「あっ、お姉ちゃんだぁ!また本を読んでいるの?」
放課後、美桜が図書館で本を読んでいると、胡桃が声をかけてきた。
その表情は、家にいる時とは違って取り繕った笑顔を浮かべている。
花のように、ふんわりとした柔らかい笑みを。
この笑顔を見れば、まさか家ではあんな風に美桜に接しているのだとは誰も思わないだろう。
胡桃は、学校や他の人の目があるところではこうして姉を慕っている妹を演じているのだ。
それが分かっている美桜は、思わず心の中でため息を吐く。
初めのうちは…美桜がまだ小学生の頃は、胡桃とは仲が良かったほうだと思っている。
母からひどい扱いを受けている美桜を心配して、胡桃は裏でこっそり慰めてくれていた。
そんな胡桃が、美桜にとっては唯一の"家族"だったのだ。
だけど、たった一つの味方さえも、美桜は失ってしまうことになる。
毎日毎日美桜を罵倒する母に感化されてしまったのだろう、胡桃が母と共に美桜を下に見るようになるまでに時間はかからなかった。
妹は次第に美桜から距離を取り、しまいには母と一緒になって美桜を虐げるようになっていった。
胡桃はふんわりとウェーブのかかった色素の薄い亜麻色の髪をしており、華やかな容貌は西洋人形のように愛らしい。
対して美桜は地味な風貌に、地味なストレートの黒髪。
外見に差があることは美桜も承知していたしそのことに対しては何とも思っていなかったけれど、唯一の家族であると思っていたはずの胡桃の裏切りは、小さな美桜にとってはショックが大きかった。
今の胡桃にとっては、美桜は自分の引き立て役でしかない。
そう分かってはいても、ほんの少しだけ期待してしまっている自分がいた。
昔のように、また仲良くできる時がくるのではないかと。
胡桃は仕方なく母に従っているだけで、本当は美桜のことを思ってくれているのではないかと。
だから学校で普通に笑顔で話しかけてくる胡桃を見ると、演技だとは分かっていてもほんの少しだけ嬉しい気持ちが芽生えてしまうのだ。
「うん、本を読むのが好きだから。」
「ふぅん。お姉ちゃん、昔から本好きだったもんね~」
自分から聞いておいてさほど興味がなさそうに答えた後、胡桃はポケットから何かを取り出して、美桜の目の前に置く。
美しい蝶の飾りがついたバレッタだった。
美桜は思わず目を見開く。
だってこれは…
「これ、祐樹くんからもらったバレッタでしょう?ずっと気に入ってて大事にしていたじゃない。」
そう問うと、胡桃は恥ずかしそうに顔を赤く染める。
「うん、そうだったんだけどね、お姉ちゃんに似合いそうだから付けてほしいなって。祐樹くんも、お姉ちゃんにならあげてもいいって。また新しいの買ってくれるって言うから。」
「……そうなの。」
「貸して!私がつけてあげる。」
胡桃は戸惑う美桜の手からバレッタを取ると、美桜の髪に付けた。
「ほらね、やっぱり似合ってるよ!うんうん、お姉ちゃんにあげて良かった。」
美桜を見て、満足そうにほんわかとした笑顔を浮かべる胡桃。
胡桃のそんな笑顔を見たのは、いつぶりだろうか。
学校でさえ、こんなに親切にしてくれたことは今までなかった。
懐かしささえ感じる妹の優しさに、じんわりと瞳にあたたかい物が込み上げてくる。
「じゃあね!私友達と約束あるから。」
そう言って手を振ると、胡桃は行ってしまった。
どういう風の吹き回しだったのかは、分からない。
これまで美桜にしてきたことへの罪の意識だったのかもしれない。
ずっと厭われていると思っていたけれど、もしかしたら本当に母の言いなりになっていただけなのかもしれない。
美桜の中に、なんともいえない複雑な感情が湧いてくる。
だけど、嬉しくないはずがなかった。
久しぶりに感じた妹の優しさに、美桜は心躍らすのだった。
