落ちこぼれ魔剣使いの英雄譚 ~魔術が使えず無能の烙印を押されましたが、【魔術破壊】で世界最強へ成り上がる~

 かざされた剣聖の剣。そこに魔力が集まっていくのを感じる。

『来るわよ、ホロウ!』
「叩き斬る……!」

 剣聖ヴァレンタインは微笑む。

 一気に風が吹き抜ける。
 剣にまとわりつく風。それはまるで小さな嵐のように剣を覆い尽くす。

 ただそこにあるだけで嵐のように風が吹き荒れ、その場にいる全員が圧倒的な風圧に顔を覆う。

「あの魔術は……殺す気だ……!」
「みんな、伏せろ!!」

 騎士達がその魔術を見て慌てて防御の姿勢を取る。
 どうやらそれだけ大規模な魔術らしい。確かにこの風圧、まるで嵐だ。

「吹き荒れろ」

 ヴァレンタインはその嵐を纏わせた剣を、思い切り振りぬく。

「――"嵐竜斬"」

 瞬間。

 剣の周りに圧縮されていた嵐は地面を削る程の威力を帯びた竜巻となり、一瞬にして解き放たれる。

 それはものすごい勢いと轟音を立てながら、激しく土煙と岩片を巻き上げる。

「こりゃ……すごい……!」

 暴風に煽られ、激しく音を立てながら俺の服がはためく。

 正面には自然災害とも呼べる超常の魔術。
 "斬る"という行為を内包した、風の脅威。

 もし俺がただの魔術師なら、戦意を喪失して地面に座り込み、目を閉じて祈ったことだろう。

 それに、俺は今まで多くの魔術を斬ってきた。だが、この大きさは今まで斬ったことは無い。俺の体質が本当に万能なのか? もしかすると一定の許容量というものがあるのではないか? 僅かな不安が、腹の奥から込み上げてくる。

 ――だが。

 俺はカスミをもう一度ぎゅっと握りこむ。
 カスミから暖かい力が伝わってくる。まだ俺はカスミの力を引き出せていない。けれど、確かに繋がっていると感じる。カスミとなら、どこまでも行ける。

 それに俺は魔術師じゃない。

「俺は――」

 ――魔術を斬る……剣士だ!

「うおおおおお!!!」

 嵐に切り込むように、俺は上段から真っすぐと刀を振り下ろす。

 切っ先はその嵐の淵に触れると、眩い光を放ち、まるで水を斬るかのように何の抵抗もなく魔術の中へと滑り込んでいく。

 そしてその嵐は刀が振れた傍から煙となって蒸発し、俺の刀が地面に触れる頃には完全に消滅した。

 消滅の瞬間、強烈な風がブワっと駆け抜け、土埃が舞い上がる。

 さっきまでの耳をつんざくような轟音は一瞬にして無音に変わる。

 舞い上がった土埃が完全に俺達の姿を隠す。

「斬れた……あんな凄い魔術も……!」
『喜ぶのは後にして逃げましょう! 今ならあいつらをまけるわ!』
「! そうだね、行こう!」

 俺たちは身体の向きを変えると、勢いよく走りだす。今は逃げることが重要だ。

 後方からは誰も追ってくる気配はない。

◇ ◇ ◇

「やったか!?」
「さすがに死んだだろ」
「これが剣聖の力……初めて見るけど凄いな……」

 もくもくと煙が立ち上り、静寂が訪れていた。

 轟音が消え去り、騎士達は煙の先を見据える。

 剣聖ヴァレンタインの立っている位置から、容疑者が立っていた場所まで地面がごっそりと抉り取られている。

 魔術【嵐竜斬】。

 斬属性を伴ったトルネードは、触れるものすべてを斬りつけながら対象へと突き進む。剣聖ヴァレンタインの持つ魔術のうちの一つ。

 騎士と言えどそれを見た事がある者は少数で、この場に見た事がある者は居なかった。

 だから、パッと消えたこの幕切れが本来のものだと信じて疑わなかった。

「ヴァレンタインさん、お疲れ様です」

 騎士の一人が、ヴァレンタインの元へと駆け寄る。
 剣聖はただの称号であり騎士としての位が特別高い訳ではないが、王の直属の配下であるヴァレンタインは彼ら一般の騎士からすれば格上の存在なのだ。

 かしこまった騎士は煙の立ち昇る方を見ながら言う。

「それにしても、凄まじい威力ですね」
「ありがとう」
「一撃ですか。さすが剣聖です」
「一撃?」

 思いもよらぬ聞き返しに、騎士は眉を顰める。

「一撃……じゃないですか? あの煙の向こうに恐らく倒れているでしょう」
「はは、じゃあ見てみると良い」
「? ええ、一応確認しないと」

 首をかしげながら、騎士は煙の方へと向かう。

 煙は既に消えかかっており、地面が疎らに見えていた。
 騎士はそのまま進み、足元に目を凝らす。

 少しして、煙が完全に晴れたところで騎士は唖然とした表情を浮かべる。

「なっ…………居ない……?」
「だろう?」
「いや、そんなはずは……! 確かにあの容疑者に魔術は当たっていました!! 私はその瞬間をしっかりとこの眼で見たんです!」
「本当かな? 当たる瞬間、彼は何かしなかったかな」
「何か……」

 その時、騎士の脳裏に思い出されたのは、触れる瞬間刀で魔術に斬りかかっていた光景だった。

 だがしかし、そんなことあるはずがない。
 剣で魔術に抗うなど、そもそもできる訳がないのだ。それは常に剣の携帯を義務付けられている騎士だからこそよくわかる。

 魔術に剣で対抗など無理な話なのだ。そこには明確な優劣がある。

「剣で確かに触れてましたが……それがどうしたというのですか? そのまま飲み込まれて終わりでしょう」
「パッと私の魔術が消えたのは見ただろ」
「そ、それはそう言う魔術では……」
「僕の魔術なら、この先数十メートルにわたって更地になっているよ」
「なっ……」
「彼はね――」

