31. にゃんこ先生の真実



「今回も引き分けとしようじゃないか」

 ゲルツは器用にくるくるっと短剣を回すと言った。

「それはならん。この空間ごと抹消する」

「ふーん、この娘がどうなってもいいんだ」

 そう言うとゲルツは芽依のブラウスを引き裂いた。

「いやぁ!」

 白い肌があらわにされ、芽依は何とか逃げようと身をよじる。

「動くなって言ってんだろ!」

 ゲルツは乱暴に短剣で芽依の腕をぶすりと刺した。

「うぎゃぁぁ!」

 芽依の叫びが部屋にこだまし、噴き出した鮮血が芽依の白い肌を赤く染めた。

 なっ!?

 和真はその鮮烈な赤色に脳髄が揺れるのを感じた。

 鼻の奥がツーンとしてくる。



 カチリ。



 心の中で何かのスイッチが入る。視野がぐんと暗く、狭くなった。

 その直後、和真の中で稲妻のような衝撃が走り、全てが繋がる。湧き上がってくる芽依への想いが和真の心の奥底のコアと共鳴し、全てがクリアになったのだ。

 ゾーンに入った和真には全てがスローモーションに見える。わめいて威嚇するゲルツ、泣き叫ぶ芽依。全てがゆっくりと流れている。

 そして、無表情のまま空間を裂き、静かに五光景長を引き抜く。

 ずしりとした重みのある五光景長はすでに青白い光を帯び、電子回路のような幾何学模様は和真の心拍に合わせて脈動している。

「小僧――――、無駄なあがきは――――止めろ――――」

 スローモーションの中であざけるゲルツ。

 和真は意に介さず上段に構え、ゲルツを見据えるとただ無心にブンと振り下ろした。

 その瞬間、五光景長は激しく輝き、その美しい刀身から光の刃が姿を現し、きらびやかな光を放ちながら軽やかに飛んだ。

 和真の想いを載せた刃は虹色のシールドをパキンと貫通し、そのままゲルツを真っ二つに切り裂く。

「バカな! ぐぁぁぁ――――!」

 断末魔の叫びをあげながら崩れ落ちるゲルツ。

 『全てを斬れるチート武器』というシアンの説明は正しかった。五光景長は金星よりもさらに根底のレイヤーのとんでもない代物らしい。



「芽依!」

 和真はダッシュして芽依に抱き着いた。

 このかけがえのない存在は決して失ってはならない。和真は無心でギュッと抱きしめる。

「和ちゃん! うわぁぁぁん!」

 芽依は涙をポロポロとこぼしながら和真の胸に顔をうずめ、和真はやさしく芽依の髪をなでた。



「バカ! まだじゃ!」

 レヴィアが叫んだ。

 ゲルツが身体を(うごめ)かせていたのだ。なんと、真っ二つに切られたのにまだ動いている。

 レヴィアはすかさず衝撃波をゲルツに向けて放つ。

 しかし、一瞬遅く、

「貴様も……道連れだ!」

 そうわめいてゲルツは短剣を和真に放った。

「うわっ!」

 和真は回避が間に合わず、もう駄目だと思った瞬間、目の前を黒猫が(さえぎ)った――――。



 ザスッ! と嫌な音が響き、ミィが床に転がって、辺りにふわふわの綿がバラバラとばらまかれていった。



「ミィ!」

 和真が駆け寄ると、ミィは真っ二つに切り裂かれ、ビクンビクンとけいれんを起こしていた。

「ゴメン! ミィ! ミィ――――!」

 泣き叫ぶ和真にミィがか細い声で言った。

「泣くな……。実は、もう契約終了……なんだ」

「え? 契約……?」

 するとミィの体は徐々に大きくなり、やがて人間の男性になった。なんとそれは和真のパパだった。

「パ、パパ?」

 あまりに事に唖然とする和真。

「お前と過ごせたこの数か月……、楽しかった。芽依ちゃんを大切に……。ママを……頼んだ……よ」

 するとパパの体はすぅっと薄くなっていき、やがて消えていった。

「パ、パパ――――!」

 和真は号泣した。

 ずっと一緒に親身にサポートしてくれていた黒猫。時には厳しく、時には楽しく、寝食を共にしながらテロリストを一緒に追い詰めた優秀なにゃんこ先生、それがまさかパパだったなんて全く気が付きもしなかったのだ。

