36. 誓いのチュー!



 やがて土埃が晴れてくると、上空に巨大なものがそそり立っている様子が浮かび上がってくる。

 見上げるとどこまでも、宇宙までも続いているかと思われる巨木だった。幹の太さはそれこそ十キロはありそうである。雲の上から張り出した枝は大空を覆い、その荘厳な姿はまるで巨大な島が浮いているかのようだった。

 高さ数十キロ、富士山の十倍にもなろうという巨大な樹木は、伝説にうたわれた、天を支えるという世界樹そのものだった。



「うはぁ……」

 和真はその威容を見上げ、絶句する。

 さっき落ちてきた枝のようなものは根だったのだ。大地深く打ち込まれた巨大な根はこの壮大な樹木をしっかりと支えている。

 上の方はかすんで見えないスケールであり、登っていったら大気圏は超えてしまいそうだ。

「どう? 気に入った?」

 シアンはニコニコしながら言う。

「あっ……はい……」

「この中に魔法の世界を作ればいいね」

「……。頑張ります」

 和真は思い付きで招いた事態に圧倒されていたが、神様の仕事というのはこういうことなのかもしれないと思いなおし、ギュッとこぶしに力を入れた。

「パパ! 芽依! 手伝ってくれる?」

 和真は振り返って聞いた。

「そりゃぁもちろん」「任せて!」

「あら、ママだって手伝うわよ? 応援専門だけど!」

 ママは屈託のない笑顔で嬉しそうに笑う。

 和真はちょっと照れながら、

「ありがとう、みんな」

 と頭を下げた。



        ◇



 それから三年が経った――――。



「和ちゃん、どう?」

 純白のウェディングドレスに身を包んだ芽依は、はにかみながら聞いた。

「うわぁ……」

 思わず見とれてしまう和真。

「ふふーん。惚れ直した?」

「最高だよ……」

 和真はそっと芽依を抱き寄せる。

「あー、ダメじゃ! ダメじゃ! お化粧が崩れる!」

 紅いドレスに身を包んだ金髪おかっぱのレヴィアが制止する。



 ここはEverLandの森の中に特別に建てられたチャペルの控室。今日は二人の結婚式なのだ。



          ◇



 和真はチャペルの壇上に呼ばれ、スタンバイさせられる。牧師役としてシアンがクリーム色の法衣を纏い、ニコニコしながら会場を見ている。

 まだ八歳のシアンにやらせるのは不安があったが、『やる!』と言うシアンを止められる人などいなかった。下手に断るとまたシーライオンに乗って乱入してくるかもしれないのだ。

 チャペル内には両家の親族が呼ばれているが、秘かに転送されてきた彼らはここがどこだかわかっていない。彼らの世間話が静かなチャペル内に響き、和真はそれを穏やかな顔で眺めていた。



 ブォ――――!

