星夜は美桜を抱きかかえると、風の如くあっという間に空を駆けてゆく。


あまりの速さに目も開けれずにいたが、我が家から充分離れたところで星夜は美桜をそっと降ろした。


美桜はふぅ、と息を吐くとゆっくりと瞼を開ける。


顔をあげると、美桜のことをどこまでも愛おしそうに見つめる星夜の顔があった。


琥珀色の瞳に、形の良い鼻梁。潤いのある唇は艶っぽく、数年前の彼よりもずっと色っぽい。


妖というのはとても恐ろしい生き物で、時には人間を喰らうと聞いていたが、やはり星夜からはそんな禍々しさは一切感じなかった。



「ごめん美桜。こんな乱暴に連れ出すつもりではなかったんだけど、美桜が僕を呼んでくれたからつい……」


星夜は照れくさそうにポリポリと頭をかいた。


数年前と変わらない、優しく染み渡るような声色に、じんわりと心があたたまっていく。


「私が……呼んだ?」


「それだよ。」


そう言うと、星夜は美桜の手首を指さした。


美桜が腕を上げると、ちりん、と鈴の涼やかな音が鳴る。


「そう。それはね、美桜が何か強い思いを発した時に俺に居場所を伝えてくれる、特別な鈴なんだ。…言ったでしょう?美桜を絶対に迎えに来るって。」


「約束を、覚えていて…くれたの?」


「1日たりとも、美桜のことを忘れたことはない。この数年、ずっと美桜のことを考えてきた。迎えに来るのが遅くなってすまない。」


星夜は申し訳なさそうに頭を下げた。


美桜は両手を胸の前に出して思い切り振った。


「そ、そんなことありません!こうして迎えに来てくださっただけで、私は…」


美桜がそう答えると、星夜は柔らかい笑みを浮かべた。


ただでさえ美しい顔から放たれる笑顔は、反則的なほどの破壊力がある。


美桜の顔は、自ずと火照っていく。


「それなら良かった。美桜があの約束を忘れてたら落ち込んでたよ。」


そう言って明るく笑った後、星夜はふっと表情を引き締めた。


「だけどずっと気になっていたんだ。美桜があの家族にひどい仕打ちをされていることは調べがついていたし、すぐにでも迎えに行きたかった。だけど俺にも事情があってすぐに迎えにいけなかったんだ。本当にすまない。」


唇を噛み締め苦しそうにしている星夜の顔を見て、美桜はぎゅっと胸元を握り締める。


「ううん、そんなことない!あの約束があったから、私はあの状況でも生きてこれた。生きようって思えたの。…星夜を、信じていたから。」


もしも星夜という存在がなければ、私の心はボロボロになっていただろう。


自分がなんのために生きているのか、見失っていたかもしれない。



「……美桜。」


優しい声が頭の上から降ってきて、美桜ははっと顔をあげる。


星夜は、そっと美桜の頭に手を乗せた。


「数年前の約束を、果たさせてくれ。」


そう言って、星夜は美桜の前に手を差し出した。


「やっと、君を迎えに来ることができた。俺は数年前に君に出会った時から、君のことを一生守るって決めたんだ。もう絶対に離さない。だから、君の人生を俺にくれないか。俺の花嫁になってほしい。」


美桜は、一瞬何を言われているのか分からなかった。


突然のことに、思考が追いつかない。


「私が、星夜の…花嫁に……」


「どうだ?美桜。もちろん美桜があの家に戻りたいと言うのであれば、俺は強制することはできない。愛する君の意見は尊重したいと思っている。だが、もし俺を選んでくれるのであれば、この手を取ってほしい。俺は美桜を幸せにしたい。」


美桜が見ると、その手がぷるぷると小刻みに震えているのが分かった。


きっと彼も、不安だったのだ。


ずっと、天涯孤独だと思っていた。自分は愛されない人間なのだと。


だけど…この人なら、私を愛してくれるかもしれない。


美桜は差し出された星夜の手を、そっと握り返した。


「私なんかでよければ…これからよろしくお願いします。」


そう答えると、ほっと胸を撫で下ろしたように星夜が笑顔を浮かべる。


子供っぽい無邪気な笑顔に、美桜の頬は自然と緩んでしまう。


星夜は美桜の顎に手を添え顔を上げさせると、そっと額にキスを落としてきた。


優しく、触れるだけのキス。


何をされたかを理解して、かぁっと体の内側から熱くなっていく。



「これからよろしく、美桜。」


触れられた額だけがずっと熱を帯びているような気がして、星夜に連れられて彼の屋敷に向かう間、ずっと美桜は恥ずかしさで俯いていた。