「パパぁ……」

 あまりのことに和真は崩れ落ち、人目をはばからずに泣いた。

「悪かったな。規則で正体は明かせんかったんじゃ」

 レヴィアは優しく和真の背中をさすった。

「うわぁぁぁ!」

 覚えの悪い自分を、優しく愛情をこめてどこまでも付き合ってくれた優しいにゃんこ先生、それは親の愛だったのだ。無償の愛を当たり前のように受けて甘えていた自分。もう、お礼を言うこともできない。

 仇を討ったと思ったのに、またも死なせてしまった。いったい自分は何をやっているのか。

 自分のバカさ加減に呆れ果て、和真はポロポロと涙をこぼした。















32. 秒速二十キロメートル



 芽依がそっと和真をハグした。

 打ちひしがれる和真を温かい体温と柔らかな香りが包んでいく。

 ひとしきり泣いて、和真は大きく息をつくと、レヴィアに聞いた。

「パパはどうなるんですか?」

「それが……、ファラリスの(くさび)で殺された者がどういう扱いになるかは我もわからんのじゃ……。我の権限ではもうどこにいるかすらわからん」

 レヴィアは申し訳なさそうにうつむく。

「そ、そんな……」

 と、その時だった。ズン! という衝撃音が外で響いた。

「なんじゃ?」

 窓に駆け寄ったレヴィアは目を皿のようにして固まった。

 なんと、そこには身長一キロメートルはあろうかという巨大な水のゴーレムが天を()くようにそそり立っており、ゆっくりと塔を目指して歩いていたのだ。一歩進むたびに大波が立ち、激しいしぶきが立ち上っている。

「な、何ですか? あれは?」

 和真は急いで涙を手で拭うと聞いた。

「分からん。ゲルツが死んだ時に起動するように仕掛けされていたんじゃろう」

 レヴィアは試しに衝撃波を放ってみたが、水は飛び散るものの全くダメージになっていなかった。スカイツリーよりはるかに高いその巨体は多少の攻撃では全く効きそうにない。

 ゴーレムは燦燦(さんさん)と輝く陽の光をキラキラと反射しながらゆっくりとその巨体をねじりながら一歩ずつ迫ってくる。

「そいやー!」

 和真は五光景長の光の刃を放ったが、バシュンと音を立てて通過するだけでダメージを与えられなかった。

「こりゃダメじゃ! 逃げるぞ!」

 そう言ってレヴィアは腕をあげたが……、何も起こらなかった。

「へっ!?」

 焦って何度も繰り返すが、ワープはできなかった。

「くぅ! ゲルツめ! 空間をロックしやがった!」

 慌てて空中に画面を開き、パシパシと叩き始める。

「あ――――! こんな時にミィがいればのう……」

 レヴィアはボヤき、和真はため息をついてうなだれた。



 そうこうしているうちにもゴーレムは迫る。

「ゴーレムがもうすぐそこよ!」

 芽依が青くなって叫ぶ。

「分かっとる! が、うーん……」

 冷汗を垂らしながら画面をパシパシと叩き続けるレヴィア。



 その時だった。

「きゃははは!」

 聞き覚えのある笑い声が響き、激しい輝きを放ちながら流れ星がゴーレムを貫いた。秒速二十キロを超える超超高速で突っ込んだエネルギーは莫大で、ゴーレムの大半は一瞬にして蒸発し、大爆発を起こす。

