星夜の屋敷はおそらく徒歩ではかなりの時間がかかるだろう距離のところにあった。
かかるだろう、というのは、あの後星夜がいきなり美桜を抱きかかえたと思ったら疾風のごとく空を飛んだのだ。
屋敷につくまでは5分程度だったが、凄まじい勢いで目まぐるしく変わっていく景色に、その距離はかなりのものであることがうかがえた。
そっと地面に下ろされてほっと安堵の息を吐いて顔を上げると、そこには巨大な屋敷がそびえたっていた。
美桜は思わず「すごい」と声を漏らしてしまった。
「一応これでも俺は、あやかしの頭領だからね。」
星夜は再度驚きで目をぱちくりさせている美桜の手を優しく取ると、屋敷の中へと促してくる。
美桜はドキドキしながら屋敷の中へと足を踏み入れた。
「今、帰った。」
玄関に入って星夜が声をかけると、使用人と思わしき女性が出迎えてくれて深々とお辞儀をしてくる。
「星夜様、お帰りなさいませ。…そちらのお嬢様は?」
使用人が星夜の隣にいる美桜に、視線を移す。
星夜はそっと美桜の肩を自分のほうに引き寄せた。
触れられた部分が、じんわりと熱を帯びていくのを感じる。
とても心強い、男の人の手だ。
「この子は、俺の花嫁だ。」
「ほぇっ!?」
"花嫁"という言葉に、美桜は思わず変な声をあげてしまう。
使用人も一瞬驚いたように目を見開き、その後慌てたように美桜に丁寧にお辞儀をしてくる。
「…これはこれは星夜様の花嫁様でしたか!あぁっ、すみません!すぐにお茶の用意をしてまいります!」
パタパタと慌ただしく駆けて行った使用人を見送り、美桜は星夜と一緒にある洋室に入った。
ふかふかのアイボリーのソファに座るように促され、美桜が座ったのを見計らって星夜も隣へと腰をおろす。
肩と肩がくっつくほど近い距離に、美桜の頬が上気していく。
しばらくすると、先ほどの使用人がお茶とお茶菓子を持ってきたが、使用人が出て行くのと入れ替わるようにひょこっと顔を出した者がいた。
小さな蜘蛛がいくつも描かれた白い着物をまとっていて、おっとりとした顔立ちの可愛らしい人だ。
おそらく歳は、美桜と同じくらいだろうか。
「その方がおっしゃっていた星夜様の花嫁様ですか?!」
「……あ」
どう答えてよいか分からずにおどおどする美桜を見て星夜はくすりと笑うと、その人に視線を戻してこくりと頷いた。
「そうだよ、この子が俺の花嫁。…あぁ、美桜、紹介するね。こいつは紬(つむぎ)。見て分かるかもしれないが絡新婦(じょろうぐも)のあやかしなんだ。俺の幼馴染であり配下にあたる人だよ。」
紬は美桜を一瞥すると、はっとしたようにすぐに目を見開いた。
「星夜様、もしかしてこの方は…人間なのですか?」
「あぁ、そうだ。人間だ。」
「……そうですか。人間……」
紬はしばらく何かを思案するように美桜をじっと見つめていたが、ふっと表情を崩した。
「ふふ、とても可愛らしい花嫁様ですね。」
「それはそうだ、俺が選んだ子だからな。」
「まぁまぁ、ご執心ですね。」
紬は口元に袖口を当てて、くすくすと笑う。
可愛らしいのに、その仕草は艶っぽくて、ぐっと大人びて感じた。
「紬。すまないのだが、これからは君に美桜の付き人をしてほしい。」
「私が、ですか?」
「そうだ。美桜にとってはここは見知らぬ場所だ。あんな家族とはいえ、両親と離れて生活するのは何かと心細いだろう。それに人間を快く思っていないあやかしは沢山いるからね。俺がずっと付いていてあげれればいいのだが、そういうわけにはいかない。だから俺の代わりに美桜を守ってあげてほしい。」
「そういうことでしたら。星夜様の花嫁様なのですから、私にとっても大切な方です。喜んでお仕えいたします。…美桜様、よろしくお願いしますね。」
にっこりと眉尻を下げて微笑む紬はとても愛らしくて、美桜も自然と笑顔が漏れる。
きっと、とてもいい人なのだろう。
「えっと、紬さん…」
「あら、そんな固くならなくていいですよ。私は美桜様に使える身なのですから。紬で結構です。」
「え、で、でもそんな……いきなり呼び捨てだなんて」
「ではもう少し距離が近くなったら、ぜひ紬と呼んでください。それまではさんでいいですよ。」
ふんわりと笑う紬の顔が、なぜか一瞬茉奈の笑顔と重なった。
そういえば、茉奈には何もまだ何も話せていない。
茉奈は美桜のことを一番に理解してくれている、唯一の友達だ。
彼女にはきちんと事情を話しておきたい。
「美桜、今後のことで俺はちょっとだけ紬と話をしてくる。すぐ戻ってくるから少しだけくつろいでいてくれ。」
「はい。」
美桜の返事を聞くと、星夜は満足そうに頷いて部屋を出て行く。