 パイプオルガンの和音の重低音がチャペルに響き渡り、いよいよ式が始まった。

 結婚行進曲が厳かに演奏され、正面のドアがギギギーっと開いていく。

 まず、タニアがバスケットいっぱいの花びらをばらまきながら入場してくる。可愛い幼女がプニプニのほっぺで笑顔を振りまき、参列客のほほを緩ませていく。

 続いて芽依と、芽依の父親が赤じゅうたんの上を歩きながら入ってきた。



 ゆっくりと歩きながら、親族の祝福を受けつつ、芽依は幸せいっぱいの笑顔を振りまいている。

 そして、壇上に上がってくる芽依。



「みなさん、今日はおめでとう! これから和真君と芽依ちゃんの結婚式を始めマース!」

 シアンは元気いっぱいに右腕を高く掲げると、嬉しそうに開式を宣言した。

「和真君! 芽依ちゃんを一生大切にするかい?」

 シアンはクリっとした鮮やかな碧眼で和真の目をのぞき込むように聞く。

 そのフランクな口ぶりにちょっと不安を感じながら、和真は、

「もちろんです!」

 と、胸を張った。

「浮気はダメだぞ?」

 鋭い視線でにらむシアン。

「そ、そんなことしません!」

「絶対?」

「絶対!」

「よろしい!」

 シアンは満足そうに笑い。会場にはクスクスと笑いが上がる。

「芽依ちゃん! 和真君でよかった?」

「えっ!?」

「芽依ちゃんモテるでしょ? 他にもいい人、いっぱいいるんじゃ?」

「いい人は和ちゃんしかいません!」

 芽依は憤慨しながら言った。

 シアンは嬉しそうにうんうんとうなずく。



 二人は指輪交換をする。表参道に行って二人で選んだお揃いの金のリングだ。



「それでは誓いのチュー!」

 シアンは最高の笑顔で腕を高々と掲げた。

 和真も芽依も苦笑して、見つめあう。

 ベールをゆっくりと持ち上げる和真。

 目をつぶり、上を向く芽依。

 和真の脳裏に芽依との思い出が次々と浮かんでくる。おてんば娘の芽依とプールのウォータースライダーで一緒に滑って自分がおぼれかけ、芽依に引っ張り上げてもらったこと、その後チューアイスを二つに割って分け合ったこと、カブトムシを一緒に捕りに行って捕まえられずに()ねてる芽依に自分のをあげたこと、そんな無数の思い出が湧きだしてきて和真はつい涙ぐんでしまう。

 そうやって積み重ねてきた大切な思い出たちの上に僕らはいるのだ。それらは温かい輝きを放ちながら二人を結びつけ、そして今、多くの参列客と神様たちに見守られながら新たな人生を一緒に歩き出していく。

 和真は軽く目じりをぬぐうと、芽依のぷっくりとしたイチゴのような唇にそっと近づき、優しく重ねる。

 うわ――――! わ――――!

 歓声が起こり、パチパチパチパチと拍手がチャペルに響き渡った。



「これで、二人は夫婦として認められました! おめでとう!」

 シアンはそう言って二人の背中をパンパンと叩いた。



 ブォ――――! っとひときわ力強く結婚行進曲がチャペルに響き渡る。

 幸せいっぱいの笑顔で見つめあう二人。
 幼いころからずっと一緒で、けんかもいっぱいしてきた。でも、今、怒涛のような日々を超え、ついに夫婦となったのだ。













37. 限りなくにぎやかな未来



「では、ここで、和真君たちの職場見学をしてみましょう!」

 シアンはいきなり段取りに無いことを言い出し、嬉しそうに高々と右腕をあげた。

「へっ!?」「はぁ?」

 唖然とする二人を気にすることもなく、シアンはパチンと指を鳴らす。すると、チャペルの白い壁がいきなりガラスのように透明になった。そしてゆっくりと浮かび上がるチャペル。

「えっ!?」「ひぃ!」

 事情を聞かされていない親族たちは思いっきり焦る。空飛ぶチャペルなんて聞いたこともないのだ。

 やがてチャペルは森の木々の上に出る。そして、姿を現した宇宙まで続く壮大な世界樹。澄み切った綺麗な青空、真っ白な雲のはるか上空にかすみながら広がる広大な枝ぶりに親族たちは驚き、言葉をなくす。

「あれが世界樹、二人の職場デース! ちなみに僕が植えたんだゾ」

 まるでバスガイドみたいにノリノリのシアン。



 チャペルは高度を上げながらどんどん加速し、世界樹へと突っ込んでいく。

 ぐんぐんと近づいてくる世界樹に親族たちはざわめき始める。

 やがて雲を突き抜けると、チャペルはすさまじい速度で世界樹へと突っ込んだ。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 悲鳴が上がったが、チャペルには何の衝撃もなく世界樹の中の魔法の世界へと入っていく。

 そこは巨大なマーケットだった。

 中心部は吹き抜けとなっており、周りにはフロアがずらりと並び、メタバースそのものとなっている。

 あちこちに配された魔法のランプがゆらゆらと炎を揺らし、温かい空間を演出している。行きかう人たちは見たこともない民族衣装だったり、ファンタジーのコスプレのような格好をしている。

 彼らはここで情報やコンテンツを売買し、勉強をし、ディスカッションをしているのだ。それは、今まで閉塞的で文化の発展のなかったこの星には考えられない事態だった。



 ポカンとしながらその様子を眺めている親族たちに、和真は言った。

「国や利権構造が関与できない自由なマーケットを作り、運営しているんです」

「こ、ここはどこなのかね?」

 芽依の父親が聞いてくる。

「ここはEverland。僕と芽依の星です」

「ほ、星ぃ?」

 目を丸くする父親。

「そう、僕たちは神様なんです」

 和真はニコッと笑って芽依を引き寄せた。

「か、神様……?」

 ITの仕事をしていると聞かされていたのに、実態は神様だという。一体神様とは何なのか? 父親は言葉を失った。

「芽依ちゃん、今度ゆっくり教えてね」

 芽依の母親はそう言うと茫然自失としている父親を椅子に座らせた。



 と、その時だった。



 ヴィ――――ン! ヴィ――――ン! 