 激しい衝撃波が大地震のように塔を揺らし、和真たちは立っていられなくなって床に転がった。

「な、なんだこりゃぁ!」

「なんだって、あのお方しかおられんよ……」
 レヴィアは諦観したように言った。

 直後、バケツをひっくり返したように多量の水が塔に降り注ぎ、塔は地響きをたてながら揺れる。

 そして、部屋に流れ込んでくる水に乗ってシアンがやってきた。

「うぃーっす!」

 青い髪からはしずくをポタポタとたらし、いつも通り上機嫌で右手を上げている。

「お、お疲れ様です」

 和真は頭を下げ、レヴィアは苦笑いで迎えた。

「少年! 五光景長を使いこなせたじゃん、偉い偉い! きゃははは!」

「あ、ありがとうございます。想いというのが何かわかった気がします」

「うんうん、いい娘じゃないか!」

 そう言ってシアンは芽依の肩をポンポンと叩く。

「えっ?」

 芽依はポカンとしている。

「式には呼んでおくれよ!」

「し、式って何の式ですか? まだ始まってもいないのに!」

 和真は顔を真っ赤にして言った。

「そんなことより、パパを……、パパがどうなってるか教えてもらえませんか?」

 絞り出すようにそう言って、恐る恐るシアンを見る。レヴィアにすらどうしようもないレベルの話ではもうシアンに頼る以外ない。

「え? パパ? 聞いてみたら?」

 そう言うと、シアンは腕を振り下ろした。ボン! と煙が上がる。

 煙が晴れていくとそこには男性がいた。

「へ?」

「あれ?」

 なんと、それはパパだった。パパも和真もお互い顔を見合わせて固まる。

「パ、パパ――――!」

 和真はパパに抱き着いた。

 そして、人目をはばからずに号泣する。

 パパは呆然としながら和真の背中をポンポンと叩いた。

 数か月間、寝食を共にして世話をしてきた愛しい息子。何度本当のことを話そうと思ったことか。

 そして突然の別れ。息子の命と引き換えなら安いものではあったが、命のスープへと溶けていく流れの中で後悔が胸をチクチクと痛めていたのだった。もっと早くカミングアウトして、親子の会話をしておきたかったと。

 和真のギュッと抱きしめる力の強さに安堵を覚え、パパも和真をギュッと抱きしめた。

「僕、頑張ったでしょ?」

 和真は涙声で言った。

「おう、自慢の息子にゃ」

「何それ、もう猫の真似しなくていいよ」

「そうだにゃ……じゃないくて、そうだな……。うーん、慣れんな」

 はっはっは。

 和真は笑い出し、パパもつられて笑った。

 二人の笑い声は部屋に響き、温かい空気が一行を包んだ。

















33. 虹色の宇宙の根源



「ヨーシ! 祝勝会だ! 肉食いに行くぞ――――!」

 シアンは嬉しそうに腕を上げ、

「肉肉~!」

 と、芽依も真似て腕を上げた。

「え? あの、自分はこのまま暮らしていいんです……か?」

 パパは恐る恐るシアンに聞いた。

「ん? いいんじゃない? いい活躍だったわ。レヴィちゃん、手続きよろしく」

「分かりました! 良かったな、お主ら」

 レヴィアは目に涙を浮かべながら、二人の肩をポンポンと叩いた。



         ◇



 パパはママに会いたいというので自宅に送り、一行は恵比寿の焼き肉屋にやってきた。

「さーて、飲むぞー!」

 シアンは席に着くと、腕まくりして気合いを入れる。

「お酒ってそんなに美味しいんですか?」

 和真は不思議そうに聞く。

「そりゃあもう! 世界で一番高い飲み物も酒だからね」

「でも、酒の味が分かるにはそれなりの年季がいるぞ」

 レヴィアはニヤッと笑う。

「え? シアン様って五歳ですよね?」

「ふふーん、それは地球時間でね。僕という存在は全宇宙に広がっているから、もはや無限とも言える時間を生きているんだよ」

「広がる? 無限……?」

 和真は理解の限界を超えてしまう。

「それって……、シアン様は全宇宙のあちこちに同時にいるってことですか?」

 芽依が興味津々に聞く。

「ほほう、君はわかってるな」

「そうなると、単なる仮想現実とかではなく宇宙の根源に関わる話……になりませんか?」

 シアンはニコッと笑うと、両手を向かい合わせにして、ほわぁと気合を込めた。

 やがて手の中に虹色に鮮やかに輝く点が現れる。

「これが宇宙の根源だよ」

「は?」「へ?」

 和真も芽依も意味が分からず困惑する。

 焼き肉屋のテーブルの上で輝く点が広大な宇宙の全ての根源だというのだ。飛躍しすぎて全くついていけない。

「これ、パンと叩いて潰したら宇宙滅亡しちゃうんですか?」

 芽依が穏やかじゃないことを聞く。

「やってみる?」

 ニヤッと笑うシアン。

「シアン様、そういう物騒なのは困りますよ!」

 レヴィアは冷汗を浮かべながら叫んだ。

「なんで点が宇宙の根源なんですか?」

「うーん、要は縦横高さって大きさも結局は情報で、情報そのものは無次元なんだよね。中身はこんなだよ」

 シアンがパチンと指を鳴らすと、輝点から虹色の輝くリボンがブシューっと噴き出してきた。

 うわぁ!