 剣聖は楽しそうに笑みを浮かべながら言う。

「魔術を斬ったんだ」
 夜の人気のない街を全力で走る。
 後ろから追手の様子はない。

 だが、下手にスピードを緩めると万が一のことがある。俺はとにかく走り続ける。

 しばらくして――。

「――ん?」

 瞬間、さっきまで身体にまとわりついていた異様な雰囲気がぱっと消え去る。
 走る頬に、爽やかなひんやりとした空気が吹き抜ける。

「抜けた……?」
『あら? ……そうみたいね。ここは結界の外みたい』

 走り続け、とうとう俺たちは人除けの結界から外に飛び出た。

 辺りを見回すと、疎らに人が見える。

「助かった……のか?」

 俺はやっと緊張が解け、思わず深くため息を吐く。

 カスミを握っていた手が、いつも以上に硬く握られていたことに今更になって気付く。

 俺はゆっくりと刀から手を離す。
 すると、カスミが人型へと戻って行く。

「はぁ……焦った」

 今になってブワっと湧き出した汗を、俺は手の甲で拭う。

「危なかったね……でも、ホロウはあの剣聖相手に押してたよ!」
「そうかな?」
「うんうん!」

 カスミは嬉しそうに頬を緩ませる。
 さすがホロウ! っと俺の腕を掴みブンブンと振る。

「良かった。カスミと小さい頃からあれだけ特訓してきたからね。剣術じゃ負けられないと思って」

 そう、剣は俺に残された唯一の手段だ。
 魔術が使えない俺にとっては、絶対に負けられない最後の柱。

 それにしても、あの最後の剣聖の魔術。

 今まで受けてきた魔術の中でも一番強力な魔術だった。
 俺が今まで見てきた魔術は、もっと低威力だった。あそこまでの破壊力と圧のある魔術があるとは、知識では知っていても本当に放つ人間がいる何て想像できるだろうか。いや、出来ないよな……。

 そりゃ、あんな魔術を使う上位の魔術師が王都の騎士や冒険者にはゴロゴロいるとなると(まあ剣聖が特別の可能性もあるけど)、剣術では魔術に勝てないとみんなが考えているのも無理はない。王都で魔術を学んでいたアラン兄さんや、王都で働いていたセーラ先生は直接肌で感じることがあっただろうし尚更だろう。

 正直、あのレベルの魔術を受け切れるかどうか不安だったけど……どうやら俺のこの"体質"はどんな魔術でも斬れてしまうらしい。

 この力があればきっと、俺でも魔術師を超えて強くなれる。そう改めて実感できた。

「そういえばすっかり忘れてたけど、あの死体……切り裂き魔の仕業だよね、多分」
「そうね、騎士もそんなこと言ってたし。切り裂き魔には入れ違いで逃げられたみたいだけど」
「てことは、きっと俺容疑者として追われるよなあ……」
「どうかな……」
「うーん、まあ騎士には暗かったから顔ははっきりとは見られてないと思う。ただ、剣聖には割とはっきり見られたから……」
「じゃあ五分五分かしら」
「そうだね、剣聖の出方次第……かな」

 もし剣聖が俺の情報を騎士にしっかりと連携した場合、俺の人相書きとかが出回って指名手配されるかもしれない。

 ただ、状況証拠だけの状態でそこまでするかどうか……あくまで現行犯として取り押さえる前提があったからあれだけ強行してきた訳だし。

 やはり、カスミの言う通り五分五分か。

「……少し様子を見ようか。もし指名手配されそうだったら、リドウェルを出よう。ここに居たら捕まっちゃうし」
「そうね、それが賢明かも」
「はあ、折角ここにも慣れてきたのになあ……」

 そうして俺たちは帰路につく。
 騎士達の姿はなく、無事宿へと戻ることが出来た。

 全ては明日次第だ。

 俺は出来れば何事もなくあってくれと思いながら、眠りについた。

◇ ◇ ◇

 翌日。
 いつも通り朝の修練をし、身支度を整え、冒険者ギルドへと向かう。

 もしかしたら、昨日の今日で多くの騎士達が俺を探して見回りに出てるかもしれない。

 ……なんて思ったけど、人型を見られていないカスミに先に様子を見に行ってもらったが、そんな様子は全くないということだった。

 こうして俺は普通に街を歩いているが、確かに昨日と変わった様子はない。
 騎士が居るには居るが、別に普段通りの警備態勢。

 すれ違ったりしたが、特に俺を気にかけるような素振りも見せなかった。

 どうやら俺の顔は騎士達の中で広まってはいないらしい。

 剣聖が黙っていたのか? それとも、あの後本物の切り裂き魔が現れて、そっちを追っているという可能性もある。実際昨日あの場に居たのは確実なんだ。俺との追いかけっこの後に見つけていても不思議じゃない。

 とにかく、一応は俺に追手はないようだ。良かった。

「何とかなったみたいね」
「そうだね。五分とは言いつつ正直諦めてたけど……完全に普段通りだ」
「良かった良かった!」

 そうして冒険者ギルドへと到着し、俺達は中に入る。すると、いつも賑やかな冒険者ギルドが、今日はその何倍もの盛り上がりを見せていた。

 わーわーと歓声があがり、口笛がなり、拍手が巻き上がっている。

 多くの人だかりができていた。

「うわ、なんだ凄いな」
「何だろうね?」

 と、カスミは背伸びをしてきょろきょろと中を見回している。

 すると。

「あ、ホロウ!」

 と、人ごみの中から現れたのは、カレンさんだった。

 カレンさんは手を振りながらこちらへ駆け寄ってくると、俺の手を引き寄せる。

「な、なんですか!?」
「いいからいいから!」

 そう言ってカレンさんに連れられ人混みの中へと入っていく。

 そしてテーブルまで連れられると、そこに一人の人物が座って居た。

 瞬間、体中の毛穴から汗が噴き出る錯覚を覚える。
 ごくりと喉に唾が流れ込んでいく。

「おいおい…………」
「やぁ、また会ったね」

 そこに居たのは、剣聖――ヴァレンタインだった。
「な……!?」

 一瞬の硬直。
 ヴァレンタインは、にこやかな笑みを浮かべこちらを見つめている。

「昨日ぶりだね。ホロウ君……であってるかな?」

 何が起きてる……!? ばれた!?
 まさか、冒険者だとバレて待ち伏せされた!? 昨日の今日で!?
 騎士が街で俺を探していなかったのは油断させるためだったのか!?

「話がしたくてね」

 混乱する頭で、いろいろな可能性が頭をよぎる。だって、これはあまりにも想像していなかった事態だ。

「ホロウ?」

 と、カレンさんが俺に声を掛けたところで俺はハッと意識を現実に引き戻される。

「カスミ!」
「わっと」

 俺はガシっとカスミの腕を掴むと、引っ張るようにして全力でギルドの入口に向かって走り出す。

「どうしたんだよホロウ!? 大丈夫だぜ!?」
「だ、大丈夫じゃないです……!!」

 ここに居たらだめだ、捕まる!!

 俺は周りにいた冒険者を押しのけ、何とか入口へと突き進む。
 やっぱり駄目だった、もうここには居られない!!

 一刻も早くこの街を出ないと――。

「だから、話がしたいだけなんだ。落ち着いて」
「!」

 一瞬にして、ヴァレンタインが俺達の前に立ちはだかる。

 強化魔術……! さすがに早いか……!