放課後、美桜が図書館で本を読んでいると、胡桃が声をかけてきた。
その表情は、家にいる時とは違って取り繕った笑顔を浮かべている。
花のように、ふんわりとした柔らかい笑みを。
この笑顔を見れば、まさか家ではあんな風に美桜に接しているのだとは誰も思わないだろう。
胡桃は、学校や他の人の目があるところではこうして姉を慕っている妹を演じているのだ。
それが分かっている美桜は、思わず心の中でため息を吐く。
初めのうちは…美桜がまだ小学生の頃は、胡桃とは仲が良かったほうだと思っている。
母からひどい扱いを受けている美桜を心配して、胡桃は裏でこっそり慰めてくれていた。
そんな胡桃が、美桜にとっては唯一の"家族"だったのだ。
だけど、たった一つの味方さえも、美桜は失ってしまうことになる。
毎日毎日美桜を罵倒する母に感化されてしまったのだろう、胡桃が母と共に美桜を下に見るようになるまでに時間はかからなかった。
妹は次第に美桜から距離を取り、しまいには母と一緒になって美桜を虐げるようになっていった。
胡桃はふんわりとウェーブのかかった色素の薄い亜麻色の髪をしており、華やかな容貌は西洋人形のように愛らしい。
対して美桜は地味な風貌に、地味なストレートの黒髪。
外見に差があることは美桜も承知していたしそのことに対しては何とも思っていなかったけれど、唯一の家族であると思っていたはずの胡桃の裏切りは、小さな美桜にとってはショックが大きかった。
今の胡桃にとっては、美桜は自分の引き立て役でしかない。
そう分かってはいても、ほんの少しだけ期待してしまっている自分がいた。
昔のように、また仲良くできる時がくるのではないかと。
胡桃は仕方なく母に従っているだけで、本当は美桜のことを思ってくれているのではないかと。
だから学校で普通に笑顔で話しかけてくる胡桃を見ると、演技だとは分かっていてもほんの少しだけ嬉しい気持ちが芽生えてしまうのだ。
「うん、本を読むのが好きだから。」
「ふぅん。お姉ちゃん、昔から本好きだったもんね~」
自分から聞いておいてさほど興味がなさそうに答えた後、胡桃はポケットから何かを取り出して、美桜の目の前に置く。
美しい蝶の飾りがついたバレッタだった。
美桜は思わず目を見開く。
だってこれは…
「これ、祐樹くんからもらったバレッタでしょう?ずっと気に入ってて大事にしていたじゃない。」
そう問うと、胡桃は恥ずかしそうに顔を赤く染める。
「うん、そうだったんだけどね、お姉ちゃんに似合いそうだから付けてほしいなって。祐樹くんも、お姉ちゃんにならあげてもいいって。また新しいの買ってくれるって言うから。」
「……そうなの。」
「貸して!私がつけてあげる。」
胡桃は戸惑う美桜の手からバレッタを取ると、美桜の髪に付けた。
「ほらね、やっぱり似合ってるよ!うんうん、お姉ちゃんにあげて良かった。」
美桜を見て、満足そうにほんわかとした笑顔を浮かべる胡桃。
胡桃のそんな笑顔を見たのは、いつぶりだろうか。
学校でさえ、こんなに親切にしてくれたことは今までなかった。
懐かしささえ感じる妹の優しさに、じんわりと瞳にあたたかい物が込み上げてくる。
「じゃあね!私友達と約束あるから。」
そう言って手を振ると、胡桃は行ってしまった。
どういう風の吹き回しだったのかは、分からない。
これまで美桜にしてきたことへの罪の意識だったのかもしれない。
ずっと厭われていると思っていたけれど、もしかしたら本当に母の言いなりになっていただけなのかもしれない。
美桜の中に、なんともいえない複雑な感情が湧いてくる。
だけど、嬉しくないはずがなかった。
久しぶりに感じた妹の優しさに、美桜は心躍らすのだった。