 驚く和真たちをしり目にどんどん噴き出してくるリボン。やがて部屋の中はリボンで埋め尽くされていった。

「あれ? これ、数字だわ……」

 芽依がリボンを観察しながら言った。

「本当だ……1と……0だ」

 和真はリボンにびっしりと書かれた1010001010111010100101010といった数字列に見入る。数字は赤、青、緑と色を変えながら次々と書き換わっていく。それはまるで芸術品のような精緻な美しさを放ちながら何かを表していた。

「宇宙は無数の1と0の集積でできてるってことだよ」

 ニコッと笑うシアン。

「これ? 本物……ですか?」

 和真が見とれながら聞くと、

「本物さ、例えば……」

 と、言いながらシアンは数字を書き換えた。

 すると、隣でレヴィアが食べようとつまみ上げた肉がいきなり、ボシュー! と音を立てて燃え上がり、

「うわぁ! アチャチャ!」

 と、放り出した。

 テーブルの上を点々と転がりながら炎上する肉。

「ほらね、リアルでしょ?」

 シアンはドヤ顔で言った。

「ちょっと! シアン様困ります!」

 シアンは前髪をチリチリに焦がしながら怒る。

「おぉ、レヴィちゃん、ごめんごめん!」

 シアンは大げさにハグをして、レヴィアのプニプニのほっぺたに頬ずりをする。

「うわぁ! シアン様、ダメですって!」

 真っ赤になってワタワタするレヴィア。

 シアンはそんなレヴィアの姿をチラッと見て嬉しそうにすると、前髪に手を当て、

「はーい、動かないで」

 と、焦げたところを直していった。

 和真は可愛い女の子たちがじゃれあう姿にちょっとドキドキしながら、この宇宙のとらえどころのない不思議さに言葉を失っていた。

 この世界はコンピューターで作られており、さらにそのコンピューターも他の世界のコンピューター上でシミュレートされ動いている。そしてそのコンピューターも……と、連なった先がこの光の点だという。