 俺は警戒して、腰の雪羅に手を掛ける。

「おっと、相当警戒されているらしい。まあ昨日の今日だからそれもそうか」

 そう言って、ヴァレンタインは両手を上げると敵意がないことを示して見せる。

「……何のつもりですか?」
「何のつもりも何も、僕は最初から君と話したいだけさ」

 話したいだけ?
 信じられないけど……。

「ホロウ、落ち着けって。ホロウの疑いは私達が晴らしたからよ」
「疑いが……晴れた……?」
「あぁ。昨日の疑いはもう君にはないよ」

 そう言って、ヴァレンタインはにこやかな笑顔を浮かべる。

「ほら、剣も持ってないだろう?」

 ヴァレンタインは腰の辺りを指さす。 

 確かに、良く見ると剣聖は剣を携えていなかった。

「じゃあ、本当に話がしたいだけ……?」
「あぁ。まあちょっと場所を変えよう。ここだとギャラリーが多そうだ」

◇ ◇ ◇

 俺たちは冒険者ギルドを出て、ヴァレンタインが泊っている宿へと移動する。

 どうやら今回の切り裂き魔の件で一時的に王都から招集されていただけらしい。

「おぉ……」
「す、すごい宿だねホロウ……」

 綺麗な外装に、豪華な内装。宿を出入りする客も、皆どこか品がある。

 ヴァレンタインの泊る部屋へと案内される。
 俺たちが二人で泊まっている宿の三倍の広さはある。

「いやあ、僕はこんな立派な宿は要らないと言ったんだけどね」

 そういってヴァレンタインは苦笑いを浮かべる。

「剣聖という称号だけで、階級以上の評価を受ける。その気遣いは嬉しいが、正直煩わしいこともあるよ」
「そう言うものですか」
「あぁ。まあ、それはいいさ。座ってくれ」

 俺達は促されるように柔らかい椅子に深く腰を落とす。
 身体の疲れがスーッと抜けていくような感覚。

「さて、とりあえず昨日の非礼を詫びよう。すまなかった」
「い、いや、そんな改まって謝られると……」

 俺は思わず気恥ずかしくて頬を掻く。
 謝られた経験なんて殆どないよ……。

「許してくれるかい?」
「そりゃ、疑いが晴れたのなら俺もヴァレンタインさんを警戒したりはしないよ。何で晴れたのかは疑問だけど」
「あぁ、それだけどね。ある程度昨日の時点でわかっていたんだよ」
「え?」
「僕は君と戦う前に言っただろう? 剣を交えれば見えることもあるかもしれない、と」

 そう言えば、戦う前にそんなことを言っていた気もする。

「じゃあ、戦って分かったと?」
「その通り。剣というのはその人の生きざまを映す。この魔術全盛の時代、剣を真面目に学ぶものは多くない。魔術で事足りるからね。だからこそ、剣を握り戦う人間の剣には信念が宿る」

 剣に信念が……。

「君の剣からは、凄まじい修練を感じたよ。殺しや破壊が目的の剣じゃない。何かを成し遂げたいとあがく、強い信念が」
「強い信念……」

 確かに当たっている。俺はただ、この剣だけでも強くなれることを証明したい。そう思って修行してきた。あの家を見返したい、そういう思いももちろんあった。でも、俺の剣は殺しの剣じゃない。それだけは胸を張れる。

「それに、最後僕の魔術を受け切って見せただろう?」
「あの魔術は正直肝が冷えましたね。死ぬかと……」
「はは、悪かったね。君なら何とか出来ると確信してたんだ。それに、あの魔術は避けることも出来ただろ。けどそれをしなかった。後ろの建物が壊れるのを恐れたんだろ? 僕はそこで確信したよ。君は殺しを出来るような人間じゃないって」
「あの一瞬の戦いでそこまでわかったんですか」

 するとヴァレンタインはハハっと笑う。

「伊達に剣聖と呼ばれていないさ。まあ、剣術の純粋な腕では君の勝ちのようだけどね」
「いや、そんな……」
「事実さ。まあ、それで君に興味が湧いてね。いろいろ調べさせてもらったと言う訳だ。君は最後、魔術を斬った。それは本来有り得ないことだ。その線を調べていくとどうやらそんな噂を持った少年が冒険者試験を受けに来たと言うじゃないか。そこからさらに調査して、カレンさんに会い、彼女の証言から君のアリバイは完璧に証明された。だから、僕は騎士団に少年を追う必要はもうないと進言したんだ」
「この数時間でそこまで……凄いですね」
「それくらいはね」
「けど良かったです。もしこのまま追われ続けたらさすがの俺ももうどうしようもないと思っていたので……。俺を追うあまり、本物を放置して新たな被害者を生むのも心苦しいですから」
「はは、やっぱり優しいね」

 これだけいろいろ話してくれているんだ、どうやら疑いは本当に晴れたらしい。
 本当に良かった。

 俺は安堵の溜息を漏らす。

「ということは、それを伝えにわざわざ俺の所に?」
「それもあるが、さっきも言ったように僕は君に興味があるんだ」
「俺に?」
「……魔術を斬る剣士。これほど僕の興味をそそるものもなかなかない」
「興味ですか」

 まさか剣聖と呼ばれる人が俺なんかに興味があるだなんて。確かに魔術を斬るなんて有り得ないと色んな人が言っていたけど……。

 恐らくこの国でもトップに近いであろうヴァレンタインさんが興味を持つくらいだ。もしかすると魔術を斬れるというのは本当に俺だけの力なのだろうか。

「魔術を斬る……そんな力聞いたこともないからね」
「ホロウは凄いでしょ」

 カスミは自分のことの様に自慢げに胸を張る。

「はは、その通りだ。君の存在は騎士団ではちょっとした話題になっていたよ」
「話題?」
「あぁ。昨日の今日だけどね。なんたって、魔術がこれだけ発達した時代においても、魔術のカウンターとしての魔術は数あれど発動した魔術そのものを破壊するような魔術は存在しない。それを、魔術ではなく剣術だけでやってのけるとはね。一体どうなっているのか」

 ヴァレンタインさんは興味深げに俺を見る。

「そりゃ騎士団の人たちも興味津々さ。魔術を斬る少年。魔断の剣士。呼ばれ方はいろいろだが、すぐに広まるだろうね」
「おお、ホロウがとうとう有名人に!」
「う、嬉しいですけど……いいのかな広まっちゃって……」
「なんで?」
「まあ、ただ興味があるだけの人間だけじゃなく、悪意を持った人間も近づいてくるだろうからね。そこは注意が必要かもしれない。けれど、冒険者として生きていくつもりなら、名を売るのは重要だからね。上手く活用するといいさ。それに、君と魔断の剣士が一致しているのはまだ僕だけだ。これからの戦いの中でどんどん広まっていくだろう。君も、隠して生きるつもりはないだろう?」
「はい。俺は剣だけでも強くなれると証明するために家を出ました。俺の力がその手助けになるなら、むしろありがたいですけど」
「はは! いい心がけだ、君の活躍は是非とも追わせてもらうよ」

