「美桜、今日は一日留守にすることになった。」


朝食の後、星夜は眉尻を下げてとても残念そうに美桜を見つめてきた。


普段クールなのに、まるで迷子の子犬みたいな顔をしている。


「そうなんだ、お仕事?」


「ああ。一応これでもあやかし界の統領だからな。会合に参加しなくてはいけない。」


星夜は普段から忙しくしているが、朝から晩まで一日中ということは今までなかった。


ここに来てからはそこまで忙しくしている様子とかはなく、時間があれば美桜のそばにいてくれた。


聞くと、こちらに来たばかりの美桜に気遣って仕事を空けてくれていたらしい。


星夜の優しさに、改めて美桜はあたたかい気持ちになった。


「本当なら美桜も連れていきたいのだが…中には人間を嫌っているあやかしもいるのでな、あまりそういう場に美桜にはいてほしくない。」


「そ、そうだね…。遠慮しておこうかな。」


だいぶここに来てから自分に自信は付いてきたが、それでも人間を嫌っているあやかしがいる中に飛び込んでいけるほどの勇気はない。


敵意がこもった視線を受けるのは、やはり辛い。


「ああ……一日美桜と離れるなんて耐えられない。」


「……へっ」


唐突に甘い言葉を吐かれて、顔の温度がボッと一気に上がる。



「ちょっと、私もいるのですけど。いちゃつくのは二人だけの時にしていただけません?」


「……つ、紬さん。」


重ねた手の甲に顎を乗せながら、横に座っていた紬が白い目でこちらを見ている。


だけど本気で怒っているわけではなく、どことなく楽しそうだ。


「い、いちゃついてないよ。そんなんじゃ…」


「婚約者なんだからいちゃついてもいいだろう。」


「せ、星夜……」


さらっと真顔でそんなことを言われても…。


紬は右手をふりふりしながら「はいはい、ご馳走様」と軽くいなす。


「でもそれじゃあ、美桜様は今日お暇ですわよね?」


「う、うん。そうなるね…」


「それなら、私と一緒にカフェに行きません?」


「カフェ?!」


美桜は思わず体を乗り出す。


もちろん美桜も女の子だから、カフェにはずっと興味があった。


唯一仲が良かった茉奈とも一緒に行こうという話が出なかったわけではない。


だけど美桜はああいう境遇で、お小遣いなどもらえたこともない。


茉奈も茉奈で、親が厳しく必要な分のお小遣いしかもらっていなかった。


妹の胡桃はよく両親や友達とカフェに行っていたみたいだが、美桜はいつも一人留守番だった。



美桜の反応を見た紬が、ふふっと笑った。


「美桜様、カフェに興味があるのですね。」


「あっ…うん、その…お金がなくって、行ったことがないから。」


美桜がおずおずと答えると、それまで黙って聞いているだけだった星夜が口を挟んでくる。


「いいじゃないか。美桜、お金なら俺が出すから紬と一緒に行っておいで。」


「え、でも……」


「いいから。ここでは美桜には何も気にせず好きなように過ごしてほしいんだよ。」


「星夜…」


目を細めて、優しく微笑む星夜。


まるで、美桜のすべてを受け止めてくれるような温かさを感じる。


少しの間迷ったが、ここは星夜に甘えることにした。


美桜が行きたい、というと紬はぱぁっと顔を明るくする。


「美桜様とカフェに行けるなんて嬉しい!沢山女子トークしましょ!」


「女子トーク…」


一度は言ってみたかった"女子トーク"という言葉に、心が躍ってしまう。


嬉しさが顔に出ていたのか、星夜も満足そうに笑った。


「紬がいれば安心だろう。それにたまには女子二人で遊ぶのも良い息抜きになるんじゃないか?…俺には話せないこともあるだろうし…」


そこまで言って、星夜はまたしゅん、と子犬のような顔をする。


自分で言っておいて落ち込んでしまう星夜に、美桜は思わずくすりと笑ってしまった。


こういう時、星夜が可愛いと感じてしまう。


「もちろんです!美桜様のお守りはお任せください!」


「頼む。……あぁ、それと美桜。」


「はい?……っ?!!」


美桜が返事をするのと同時に、頬に何か柔らかいものが触れる。


口づけをされた、と理解した時にはもう星夜の顔は離れていた。


星夜は美桜にだけ聞こえるように、「今日一日会えない分の充電」とそっと耳元で囁く。


「……ちょっと、私もいるのですけれど。」


唇を尖らせている紬の横で、美桜はしばらく放心状態のままなのであった。