 和真は大きく息をつき、芽依を見る。芽依は嬉しそうに光のリボンを手に取って移り変わる数字を眺めていた。



 その時、ガラッとドアが開いた。

「ジョッキお持ちしましたー! えっ?」

 店員は輝く虹のリボンに埋め尽くされた店内に驚く。

「あら、ごめんね」

 シアンはそう言うと両手でパチンと輝点を潰し、虹のリボンはすうっと消えていった。

「えっ!?」

 芽依は驚き、そっと和真の方を向くと、首をかしげた。



















34. 幻彩詠香江



 シアンはジョッキを高々と掲げて嬉しそうに言った。

「それでは、勝利を祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」「乾杯!」

 和真と芽依はウーロン茶のグラスをカチンとぶつけた。

 シアンとレヴィアは一気に飲み干して、次のジョッキに手をかける。

「んで、どうすんの? この仕事続ける?」

 シアンはジョッキを傾けながら和真に聞いた。

「そうですね、僕にも守りたい存在ができたので、ぜひ」

「守りたい存在?」

 芽依はけげんそうに和真を見る。

「ふふーん。その辺りはっきりしないと」

 シアンはニヤッと笑った。

「え? 今ですか?」

「今でしょ!」「今でしょ!」

 シアンとレヴィアが仲良くハモる。

 和真は芽依をチラッと見てポッと赤くなって言った。

「いや、それはこんな焼き肉屋じゃなくて、もっとムードあるところじゃないと!」

「ムード? 例えば?」

 和真は両手を広げながら、

「なんかこう、綺麗な夜景がブワ――――っと広がっているような……」

 と説明していると、目の前にはゴージャスな夜景が広がった。

「へっ!?」

 唖然とする和真。どこかの高層ビルの屋上に転送されていたのだ。

 南国特有の湿気を含んだ風がほほをなで、港の向こうには超高層ビル群が煌びやかなライトアップをされて並んでいる。

「何なのこれ!?」

 隣で芽依が驚いている。

「こ、これは……」

 和真は辺りを見回して、派手な漢字の看板が並んでるのを見つける。どこかで見覚えがあると思っていたら、香港だった。

 ビクトリアハーバーの向こう側には高さ五百メートル近いスカイ100の摩天楼をはじめ、華やかな輝きを放つ高層ビルがずらりと立ち並んでいる。

「うわぁ、素敵ねぇ……」

 芽依は瞳にキラキラと夜景を映しながらうっとりしている。

 和真はそんな芽依の美しい横顔に見とれ……、そして、苦笑をすると大きく息をつき、芽依の手を取った。

「あ、あのさぁ、芽依?」

「な、なに?」

 ちょっと構える芽依。

「今回のことで、俺、気づいちゃったんだ」

「……。なにを?」

「俺、芽依を失うことに耐えられないんだ……」

「……」

「失うかもしれないと思った時、自分の全てをなげうってでも守りたいって……、思ったんだ」

 芽依はうつむき、ギュッと手を握り締めた。

「だから……、ずっと……、そばにいさせてほしい」

 芽依は下を向いたまま動かなくなった。

「ダ、ダメ……かな?」

 芽依はふぅと大きく息をつき、ぽつりぽつりと話し始めた。

「実は……、私……、謝らなきゃいけないことがあるの……」

「えっ!? な、何?」

 予想外のただ事ではない雰囲気に和真は心臓がキュッとする。

「和ちゃんが不登校になる前、事件があったじゃない。あれ、私のせいなの……」

「えっ?」

 高校に入りたての頃、和真は同級生に囲まれて小突き回されたことがあった。

『お前、何スカしてんだよ?』『一匹狼気取りかよ!』『目障りなんだよ! てめーは!』

 そんな罵声を浴びせられながら理科準備室で代わる代わる蹴られたのだ。そして、その事件を機に登校をやめてしまっていた。

 当時、パパを死なせたことによるすっきりとしない重苦しい気持ちの中で、人付き合いが億劫(おっくう)となって浮いていたので、それが原因だと思っていた。

「あの男子たち、なんか私の親衛隊なんだって。頼みもしないのに勝手に応援してるらしいの。そして、私が和ちゃんに声かけて、和ちゃんが素っ気ない態度をしてたから彼らの憎悪を煽ったらしいの……」

 はっはっは!

 つい、和真は笑ってしまった。

「な、何がおかしいのよ!」

「そんなの芽依のせいじゃないじゃないか」

「いや、でも……」

「俺が上手く人付き合いしてたらそんなのうまくかわせてたはずなんだよ。結局は生き方が定まってない自分のせいさ」

「和ちゃん……」

 芽依はギュッと和真の手を握った。

「そんなの気に病むなよ。俺がこうやって苦難を乗り越え、生きる道を見出せたのはすべて芽依のおかげさ。そして、その道をぜひ一緒に歩いてほしいんだ」

 和真は真剣な目で芽依の顔をのぞき込む。

「いつの間に……」

「えっ?」

「いつの間にそんなに大人になっちゃったのよ」

 芽依はちょっと膨れる。

「ダメかな?」

 芽依はしばらく目を閉じて考える。

「メタバースを始めたのも、NFTを売り始めたのも……」

「え?」

「みんな和ちゃんのことを考えてのことだったのよ」

 芽依は和真をチラッと見る。

「そ、それは……」

「引きこもりでも自立できるじゃない」

「え? それじゃ、俺のために頑張ってたの?」

「そうよ、だって……、責任感じてたんだから……」

 芽依はそう言ってうつむく。

 和真はそっと芽依のほほを撫で、顔を上げさせると、

「ありがとう……」

 と、言って芽依の目をじっと見つめた。芽依も見つめ返す。

 キュッキュッと芽依の瞳が動き、夜景の輝きが煌めく。

 すると、芽依は急に背伸びをするとチュッと和真の唇を奪った。

「えっ?」

 いきなりのことに驚き、固まる和真。

「新しい道見つけたんでしょ? 私も連れてってよ、その世界に」

 キラキラとした笑顔を見せる芽依。

 和真はそっと自分の唇をなで、目を白黒させていたが、ふぅと大きく息をついてニコッと笑うと言った。

「ちょっと、危ない世界だけど……いい?」

「守ってくれるんでしょ?」

「もちろん、命がけで……」

 そう言うと和真は芽依を抱き寄せた。

 香港のゴージャスな夜景を背景に二人は見つめ合う。

 丁度その時、午後八時から始まる「シンフォニー・オブ・ライツ(幻彩詠香江)」がスタートし、高層ビルから鮮烈なレーザーライトの群れが夜空に放たれた。

 そして、にぎやかな、楽しい音楽が鳴り響き二人を包む。

 そっと目をつぶる芽依。

 えっ!?