 そうヴァレンタインは楽しそうに笑う。

 その笑いがどういうものなのか俺には分からないけれど、どこかアラン兄さんと同じような雰囲気を感じる。悪い人じゃない気がする。

「まあ僕は純粋に君の剣の実力に興味があるね。こう見えても僕は魔剣士の中で剣聖と呼ばれる存在だ。その僕を超える剣技……魔術を使えないという特異な体質だからこそなせる技か」
「そんな大げさですよ」
「はは、君の人柄が見えてきたよ。今度僕と手合わせてしてもらえるかな? もちろん昨日のような殺し合いじゃなくね」
「そ、それは願ってもないですけど」

 剣聖との手合わせ……!
 昨日の戦いのような打ち合いが出来るなら、かなり訓練になるな。

「それは助かる。まあ君も冒険者として忙しいだろうからね。時間があるときによろしく頼むよ。そういえば君は王都に来たことあるかな? 王都はね――」


 そうしてヴァレンタインからの交流はその後も数十分続き、俺達はその場を後にした。

「はぁ~緊張した……」

 俺は深くため息を吐く。

「そんなかなあ? 王様に会うとかより全然だと思うけど」
「王様とか、そんな非現実的な……」
「そうかな?」

 不思議そうにカスミは首をかしげる。
 六百年……そいうやカスミは封印されていた魔剣だったんだよな。俺の知らない過去があって当然か。もしかすると王様となんかあった……とかあるのかな。

「まあ確かに凄い人ではあるかもね。緊張しても無理ないか。大丈夫?」
「まあ何とか。さすがに昨日は命の危機だったから平気だったけど、改めてこうやって対面すると凄いオーラだったよ」
「ホロウの方が強かったけどね!」
「本気だったのかなあ……」

 剣聖。
 詳しくは良く知らないけれど、騎士の中で与えられた名誉称号。

 アラン兄さんが話していたのを覚えている。

 俺に、剣術の才能は凄いと言ってくれていたアラン兄さんが良く引き合いに出していたのが剣聖の存在だった。

 ホロウならきっと剣聖にだって負けない剣の腕を身につけられるさ。
 そうすれば、もしかしたら魔術師相手でも戦えるようになれるかもね。

 そうやって良く俺を励ましてくれた。

 きっと魔術師と戦えるようになれるかもという言葉は、今思えばアラン兄さんなりの方便だったんだろうけど。小さいながらもその剣聖という響きに、俺はきっと強くなれるんだと励まされた。

 その剣聖本人との対談だ、緊張しない訳がない。

 俺は今さっきまで語り合っていた窓を見上げる。

「ホロウは凄いからね、剣聖の目も節穴じゃなかったってことね」
「それは言い過ぎだよ」
「そんなことないよ!」

 と、相変わらずのカスミ。
 俺にもこれだけ俺のことを信じてくれる人が居る。まあ剣だけど。
 それだけでも大分助けられているなあと思う。

「……ありがとな」
「ふふ、一蓮托生だからね!」
 剣聖ヴァレンタインとの一件から数週間。
 俺たちは地道に赤階級の依頼をこなし、精力的な冒険者活動を続けていた。

 ――魔術を斬る剣士がいる。

 その噂は、思ったよりも早くこのリドウェルの冒険者の中で広まっていた。
 遠巻きに俺を見つめる視線が、明らかにここ最近増えた。

 酒場に行けば、ヒソヒソと俺を見て何か話を始める冒険者も多く居た。

 どうやら、騎士団が噂している魔断の剣士と俺がいつの間にか結びついてしまっていたようだ。まあ試験の件もあるし、魔術を斬れるというのが広まるのは時間の問題ではあった。

 だが遠巻きにしか見られていない様子を見るに、まだ確実に俺だという確証はないのだろう。噂が独り歩きしている状態だろうか?

 まあ別に注目されることはそこまで悪いことじゃないし、俺とカスミはいつも通りに活動を続けていた。

「1、2、3…………はい、依頼数分あるわね。ご苦労様!」

 金髪でスタイル抜群の女性――ギルドの受付嬢キルルカさんは、満面の笑みで俺が今しがた提出した素材をカウントする。

「さすがね、ホロウ君。仕事は丁寧だし、効率も良い。いつもありがとね」
「い、いやあ、それほどでも……」
「何デレデレしてるのよっ」

 とカスミの肘が俺の脇腹に刺さる。

「し、してないよ」
「どうだか……」
「ふふ、仲がいいわね相変わらず」

 キルルカさんは目を細めてニコニコと笑みを浮かべる。

「この調子で依頼をこなしていけば、蒼階級も夢じゃないわ。がんばってね!」

◇ ◇ ◇

「ふうん、順調なのね」

 手に持った果物を口に放りながら、セシリアは俺の話に相槌を打つ。

「そういうセシリアはどうなんだ? 冒険者活動は」
「まあぼちぼちって感じね。今はひたすら階級上げの為に依頼こなしてるわ。後はそうね、たまにカレンさん達に相談したり……まあそんな感じ」
「そうなんだ、セシリアはサポートが上手いからてっきりパーティでも組んでるものかと」

 パーティを組む冒険者は多い。
 やはり一人でこなすには難しい依頼が上の方には多いから、自然と協力するのが当たり前になるのだろう。

「まあ否定はしないけれど。でも、現状パーティでやるような依頼もないからね。今後何かあれば組むかもしれないけれど」

 セシリアは満足そうに口を布で拭いながら言う。

「そういうホロウこそパーティは組まないの?」
「いやあ、どうかな……。魔術を使えないっていうのは大分ハンデだと思うけど」
「まあそれだけならね。けど、あなたには魔術を斬れるっていう力があるでしょ。それに目を付ける人も居なくはないと思うけれど」
「そうかな」
「そうよ。それに……ホロウの剣術は魔術に匹敵する価値がある。と私は思ってるけど」

 セシリアは真剣なまなざしで俺を見つめる。

「……まあ、私達はそもそもまだ蒼にも到達していないからね。気が早い話よ。精々依頼に合わせて協力する仮パーティが関の山でしょう」
「それもそうだね。俺はカレンさん達と組んでるセシリアを見てみたいけどね。特にカレンさんは好戦的だからね、セシリアとは相性が良さそうだ」
「ふふ、そのうちね。あなたも噂が噂だからきっとこの先ひっぱりだこよ。気を付けてね」
「あぁ」
「ま、あの魔剣の女もいるし心配してないけどね」

