星夜のお屋敷に来て、数日。


あの出来事の後、紬が星夜に例の出来事を話してくれたらしく、女中達からいびられるということはなくなった。


(美桜を見る目からは嫌悪感が消えていないが)


紬曰く、星夜にそれはもうこってりと絞られたらしい。


星夜は美桜にはとても優しいが、他の者には氷のように冷たい、らしい。


美桜にはそんな顔は決して見せないが、他の者に対しては表情が違う。


(幼馴染である紬には幾分柔らかいが。)


けれども誰しもが星夜のカリスマ性に、自然と頭を垂れるのだ。星夜を恐れているという様子はまったく感じられない。


それだけ星夜は周りの人達から信頼され敬われていることがよく分かった。


そして、妖は恐ろしいものだと聞かされてきたけれど、そうではないということをこの屋敷に来て始めて知ったのだった。


最初、他の妖達は人間である美桜を少し恐れているように見えた。


中には美桜に対して嫌悪感を剥き出しにする妖もいた。


紬の話だと、本来は妖は自分と釣り合った妖としか結婚はしないという。


妖同士のほうが、より強い霊力を得ることができるためだ。


美桜が妖である星夜の花嫁に選ばれたというのは例外も例外なのである。


妖はある年齢になれば、自分に相応しい婚約者と結婚するのだという。あるいは、親に決められた相手と。


実際に女中も口にしていたが、星夜にも彩華という婚約者がいた。


顔は見た事がないが、彩華はとても美しい容貌をしているという。


にもかかわらず、星夜は彩華ではなく美桜を選んだ。


なので、女中と同じく美桜の身なりに対してやそういった経緯も含めて自分を毛嫌いしているのだろうかと思ったのだけど、どうもそんな感じではない。


そのことを紬に相談してみると、昔は人間が妖を狩っていたという話が妖界では言い伝えられていて、今もその伝承の名残なのか人間を恐れている妖もいるのだということだった。


長い間で、言い伝えがねじ曲がってしまったのかもしれない。


そのせいで人間と妖が仲良くできないなんて、悲しい話だわ。


そんなことをぼんやりと思いながら髪を整えていると、星夜が声をかけてくる。



「美桜、そういえばその服だが…」


「…服?」


「週末、美桜の服を見に行きたいと思っているのだが、一緒に買い物に行かないか?」


「え、でも、この服まだ着れるから、十分だよ。もう一着、昨日支給された浴衣もあるし。」


すると星夜は困ったように笑うと、ふぅとため息を吐いた。


そしてそっと美桜の肩に手を添える。


まるで、壊れ物を扱うかのように優しく。


「星夜…?」


「美桜がよくっても俺は嫌なんだよ。今まで家族にも甘えたことは一度もなかったのだろう?」


「……それは、そうかもしれないけれど。」


「それに妻が着飾っている姿を、見たいしね。」


「えっ」


「妻」という言葉に、自然と頬が熱くなる。


星夜は普段はクールなのに、美桜に対しては時折こうして甘い言葉を吐いてくる。


それがなんともくすぐったい。


今まで家族からこんなに優しくしてもらったことがない美桜にとっては、反応に困るというのが正直なところだった。


そもそもまだ、星夜の妻になったという自覚もない。



「美桜は和服がいい?洋服?どっちも似合いそうだよね。」


「え、ええっ!もう買うの決定?」


「愛する花嫁のためなんだから、当然だ。あっ、和服も洋服もどっちも買ってしまおうか。髪飾りも買ってあげたい。」


「え、ええ…でも……」


「星夜様のおっしゃる通りですわ!!」


どこで聞き耳を立てていたのか、勢いよく扉が開いたかと思ったらずかずかと紬が部屋に入って来た。


愛らしく上品な顔からは想像もつかない豪快な足音に、美桜は頬を引きつる。


「美桜様!女は身だしなみが命なのですよ。されど外見と思うかもしれませんが、外見を着飾ることで自ずと自分に自信がつくものなのです。内面にも影響するのですわ。」


勢い込んでそこまで言うと、紬はふっといつもの花のような笑顔で微笑んだ。


「今の美桜様に必要なのは自信です。美桜様は今でも素敵なのですから、より綺麗になると思いますよ。ここは星夜様に甘えるところですわ。」


そばでやり取りを聞いていた星夜も、表情を崩して微笑む。


「ほら、紬もこう言ってることだし、決まりだな。明日は買い物に行くぞ。」


「…うぅ。分かった。」



二人にここまで言われてしまっては仕方ない。


星夜と紬の優しさに困惑しながらも、美桜は久しぶりの買い物に胸を躍らせていた。