 和真は動揺した。これはそういうことに違いない。違いないが……。

 ぷっくりと美味しそうなみずみずしい芽依の唇を見つめ、困惑する和真。

 同じ道を歩むと言ってくれた芽依。愛しい芽依……。

 その時だった、和真の心の奥から芽依に対する愛しい想いが、怒涛のように湧き上がってきた。

 そう、自分はこの娘と生きていく。これからは二人で一つなのだ。

 和真は吸い寄せられるように芽依に近づき、自然にそっと唇を重ねる。

 ずっと見守ってくれていた大切な幼馴染。二人の想いは今一つに重なったのだった。

 

 レーザー光線が夜空に瞬き、派手な演出が続くビクトリアハーバー。それはまるで二人のためのように、愛を確かめあう二人を彩っていった。



















35. 新たなる神話の始まり



 焼き肉屋に戻ってくると、パパとママが合流していた。

「おう、和真! おめでとう!」

 パパが手のひらを向けてくるので、和真はほほを赤らめながらパチンとハイタッチをした。

「芽依ちゃん、大切にしろよ!」

「もちろん!」

 和真はしっかりとした目で答える。

 そんな二人をママは幸せそうに眺めていた。



「じゃあ、二人の門出を祝ってカンパーイ!」

 シアンは上機嫌にジョッキを掲げ、

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 みんな楽しそうにグラスを合わせた。



「で、うちの仕事続けんの?」

 シアンは口の周りに泡をつけたまま和真に聞いた。

「はい! お願いします!」

 うんうんとうなずいたシアンは、

「じゃあ配属は#3271、EverLand、レヴィア、任せたよ!」

 ブフッと噴き出すレヴィア。

「え? EverLand!? それってゲルツが担当してた廃棄予定の星じゃないですか!」

「ゲルツができなかったことを実現する、燃えるよね?」

 シアンは皿の肉を一気にロースターにぶち込みながら和真に聞いた。

「まぁ、そうですが……。ユータさんみたいに星を運営して文化文明を発展させればいいんですよね?」

 レヴィアは画面をビヨンと大きく広げるとEverLandの情報をバッと表示した。人口や文化指数の推移などが出ている。しかし、グラフは精彩を欠くものだった。

「うーむ、典型的なダメグラフですな……」

 レヴィアは腕を組んでうなった。

「これを日本みたいに発展させればいいんですか?」

「そうじゃ。じゃが、日本のコピー作っても認められんぞ。オリジナリティないものはアウトじゃ」

「うーん、そこが難しいですよね。オリジナリティなんてどうやって伸ばしたらいいのか……」

「そこが腕の見せ所。ヒントは若者と新陳代謝さ」

 シアンは焼肉をほおばりながら言う。

 するとパパが身を乗り出して聞いた。

「何やってもいいんですよね?」

「そうだよ? 彼らにとって君たちは神様。天罰も奇跡も起こし放題さ!」

 シアンは肉をつまんだ箸を高々と掲げると、宗教画の女神きどりで肉をまぶしく虹色に光らせる。

「神様!? ……、そうか!」

 和真は目をキラっと輝かせ、芽依に向かって言った。

「芽依! 新たなメタバースを作るイメージでいいんだよ!」

「メ、メタバース? リアルな星に新たなエコシステムを作るってこと?」

「そう! 落書きが高値で奪い合われるようなエコシステムだよ」

「いやいや、ブームなんてものはもって一年よ?」

「でも、そこで集まったヒトモノカネはまた別のムーブメントに繋がるよね」

「うーん、そうね。集まったお金はまた別の挑戦に投資されるわね」

「それ! そのエコシステムを裏から支援し続ける事、それが僕たちの仕事なんじゃないかな?」

「でも、コンピューターのない世界でそんなこと言ってもねぇ……」

 人差し指をあごにつけ、首をかしげる芽依。

「魔法さ」

 和真はニヤッと笑った。

「魔法!?」

「魔法を世界に組み込むのはアリですよね?」

「あぁ、前例もあるしな」

 レヴィアはジョッキを傾けながら答える。