 と、セシリアはウェイトレスを呼ぶとさらに食べ物を注文する。

「おいおい、まだ食べるのか?」
「だって奢りでしょ?」
「なっ!? いつそんな話に!?」
「えー、だってあなたが少し話そうよって言って呼んだんだから当然でしょ」
「いやいや! それはたまたま会ったからせっかくなら近況報告でもしようかと誘っただけで……」
「誘ってるじゃない」
「くっ……」

 すると、セシリアはふっと笑いだす。

「あはは、冗談冗談。あなたって戦っているときは感じないけれど、やっぱりこうやって面と向かうと年下って感じよね」
「う、うるさいな……」

 そうして俺たちは簡単な雑談をして別れた。

 セシリアは唯一の同期だ。これからもきっと多く関わることになるだろうな。


 翌日――。

 俺とカスミは今日の依頼を探しに冒険者ギルドへとやってくる。

「今日は何狙うの?」
「そうだなあ、やっぱり魔物の討伐かな。そろそろ歯ごたえのある相手がいいんだけど……」
「赤階級であるかなそんなの」
「パーティ前提のものならあるかもなあ」

 そう言いながら、俺達は依頼ボードの前へとやってくる。

 今日も今日とて多くの冒険者たちが依頼を探そうとボードの前に集まっている。

「さてさて、何か依頼はあるかな」
「この間みたいなスライム討伐は嫌よ、ぬめぬめして気持ち悪いんだから」
「あはは、やたらスライムに気に入られてたよね」
「本当勘弁して欲しいわ!」
「おかげで入れ食い状態だったけどね。……さて、何か依頼は……」

「――やあ、ちょっといいかな?」

「ん?」

 と、突然声を掛けてきたのは、さっきまでボードを眺めていた黒髪の青年だった。
「あなたは?」
「俺は赤階級冒険者のリーズ、実はちょうどもう一人パーティメンバーを探していてさ」

 そう言い、リーズは後ろの冒険者を指さす。
 そこには大男一人、少女一人が立っており、ぺこりと会釈する。

「パーティメンバーって言うと……何か大物でも狙っているんですか?」
「"多層洞窟"は知ってるだろ? あそこの中層にジェネラルオークが居着いてるらしくてさ。その討伐依頼が出ているんだけど、受注条件が赤階級4人以上、または蒼階級2人以上ってなってるんだ」
「あぁ、それで一人足りないと」
「そういうこと」
「でもなんで俺に?」

 すると、リーズはこそっと俺に近寄る。

「君、"魔断の剣士"だろ?」
「! 噂ってそんな広まってるんだ……」
「はは、まあね。君の力なら絶対俺達上手くいくと思うんだ! どうだろう、ずっとパーティ組もうって訳じゃないよ、君だって討伐依頼をやりたいと思ってたんじゃないか?」

 俺はカスミと顔を合わせる。

「あっと、そっちの女の子はパーティだった?」
「いや、カスミは違うよ」
「そうか。ほら、騎士団とやりあったって噂だろ? そんな力の持ち主なら是非とも一緒に任務をやりたいなと思ってさ」
「その噂は――」
「いや、いいよ本当のところは。そういう噂が流れるって時点でそれなりの実力だっていうのはわかってるからさ。真偽はどちらでもいいんだ。実は僕俺たち、前衛が俺一人で少し攻撃力に欠けていてね、是非魔剣士である君に協力をお願いしたいというか……」

 ああなる程。俺を魔術が斬れる魔剣士だと思っているのか。
 困ったな、魔術が使えないって言ったら嫌な顔されそうだな……。

 でも騙すわけにはいかないし……。

 俺は恐る恐るリーズに告げる。

「実は俺、魔術使えないんだ」
「え!?」
「だから魔剣士じゃないって訳。剣術しか使えない。申し訳ないんだけど……」

 一瞬の間。
 しかし、リーズは思っていなかった反応を見せる。

「凄い、剣術だけであの騎士団とやりあったのか!?」
「え、えっとまあ……」
「凄い才能だよ!」
「え?」
「俺たちはサポート魔術師二人と攻撃魔術の俺の三人パーティなんだ、もう一人が前衛として剣士として戦ってくれる……しかも魔術を斬れるときた! 俺は全然問題ないと思う!」

 リーズは目を輝かせてそう力説する。

 まさか、魔術を使えない俺をこんなに認めてくれる男がいるとは。

 つい先日、同じようにパーティを組まないかといってきた奴が居た。
 でも俺が魔術を使えないというとゴミでも見るような目で去っていた。

 俺はまたそういう反応をされると覚悟していたんだが……。

「いいんじゃない、ホロウ」
「かな」
「うん、念願の骨のある魔物とも戦えるし、願ったり叶ったりじゃない?」

 そうだ、今まで手を出せなかったパーティ前提の上位依頼。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。それに、そのままの俺を受け入れてくれるパーティだ、まさにぴったりじゃないか……!

「そうだな……一歩踏み出す時かもしれない」

 俺はリーズに向き直る。

「えっと……じゃあ少しの間かも知れないけど、よろしくお願いしてもいい……かな?」
「もちろん!」
「やったあ!」
「ナイスリーズ!」

 後ろの二人と合わせて、三人は俺の加入に大喜びしている。
 なんだかこっちまで嬉しくなってくるな。

「それじゃあ、軽く自己紹介といこう。"不夜城"でいいかな?」

◇ ◇ ◇

 酒場"不夜城"。
 多くの冒険者や、その他夜まで働く人たちが集まる酒場。

 特に依頼帰りの冒険者は殆どが利用する安くてそこそこ美味い酒場だ。

「じゃあ、次の依頼だけだが、ホロウの助っ人加入に乾杯!!」
「「「かんぱーい!」」」

 俺たちは飲み物(俺以外はお酒)をごくりと飲み込む。

「えーっと、俺が一応リーダーのリーズ・イグナイト。使う魔術は"炎魔術"だ」

 黒髪の好青年。歳はカレンさんたちと同じくらいだろうか。

「リーズの炎は敵味方関係なく燃やし尽くすけどね」
「お、おい新入りの前でそんなこと言うなよシア!」
「ふふ。――えっと私はシア・ホワイト。後衛で回復魔術を使うわ」
「シアの回復は結構しみるぞ」
「うるさいな!」

 シアはリーズにケリを入れる。
 シアさんは赤髪のボブヘア。活発そうな見た目だ。

 そして、最後の長身の茶髪の男性。

「俺はオッズ・ウェル。前衛――といいたいところだが、この見た目で使う魔術は探索魔術だ。戦闘ではあんまり役に立たない、申し訳ないけど……」
「何言ってるの、オッズの探索でいっつも助かってるじゃん」
「そうだぜ、オッズ。オッズが居なきゃ何度死んでたことか……」
「で、最後新入り! 自己紹介お願いできるか?」
「は、はい!」

