「うーん、落ち着かないなぁ。」


読んでいた小説をそばに置き、美桜は伸びをした。


屋敷での生活にはだいぶ慣れてきたが、美桜には唯一気にしていることがあった。


この屋敷でのことはすべて使用人がしている。


なので、美桜がすることは何もない。


何度か手伝おうとしたこともあったのだが、「美桜様にそんなことをさせるわけにはいきません!」と拒否をされてしまい、それ以上は言えなくなってしまった。


それまで下僕のように扱われ家のことをすべてしてきた美桜にとっては、何もしないというのはどことなく落ち着かない気分だった。



何もすることがなくなった美桜は部屋を出て屋敷内をぶらぶらすることにした。


部屋を出たタイミングで、向こうから歩いてくる紬と鉢合わせした。


紬はなんとなく気まずそうな笑顔を向けてくる。



あのことがあってから、紬はなんとなく美桜に対しての態度がぎこちなくなっていた。


本人は普通に接しているつもりだろうが、口元は引きつっていてそれまでのような笑みではない。


自分が思わず話してしまったことを、後悔しているのかもしれない。


「……美桜様。どうされましたか?」


「何もないわよ。本を読んでいたけど手持ちぐさたになっちゃったから、ぶらぶらしようかなと思って。」


「…そう、ですか。」


必死で笑顔で答えてくれるが、やはりその笑顔はぎこちない。


どうにもいたたまれなくなった美桜は、包み込むようにそっと紬の両手を握りしめた。


それまで俯いていた紬が、はっと顔をあげる。


「紬さん。もう気にしないで。」


「で、でも…なんか私が余計なことを話したから、最近美桜様がお元気ないのかと……」


「そんなことないわ。紬さんはただ事実を教えてくれただけだし。」


「過去の話なので、気にせずに話してしまい、本当に申し訳ありません…。でも本当に、星夜様は美桜様のことを大切に思ってらっしゃいます。それだけはたしかです。だから…だから…星夜様を信じてあげてください。」


そう言うと、紬は愛らしい瞳を潤ませながら必死に訴えかけてくる。


泣き顔でさえ可愛らしい。


「もちろん信じるよ。」


「……美桜様。」


そう答えてあげると、ぱぁっと花のような笑顔を浮かべる紬。


ようやくいつもの紬に戻ってくれたことに安堵し、思わず頬が綻ぶ。


「斗真様はあんな感じなので怖く見えるかもしれないですけど、本当はいい人なんですよ。私がケガした時も、たいした傷じゃないのに真っ青な顔して手当してくれたり、他の人が重そうな荷物を持っていたら無言で持ってあげたり。」


「……えー」


美桜に対しての態度を見る限り、まったく想像がつかない。


しかし美桜がここに来てから、まだ日は浅いのだ。


斗真の表面的な部分しか見れていないんだなと改めて思った。


それに、斗真の立場から考えたら、自分の好きだった女性が自分の一番慕っている人の婚約者になり、しかもその女性を振って私のような平凡な女を花嫁に…なんて、心が追い付かないだろう。


ただでさえ人間嫌いなのに、そういう事情があれば自分のことを嫌っても仕方ないのだ。


だけど、これからゆっくりと時間をかけて歩み寄っていければいいだろう。


星夜が仲良くしている人だから、私も仲良くしたい。


すぐに認めてもらえるとは思っていないけれど、少なくとも自分は敵ではないのだと知ってもらいたい。


根気強く斗真と向き合うことを、美桜は密かに心に決めた。