 けたたましいサイレンがチャペル内に鳴り響き、赤いランプがあちこちで明滅した。



「テロリストだわ!」

 芽依が青い顔で叫び、空中に画面を広げ、ウェディングドレス姿でパシパシと画面を叩く。そして、表示を目を細めてにらむと、和真に向けて言った。

「テロリスト三名、南極上空から侵入! こっちに来るわ! 到達まであと四十五分!」

「ほいきた! 任せとけ!」

 和真は空間の裂け目から『五光景長』をスラリと引き抜くと、大きく息をつき、ブゥンと青白く光らせた。

「こちらが夫婦初めての共同作業になりまーす!」

 シアンはおどけてそう言うと、チャペルを操って、世界樹から外に出る。



「じゃあ、ちょっと行ってくるよ!」

 和真はそう言って、芽依の手を取る。

「気を付けて……ね」

 心配そうに眼に涙を浮かべる芽依。

「大丈夫、待ってて!」

 和真はそう言ってニコッと笑うと、軽く口づけをした。



 するとバサッバサッという音が響き、金色の巨大な生き物がチャペルのすぐそばに現れる。

 まるで恐竜のようないかつい鱗に覆われたその巨大生物は、広大な翼をはばたかせながらぎょろりと真紅の瞳でチャペルの中をのぞいた。

 うひゃぁ! ひぃ!

 その見るも恐ろしい姿に親族たちは恐怖に震える。

 

「皆様すみません、緊急事態なので行ってきます!」

 和真はそう言うと、窓からピョンと飛びおり、ドラゴンの後頭部のとげ状の鱗をつかみながら乗った。

 親族たちはいったい何が起こったのか皆目見当がつかず、呆然としている。白いタキシード姿の新郎が巨大な金色のドラゴンに乗っている。それはまるでファンタジーの世界の出来事のようでとても現実とは思えなかったのだ。



「マッハ十で行くぞ!」

 ドラゴンは重低音の声を響かせる。

「了解!」

 直後、ドン! という衝撃音を残し、ドラゴンはかっ飛んでいった。

 見る見るうちに小さくなるドラゴンを見つめながら、芽依は両手を組んで祈る。



 小さくなるチャペルを振り返りながら、和真はこの数奇な運命を感慨深く思っていた。

 もし、あの時、ヘアクリップが落ちてなかったら、原宿でレヴィアを見つけてなかったら、今でもあの閉め切った暗い部屋で引きこもっていただろう。よどんだ空気に押しつぶされ、出口のない迷路をさまよい続けていたに違いない。

「レヴィア様、ありがとう」

 和真はドラゴンの鱗にほほ寄せて言った。

「なんじゃ、いきなり。浮気はいかんぞ?」

「結婚式の日に何言うんですか! 純粋に感謝してるんです!」

「そうか、そうか、お主もようやく我の偉大さに気づいたか! カッカッカ」

「いや、本当に感謝しています」

 和真は目をつぶり、湖で初めてドラゴンを見て逃げた時のこと、レヴィアがミィを連れてきた時のことを思い出す。そして、金星で服を脱がし、脱がされたことも思い出し、くすりと笑った。

「なんじゃ?」

「そう言えば、初恋の方ってどんな方なんですか?」

「な、何を言い出すんじゃ! 落とすぞ!」

 レヴィアは動揺し、声が裏返る。

「僕に似てるんでしょ?」

「なっ! 全然! ぜーんぜん、似とらんわ!」

「本当に?」

「あ――――うるさい! ほれ! 敵襲十時の方向! 早く撃て!」

 和真はクスリと笑うと、目をつぶって敵の情報を集め、

「うーん……、射程距離まで後十秒!」

 そう言って、大きく息をつき、芽依に対する想い、この星に生きる全ての者への想いを五光景長に載せる。みんなの未来を穢そうとする者は排除する、それがこの星の神としての勤めなのだ。

 ぶわぁっと刀身に浮かび上がる青色の幾何学模様。

 直後、敵が発砲し、オレンジの鋭い光が走った。レヴィアはひらりと巧みにその光跡をギリギリでかわす。

「一閃!」

 和真は鋭く刀を振り、光の刃は青白い光を放ちながら軽やかに宙を舞った――――。



 その後、EverLandは驚異的な発展を遂げ、世界樹による世界構築の試みは宇宙の歴史に深く刻まれることになる。

 そのお話はまた別の機会に……。



 了