 俺は言われて立ち上がる。

 三人が、キラキラした目で俺を見る。

「えーっと……ホロウ・ヴァーミリアです。魔術は使えないけど……剣の腕なら誰にも負けません!」
「おお、大きく出たな!」
「ひゅーひゅー! かっこいいよホロウ君!」
「期待できる新人だな!」

 全員の拍手の中、俺はぺこぺこと頭を下げ座る。

 こうして俺たちはいろんな話をして盛り上がった。

 今までリーズたちが達成してきた依頼の話や、ムカつく依頼者の話。
 とにかくいろんな話をした。

 久しぶりに他愛のない話をして、俺の心は満たされていた。

 彼らとなら依頼もきっとうまくいく。
 そんな気がした。
「ホロウ、そっち行ったぞ!」

 洞窟にリーズの声が響く。

「任せて!」
「リーズ、回復するからこっち!」

 前衛でタンクの役目を果たしていたリーズが後退し、入れ替わるように俺は前へ出る。

 後方では、シアのヒールがリーズの傷をいやす。

「ホロウ、左と右に一匹ずつ隠れてる! 不意打ちに気を付けて!」

 探索役のオッズが、普段の大人し目な声とは裏腹に叫ぶ。

「ありがとう!」

 前方のオークが、威嚇のように大声を上げその右手に持つ棍棒を高く振り上げる。

 身長は俺の約三倍……!
 ――でもやれる!

 俺は振り下ろされた棍棒を最小限の動きで横に避けると、一気に地面を蹴る。
 瞬間、脇道に隠れていた二体のオークが両脇から一斉に飛び出してくる。

 オッズの報告通りだ。

 左のオークは俺を捕まえようと低空で飛び込む。
 右のオークは、逃げ道を塞ぐように身体を大きく広げながら近づき、その棍棒を振り下ろす。

 そして、ついさっき通り抜けた後方のオークも既に体制を立て直し、反転して俺の背後を狙っている。

「ホロウ!! 無理するな!」

 回復中のリーズの声が響く。

 確かに包囲された危機的状況。だが、俺ならやれる。期待に応えて見せる……!

『やってやりましょ!』
「あぁ!」

 俺は右から振り下ろされる棍棒をカスミで受け止める。
 ズシンと芯に来る、強力な打撃。

 でも、剣聖の剣程の威力はない。

 俺は受け止めたそれをそのまま刃の上を滑らせ、流れるように力をいなす。

「グォォォ……!?」

 オークは思わぬ受け流しに体制を崩し、回転するようにして俺の左側へと流れていく。

 丁度そこへ飛び込んできた左手側のオークの頭が、転んで倒れこむオークの右肩に激突し低い唸り声を上げる。

 二体の動きが完全に止まった。
 俺はすかさず二匹のオークの首を斬り落とす。断末魔の叫びも許さない一刀両断。

 魔術での攻撃は、一瞬では終わらない。
 一撃で破壊できるような威力の魔術というのは稀で、セシリアの水魔術のように相手に当たってから窒息させたり、あるいは何発も繰り返し与えてから倒すのが殆どだ。

 その点、剣士というのは一瞬の戦いだ。
 その刃が相手の首に届くか、あるいは相手の牙が俺の首に食い込むか。

 だから、常に気が抜けない。
 常に最前線で自分の身体を張り続ける。

 ――けど。

「最後は任せておけ、ホロウ!!」

 回復を終えたリーズが、勢いよく飛び出してくる。
 手から放たれた火球が、俺の背後に残っていた最後の一体のオークの後頭部を直撃し、オークは苛立った様子で振り返る。

「リーズ、任せたよ!」
「見とけよ、ホロウ!」

 リーズは片手を前にかざし、魔術を発動する。

「"ファイアウォール"!!」

 右手から飛び出した炎の壁。
 それはオークとリーズの間に横たわり、完璧にリーズの姿を隠す。

「ウゴォォァアア!!」

 一瞬、リーズを見失いオークの動きが止まる。

 そのわずかな隙を見逃さず、リーズは完全にオークの死角から飛び出しその手のショートソードを振りかぶる。

「がら空き!! じゃあな、オーク!」

 動きが止まったオークに対し、リーズの振りかぶったショートソードが半月状の軌跡を描き脳天から振り下ろされる。

「グウゥゥ!!」

 頭から血を流し、オークは僅かに態勢をよろめかせる。

「もう一発!」

 リーズは剣をオークの肩に突き刺す。

「フレイムバースト!!」

 瞬間、剣が一気に燃え上がり、それがオークの肩から一気に引火する。

「グオオオアオアオアアアアア!!!!」

 胸より上が一気に燃え上がり、オークは顔の炎を消そうと掻きむしる。
 しかし、その炎は一気にオークの顔面を焦がし、熱は喉を焼き尽くす。

 少しして、ドシン! っと激しい音と砂埃を巻き上げ、オークは前のめりに倒れこむ。

 プスプスと黒い煙が立ち上る。動く気配はない。

「――よっしゃあ!」

 リーズは嬉しそうにガッツポーズをすると、剣をしまう。

「やるじゃん」

 後ろからシアが現れ、リーズとハイタッチを交わす。

「やったな、シア。いやあ、ホロウもサンキュー! まさか一人で二体も片付けてくれるなんて!」

 リーズは嬉しそうにこちらへと寄ってくる。
 シアも片手を上げ、俺はそれにこたえるようにハイタッチする。

「そうかな? リーズが弱らせてくれてたからだよ」
「やっぱり?」
「調子乗らないで」

 ガン! っとシアの蹴りがリーズの脛を襲う。

「ぐっ!!」

 リーズは痛そうに足を抑える。

「今日の討伐数的にホロウ君の方が上じゃない? リーダー交代した方がいいんじゃないの~?」

 とシアはニヤニヤした顔で座り込むリーズを煽る。

「う、うるさいな、俺のパーティなんだから俺がリーダーなんだよ! なあホロウ!?」
ここを空白にする

 リーズの目は涙目だ。
 余程足が痛いのか、リーダーを止めたくないのか……。

「あはは、もちろんだよ。さすがに俺にはリーダーは無理だよ」
「ほら!」
「はいはい、ホロウ君は優しくて良かったね」

 二人は仲良さそうにお互いを小突き合う。

「――さっ、素材回収して街に戻ろう!」

◇ ◇ ◇

「いやあ、予想以上だよ!」

 リーズは嬉しそうに笑みを浮かべ酒を一気に飲む。

「まさかホロウがこんなに強いなんて!」

 そう言ってリーズはがっつりと俺に肩を組んでくる。
 完全に酔っ払いである。

「そうそう! 後ろで見ててもかっこいい~って思っちゃったよ! ね!?」
「あぁ、本当凄い剣士だよ」

 シアとオッズも、興奮気味にこちらを見る。

「そ、そうかな……」

 予想以上に褒められてる……なんか恥ずかしいな。
 と俺はぽりぽりと頬を掻く。

 こんなに良くしてくれるなんて思ってなかった。

「でしょ! ホロウは凄いんだから!」

 相変わらずのホロウの代わりに、カスミが立ち上がり胸を張る。

 それにリーズたちも盛り上がり、よっ! っと声を上げる。

「違いないね! ジェネラルオークとの戦闘に向けて前準備としてオーク狩りの依頼をと思って受けた依頼だったけど、正直俺はここまで上手くいくとは思ってなかったよ」
「うんうん、前は二体同時討伐が限度だったわよね」
「へえ、そうだったんだ」