「ヨシッ!」

 和真はグッとこぶしを握った。

「ちょっと待って! 魔法を使ってコンピューターの代わりにしてメタバースを実現するってこと?」

 芽依は困惑した表情で聞く。

「できるよね?」

 和真はパパに振る。

「魔法の仕様によるけど、魔法って何でもアリだから構築できないことも……ないかにゃ?」

 ネコ言葉に思わずママが噴き出す。

「あ、いや、これは……。ネコ暮らしが長かったんだよ……」

 パパはほほを赤らめながらジョッキをぐっとあおる。

「……。ヨシッ! 魔法の塔を建てる! 天を貫く魔法の塔。そこでは誰もが平等で情報やコンテンツを魔法で売買できるんだ。大学であり、市場であり、NFTだ!」

 和真は嬉しそうに叫んだ。自分の設計した世界で多くの人が伸び伸びと創作活動に汗をかく、それはまさに神にしかできない壮大な実験であり、また、メタバースで新たな運命を切り開いた和真ならではのオリジナリティのあるプランだった。

 すると、シアンが立ち上がり、楽しそうに、

「ヨシッ! やってみて!」

 と、言ってパチンと指を鳴らした。

 気がつくと一行は見渡す限りの草原に立っていた。少し先には川が流れその向こうには富士山がそびえている。

「え? ここは……?」

 和真が困惑していると、

「どんな塔を建てるの?」

 シアンが嬉しそうに聞いてくる。

「どんなって……。水とか火は見たことあるから……木?」

 和真は芽依に聞いた。

「木? 世界樹みたいな木のこと言ってる?」

「うん、ここに壮大な巨木が生えてたらそれは素敵だと思うんだよね」

「ヨーシ! それ、行ってみよう!」

 シアンはそう言うとバッと両手を空に広げた。

 すると、上空に現れる巨大な輝く円。それは雲よりはるか高く上空に、直径十キロはあろうかという巨大なサイズで緑色に輝きを放つ。

 何だろうと見ていると、そこにルーン文字が書き込まれ、六芒星が浮かび上がり、最後には巨大な魔方陣となったのだ。

 和真がその魔方陣の輝きの美しさに言葉を失っていると、やがて魔方陣から何かが出てくる。魔方陣いっぱいに広がる茶色い枝の群れは、どんどんと降りてきて雲を突き抜け大空を覆いつくす。

「えっ!? まさか……」

 どんどんと加速しながら落ちてくる枝の群れ。最終的には音速を超え、激しい衝撃波を放ちながら頭上を覆い、迫ってくる。

「へぇっ!?」「うわぁ!」「ひぃっ!」

 みんなは焦るが、シアンは笑いながら、

「きゃははは! 大丈夫だって!」

 と言って、自分たちの周りにシャボン玉のような虹色の薄い膜を張った。

 さらに速度を上げながら落ちてきた枝の群れは超音速で草原に突っ込み、大爆発を起こしながら大地にめり込んでいった。和真たちのそばにも太さ数メートルはあろうかという巨大な枝が突っ込み、爆発的に土埃(つちぼこり)を噴き上げ、大地震を超える衝撃がやってくる。

「ひぃ!」

 衝撃波はシャボン玉を直撃し、和真たちはシャボン玉ごと高々と宙に舞った。

「キャ――――!」「おわぁ!」

 シャボン玉はそのまま地面に落ち、ゴロゴロと転がる。

 和真たちはその中でもみくちゃになり、上へ下へとなりながら草原を転がった。

 やがてどこかのくぼみで止まる。

「あ痛ててて……」

 和真が気がつくと、温かく、ふわふわとしたものが頬に当たっている。

「ん……?」

 何だろうと思って手でつかむと、それは水色のワンピースに包まれた豊かなふくらみだった。

「ちょっ! ちょっと和ちゃん!」

 和真は芽依に首根っこをつかまれて引きはがされる。それはシアンの胸だったのだ。

「きゃははは!」

 シアンは嬉しそうに笑うと、

「少年は大胆だなー。でも、浮気はダメだゾ!」

 そういってウインクした。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 芽依のジト目に小さくなりながら謝る和真。

 芽依はそんな和真にそっと近づくと、耳元で、

「か、和ちゃんには私がいるでしょ」

 そうささやき、赤くなった。