがなかった。
 さすがアラン兄さんの通っていた魔術学校だ。やっぱりすごいんだ。

 ヴァレンタインは頷く。

「それで、白羽の矢が立った。この国の東に、アーステラ帝国があるだろ?」
「はい、確か海に面した海洋国家……だと」

 俺は頭にこの国の地図を思い浮かべながら答える。

「よく勉強しているね。そう、海のないこの国からすれば貴重な貿易相手国であり、最も強い同盟関係にある国だ」

 話の全ぼうが良く分からず、俺は僅かに首を傾げ、はあと気の抜けた声が漏れる。

「あはは、難しい話だったかな? ――よし、本題に入ろう。そんなわけで、まあ比較的向こうの国と我が国は交流が盛んでね。そこの第三皇女が、魔術が大層魔術にご興味があるみたいなんだ」
「皇女様ですか」
「あぁ。だが、アーステラ内には彼女の好奇心を満たす程の魔術教育機関がなくてね。そこで、リグレイスがご指名を受けたという訳さ」
「えっ……? えっと、それって」
「なるほどね。アーステラの皇女様が、リグレイス魔術学院に入りたいって言ってきたわけね。確かにアーステラは昔から皇族はかなり強力な魔術を使うことで有名だったけど……」

 と、カスミは一人納得しブツブツと何かを言っている。

「その通り。まあ、長期的な話ではなく、短期の交換留学という形だ。お互いに、皇女様をずっとこっちの国に置いて置くなんて危険は冒したくないだろうからね。それで、さっき話した魔術学院の話になる」
「確か、治外法権でしたっけ」
「そう。隣国の皇女が来るというのに、我々騎士の立ち入りすら許さないのがリグレイス魔術学院の凄いところさ。だというのに、皇女様の警護計画は剣聖であり騎士である私に一任されてしまっている」

 はあ、とヴァレンタインは深めのため息をつき、眉を下げて肩を竦める。

「学院関係者以外の立ち入りは厳禁だ。つまり、内部の協力者を得るか、あるいは外部から正当な理由で協力者を送り込むしかない。それも、僕が皇女を任せても良いと判断できるだけの強さを持った人間をだ」
「それは、剣聖のお眼鏡にかなう人なんてそうそう見つからないですよね」

 あはは、と俺は無邪気に笑う。

「…………」

 すると、ヴァレンタインが俺をニコニコした顔で見ているのに気が付く。

「えっと……え?」
「はあ……」

 カスミはやれやれと頭を振っている。

「これは結構厄介よ、ホロウ」
「カスミ?」
「――是非、皇女殿下の護衛を君に頼みたくてね」
「お、俺ですか!?」

 俺は思わずその場で立ち上がり、声を張り上げる。
 晴天の霹靂とはまさにこのことだ。

 そんな冗談――……いや、ヴァレンタインの表情からして、冗談とは思えない。

「…………」
「どうかな?」
「いや、どうと言われましても……」

 俺はカスミと顔を見合わせる。
 そもそも、俺は……。

「……俺、魔術使えないですよ?」
「大丈夫さ。入試の評価ポイントは多岐に渡るからね。僕の見立てだと、君は問題なく合格できるさ」
「はあ……」

 リグレイス魔術学院……憧れが無かったと言えば嘘になってしまう。アラン兄さんが学んだ学校。

「リグレイス……」
「どうかな?」

 俺はチラッとカスミを見る。
 カスミは、自信満々な顔でぐっと拳を握る。

「――わかりました。出来るだけやってみます。ルシカさんにも会う必要ありますし」
「よし、そうこなくっちゃ! そうと決まればいろいろと準備がある。すぐに行動に移ろう!」

 そう言って、ヴァレンタインはウキウキで席を立つ。

「もしかして、最初からこうする狙いで俺達に話しかけたんですか……? 最初から誰を探してるかも知っていたとか……」
「そんな訳ないじゃないか。偶然だよ、偶然」

 ヴァレンタインはハハハと楽しそうに笑う。
 何はともあれ、俺達の目的であるルシカさんは見つけられそうだ。

「がんばろうね、ホロウ!」
「うん……まずは合格しないとね」

◇ ◇ ◇

 ――数日後、リグレイス魔術学院。

 校舎から大分離れた場所に建てられた場所に俺は案内された。

「こちらで試験が行われますので、もう少々お待ちください」
「ありがとうございます」

 俺をここまで案内してくれた女性は軽くお辞儀をすると、外へと出て行く。

 その建物には天井がなく、闘技場の様に三百六十度の観客席が用意されていた。

 俺はその席から下の闘技場を見下ろす。
 等間隔に並ぶ的。

 あそこで試験が行われるのだろうか。

 すると、その手前。観客席の一番手前の所に一人の少女が立っているのが目に入る。

「あれって……」
『皇女様かしらね』

 腰のカスミが、そう答える。

 綺麗な金色の長い髪を、丁寧に編んだ美しい髪。
 遠目に見てもわかる綺麗な姿勢。スッとした立ち姿は、それだけで雰囲気を感じる。

 その姿に少し見惚れていると、不意に反対側から声が上がる。

「えー、受験生の皆さんは、下の闘技場に降りてきてください。試験を始めます」