 野生の魔物は飼われている魔物とはレベルが違う。オーク一体でもあの試験時のサイクロプスと同等以上の力があった。

 個体差のあるオークを二体同時……前衛が一人だけのパーティなら善戦出来ている方なのかもしれない。

「俺達四人なら絶対に上手くいく! そう思わないか!?」

 リーズは俺の肩に回す腕に力を入れ、ぐっと顔を寄せてくる。

「うん、俺もそんな気がしてきたよ」
「だよな! ジェネラルオークも圧勝できそうだ!」
「ちょっと、油断して逃げ帰るのだけはいやだからね」
「はは、リーズは勢いは良いけどたまに無鉄砲だからね」

 オッズとシアが悪戯っぽく笑う。

「おいおい、勘弁してくれよ!」

 三人は同じ村出身だという。
 俺の様に小さい頃から修行していたそうだ。だから連携も凄いし、信頼関係も凄い。

 最初は俺なんて入れて大丈夫かと思っていたけど、三人とも良くしてくれる。
 それに、連携もそれなりに上手くいった。こういう経験もたまには良いな。

 魔術が使えないから誰とも一緒には戦えないかと思っていたけど、勘違いだったみたいだ。

「――さて、親睦も大分深まってきたし、次は本番行くか! まずは今日の依頼達成を祝って祝杯だあ!」
「さて、準備はいいか?」

 リーズはギルド前に集まるパーティメンバーに向かってそう問いかける。

「当たり前よ、この日を待っていたわ!」

 とシア。

「リーズについていけば間違いないから」

 とオッズ。

 そして三人ともが俺を見る。

「期待してるぜルーキー! 俺達のパーティの最後のピースだ」

 そう言い、リーズはニカッと笑う。

「そうよ、みんな期待してるんだから。というか、ホロウ君ならやれる!」
「そうだよ、正直リーズより安心でき――」

 とオッズが口走ったところで、リーズのツッコミが入る。

「う、うるせえ! いいか、今回はいつもと違う依頼なんだからな、気合入れろよ!」
「わかってるわよ、これの為のメンバー増強だしね」
「その通り! ここ数日で俺たちは即席パーティではなく真のパーティになれた! オークの討伐も順調だし、連携も申し分ない!」

 確かに、ここ最近の快進撃は凄かった。
 俺たちは前衛2人、後衛2人という完璧なバランスで陣形を組み、ダンジョンを深くまで探索していた。

 ヘルハウンドやオークにはもう殆ど手こずらないようになってきた。
 まだ数が多いとごちゃつくけど、以前ほどじゃない。周りの赤階級と比べても頭一つ抜けているだろう。

『そうね、良いパーティに入れたわね』
「やっぱりそう思う?」
『ええ。仲間ってやっぱり大事だからね。一人で強くなるのも良いけど、仲間と背中合わせで戦う経験っていうのは貴重なものよ』

 いつもよりどこか懐かしむような口調のカスミ。
 いつかの記憶なのだろうか。

「いけるか、ホロウ?」

 リーズがそう問いかける。

「もちろん! 俺なんかを入れてくれてありがとう。絶対役に立ってみせるよ」
「その意気だぜ! それでこそ前衛、いい心がけだ!」
「まあなんかあったら回復してあげるから任せて。安心して骨の一本や二本折れてもいいわよ」
「ちょ、ちょっとシアの回復魔術じゃ骨は治らないんじゃ……」
「あはは、ホロウ君も私にツッコめるようになったわね」

 とみんなが一斉に笑う。

「え、えっと……」
「それだけ仲が深まったって事! 別に馬鹿にしてる訳じゃないわよ」
「そうそう、やっぱもう俺たちは仲間だぜ」
「うん……! ありがとう、がんばろう!」
「この任務が無事終わったら、宴をしようぜ。報酬もすげえからな!」

 こうして俺たちは決起集会をした後、準備を整える。
 とうとう、俺達が最初から狙っていた任務に向かうことになる。

◇ ◇ ◇

 リドウェル近郊の巨大迷宮(ダンジョン)"多層洞窟"。

 その名の通り、多層に連なる洞窟が続いており、その階層は全部で8個ある。

 俺たちは上層にいるヘルハウンドや中層に居るオークをひたすら狩り、徐々に下層へと突き進む。

 既に中層までは事前に来ており(というかこの依頼の為に他の依頼で来ておいたと言ったほうが正しい)、その探索はスムーズに進んだ。

 今回のターゲットはジェネラルオーク。
 このダンジョンのオークを束ねる凶悪な魔物。赤階級四人以上の高難易度任務だ。

 ただ、ジェネラルオーク自体はさほど珍しいものではない。ようはボス猿みたいなもので、各群れに一体はいる魔物なのだ。

『ジェネラルオークは単体での戦闘力はそれほど高くないわ。一番厄介なのは常にオークの群れの中心にいること。その物量で、ソロの冒険者じゃ手を出すのは命取りなの』

 と、カスミは探索中ジェネラルオークについての講義をしてくれる。

「じゃあ、連携が取れないときついってこと?」
『そういうこと。今までリーズたちとやってきたオークはあくまで単体の群れ。けれど、ジェネラルオークは違う。奴が指示を出し、オークが動く。動き方が今までより何段階も統率されれていると思った方がいいわ』

 なるほど……。それがジェネラルオークがパーティでの討伐推奨な理由か。
 確かにソロだと骨が折れそうだ。

 だけど、きっとこのパーティならやれる。
 俺はこの人たちがもう好きになっていた。

 アラン兄さんや、シオンさんにカレンさん。キルルカさんや、セシリア。
 今まで助けてくれたり、一緒に協力したり、良くしてくれる人たちは沢山現れた。
 こんな俺にも、そういう人たちがたくさんできた。