紬も続くように、美桜に一礼をすると部屋を後にしたのだった。
かかるだろう、というのは、あの後星夜がいきなり美桜を抱きかかえたと思ったら疾風のごとく空を飛んだのだ。
屋敷につくまでは5分程度だったが、凄まじい勢いで目まぐるしく変わっていく景色に、その距離はかなりのものであることがうかがえた。
そっと地面に下ろされてほっと安堵の息を吐いて顔を上げると、そこには巨大な屋敷がそびえたっていた。
美桜は思わず「すごい」と声を漏らしてしまった。
「一応これでも俺は、あやかしの頭領だからね。」
星夜は再度驚きで目をぱちくりさせている美桜の手を優しく取ると、屋敷の中へと促してくる。
美桜はドキドキしながら屋敷の中へと足を踏み入れた。
「今、帰った。」
玄関に入って星夜が声をかけると、使用人と思わしき女性が出迎えてくれて深々とお辞儀をしてくる。
「星夜様、お帰りなさいませ。…そちらのお嬢様は?」
使用人が星夜の隣にいる美桜に、視線を移す。
星夜はそっと美桜の肩を自分のほうに引き寄せた。
触れられた部分が、じんわりと熱を帯びていくのを感じる。
とても心強い、男の人の手だ。
「この子は、俺の花嫁だ。」
「ほぇっ!?」
"花嫁"という言葉に、美桜は思わず変な声をあげてしまう。
使用人も一瞬驚いたように目を見開き、その後慌てたように美桜に丁寧にお辞儀をしてくる。
「…これはこれは星夜様の花嫁様でしたか!あぁっ、すみません!すぐにお茶の用意をしてまいります!」
パタパタと慌ただしく駆けて行った使用人を見送り、美桜は星夜と一緒にある洋室に入った。
ふかふかのアイボリーのソファに座るように促され、美桜が座ったのを見計らって星夜も隣へと腰をおろす。
肩と肩がくっつくほど近い距離に、美桜の頬が上気していく。
しばらくすると、先ほどの使用人がお茶とお茶菓子を持ってきたが、使用人が出て行くのと入れ替わるようにひょこっと顔を出した者がいた。
小さな蜘蛛がいくつも描かれた白い着物をまとっていて、おっとりとした顔立ちの可愛らしい人だ。
おそらく歳は、美桜と同じくらいだろうか。
「その方がおっしゃっていた星夜様の花嫁様ですか?!」
「……あ」
どう答えてよいか分からずにおどおどする美桜を見て星夜はくすりと笑うと、その人に視線を戻してこくりと頷いた。
「そうだよ、この子が俺の花嫁。…あぁ、美桜、紹介するね。こいつは紬(つむぎ)。見て分かるかもしれないが絡新婦(じょろうぐも)のあやかしなんだ。俺の幼馴染であり配下にあたる人だよ。」
紬は美桜を一瞥すると、はっとしたようにすぐに目を見開いた。
「星夜様、もしかしてこの方は…人間なのですか?」
「あぁ、そうだ。人間だ。」
「……そうですか。人間……」
紬はしばらく何かを思案するように美桜をじっと見つめていたが、ふっと表情を崩した。
「ふふ、とても可愛らしい花嫁様ですね。」
「それはそうだ、俺が選んだ子だからな。」
「まぁまぁ、ご執心ですね。」
紬は口元に袖口を当てて、くすくすと笑う。
可愛らしいのに、その仕草は艶っぽくて、ぐっと大人びて感じた。
「紬。すまないのだが、これからは君に美桜の付き人をしてほしい。」
「私が、ですか?」
「そうだ。美桜にとってはここは見知らぬ場所だ。あんな家族とはいえ、両親と離れて生活するのは何かと心細いだろう。それに人間を快く思っていないあやかしは沢山いるからね。俺がずっと付いていてあげれればいいのだが、そういうわけにはいかない。だから俺の代わりに美桜を守ってあげてほしい。」
「そういうことでしたら。星夜様の花嫁様なのですから、私にとっても大切な方です。喜んでお仕えいたします。…美桜様、よろしくお願いしますね。」
にっこりと眉尻を下げて微笑む紬はとても愛らしくて、美桜も自然と笑顔が漏れる。
きっと、とてもいい人なのだろう。
「えっと、紬さん…」
「あら、そんな固くならなくていいですよ。私は美桜様に使える身なのですから。紬で結構です。」
「え、で、でもそんな……いきなり呼び捨てだなんて」
「ではもう少し距離が近くなったら、ぜひ紬と呼んでください。それまではさんでいいですよ。」
ふんわりと笑う紬の顔が、なぜか一瞬茉奈の笑顔と重なった。
そういえば、茉奈には何もまだ何も話せていない。
茉奈は美桜のことを一番に理解してくれている、唯一の友達だ。
彼女にはきちんと事情を話しておきたい。
「美桜、今後のことで俺はちょっとだけ紬と話をしてくる。すぐ戻ってくるから少しだけくつろいでいてくれ。」
「はい。」
美桜の返事を聞くと、星夜は満足そうに頷いて部屋を出て行く。
紬も続くように、美桜に一礼をすると部屋を後にしたのだった。