 そして、リーズやシア、オッズも俺のことを尊重し、そして頼ってくれる。
 これがパーティなんだ。

「おらあああ!!」

 リーズが先陣を切り、オークを燃やしていく。
 それをすかさずオッズやシアのサポートにより、援護していく。

「ホロウ! スイッチ行けるか!」

 俺はカスミを握り、ニィっと口角を上げる。

「もちろん! 任せて!」

 俺は一気に跳躍し、オークへ刀を滑らせる。
 真ん中からパックリと切り裂かれたオークが、左右に分かれる。

「さっすが……!」
「次来る! 気を付けて!」
「もちろん!」

◇ ◇ ◇

「ふぅ……そろそろか」

 迫りくるオークの群れを何度か退け、いよいよ最深部――第八層へと到達した。

 今までの階層と明らかに雰囲気が違う。

 ぬめっとした洞窟の岩肌が、手に持った松明の光を反射して怪しく光る。

 ゆっくりと奥へと進んでいき、そして。

「止まれ」

 リーズが右手を伸ばして後続の俺達を止める。

「……居たぞ」
 多層洞窟第八層。

 その深部にて、俺達は息を潜める。

 ぴちゃりとぴちゃりと、どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。
 それに交じり、喉の奥を鳴らしたような低くくぐもった唸り声が聞こえてくる。

 この岩の奥に、今回のターゲットがいる。

「あれだ」

 奥を覗き込むリーズが真剣なまなざしで言う。

 そこには、他のオークの1.5倍はありそうなオークが立っていた。
 その周りには五体のオークが鎮座している。

「あれが……」

 ジェネラルオーク。
 オークを束ねる者。

 身体にはつぎはぎした鎧を身に纏い、手には巨大な斧を携えている。

「武器を持っているね……他のオークより立派な……」
「オーク達が狩りに出かけて、手に入れてきた品をあのジェネラルオークに献上しているんだ。恐らく、冒険者たちの遺品だろうな」
「遺品……」

 途端に、ジェネラルオークの恐ろしさが身体を伝ってくる。
 つまり、意図的にその武器を、防具を用いているんだ。

 今まで戦ってきた魔物とはまた違う。
 ある程度の思考能力を有した魔物。

 ジェネラルオークは、ぎょろっとした巨大な目で辺りを見回している。
 恐らく俺たちが来たこと自体は何となくは把握しているのだろう。匂いなのか音なのかはわからないけど。

『緊張してきた?』

 カスミはいつもの調子ではなしかけてくる。

『当たり前だよ。サイクロプスのときは平気だったけど……なんというか、個のジェネラルオークには圧を感じる』
『当然ね。あれは本物の魔物だもの』
『本物……?』
『そう。生死を掛けた戦いを何度も潜り抜けて、生き残ってきたオーク。試験のために用意されたり、ヘルハウンドやオークのようにすぐ死ぬ存在でもない。経験を積んだ魔物よ』

 経験を積んだ魔物……。
 そうだ、単純な話だ。魔物だって生きているんだ。単純だけど、忘れていたことだ。

 つまりあのジェネラルオークは、百戦錬磨の怪物ということだ。

『ふふふ』
『な、なんだよカスミ』
『いや、昔のホロウを思い出してね。最初私と一緒に大きな魔物を倒した時もそんな感じだったなと思って』
『そ、そりゃそうだよ! 俺には魔術も使えないし……』
『でも、代わりにホロウにはすんごい強い剣の才能と、私が居るわ』

 今は刀の姿で見えない。
 けれど、俺の目にははっきりと胸を張りふふっと笑みを浮かべるカスミの姿が見えた。

 カスミはいつだって俺を信じてくれる。

『――そうだね、ありがとう。俺は最強の剣士を目指してるんだ。経験を積んでいるのはこっちだっていっしょさ!』
『その通り!』

 覚悟は決まった。

「――ホロウ、やる気満々みたいだな」

 リーズが俺の方を向いて意外そうに言う。

「もちろん。今までの成果を見せる時がきた。みんなを絶対に勝利に導くよ」
「な、何格好つけてるのよ。わたしだってそのつもりよ」
「はは、何さっきまで下向いてちょっと震えてたくせによ」
「なっ!」

 シアは恥ずかしそうに少し頬を赤らめる。バンとリーズを叩く。

「痛っ! おい、バレるだろ!」
「ご、ごめんつい……」
「この調子なら問題なさそうだ」

 俺たちはお互いに顔を見合わせる。

「さて、ジェネラルオーク狩りといこう」

 リーズは真剣な顔つきになると、作戦を説明する。

「ジェネラルオークは奥に一体。その周りにオークが五体居る。いままでのオークだったら正直そこまで手こずらないが、ジェネラルオークの側近と見るべきだろうな」
「個体差としては他のオークより強いってこと?」
「多分な。それに、彼らは恐らくジェネラルオークの指示に忠実に従う兵士だ。今まで以上の連携プレイを見せてくるだろう」
「厄介ね……」
「だから、敢えてその連携を逆手に取る」

 リーズはにやっと笑みを浮かべる。

「ホロウ」

 リーズは俺を見る。

「ジェネラルオーク、やれるか?」
「もちろん」
「いい返事だ。今回の美味しいところはくれてやるぜ」

 そう言いながら、リーズは地面に絵をかいていく。

「オッズ、あの脇道の先に魔物はいるか」
「ちょっと待ってね」

 オッズは索敵魔術を使い、ぐぐっと敵の反応を探る。

「――居ないね」
「よし。いいか、まずシアとオッズはジェネラルオークの前に飛び出す。そうすると、多分奴の指示で一体か二体、俺達に向かってくるだろう。それを引き連れて、あの小部屋に入る。釣りするって訳だ。二人なら少しの間時間を稼げるだろ?」
「もちろん」
「なるほど、ジェネラルオークから引き離せば、連携は機能しない!」
「その通り!」

 上手いこと考えるなあ、リーズ!

「その後、今度は俺が飛び出す。残りのオークは三体。これを引き連れて、俺は小部屋へと合流する。これで、ジェネラルオークは一体だけになる」
「そこで俺が戦う……ってことか」
「その通り。もちろん、オークを五体片づけたら合流する。それまで耐えてくれってことだ」

 確かに、これならいけるかもしれない。
 やっかいなのは周りのオークとの連携。それを引き離して別々で戦うなら、やり易さは段違いだ。

「任せてよ。ただ、リーズが戻ってきた頃にはジェネラルオークはもう倒れてるかもしれないけどね」
「ふっ……はは! 生意気言いやがって!」

 そう言って、リーズはわしわしと俺の頭を撫でる。

「な、なんだよー!」
「へへ、頼もしいって話だ。期待してるぜ」
「うん!」

『いいメンバーね。これなら、全然想定――』

 と、一瞬カスミの言葉が途絶える。

『カスミ……?』
『う、ううん。気のせいかな……』
『大丈夫?』
『うん。今はジェネラルオークに集中しましょう』

 そうして、俺達のジェネラルオーク討伐が始まろうとしていた。