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【曲上げたよ。他のSNSでも宣伝したら、結構な人が見に来てくれている】

 そう東雲くんが言ったので、私は怖々と尋ねた。

【私の名前言った?】
【言ってない言ってない。さすがに嫌がってるのに名前なんて上げないよ】

 東雲くんが教えてくれたアドレスを見ると、私の歌がたしかに流れていた。東雲くんの撮った魚眼レンズ風の花の写真に合わせて、私の歌が流れている。
 気を遣ってくれたのか、コメント欄が閉じられている。本当にいろいろ考えてくれたんだな。私がひと通り感心していたら、またアプリがピコンと鳴った。

【どうだった?】
【すごかった。私の歌じゃないみたい】
【いやいや、あれはどう聞いても木下の歌だよ。お前の曲、ノイズだけ取ればそのまんま使えたもん。本当にすごいよ】

 動画のことはよくわからないけれど、東雲くんがそう言っているのならそうなんだろう。私は何度も何度も【ありがとう】とお礼を言ってから、自分の動画を眺めていた。
 本当に私が歌を歌っているだけの動画だけれど、画面を通して聞くと、なんだか違う気がするし、くすぐったく感じる。それをしばらく眺めてから、私はスマホの電源を落とした。
 それからというもの、私は東雲くんとたびたびカラオケ屋で落ち合い、歌を歌っては動画を上げるようになった。相変わらず教室では話をしないし、大して目も合わないけれど。誰にも知られずに秘密を共有しているというのは、少しだけロマンがある。
 私が授業の準備をしてから、ぼんやりとスマホを眺めていたら、普通のグループの子たちがしゃべっているのが耳に入った。

「最近さあ、すごい歌い手が現れたんだって」
「ふーん。どんな人?」
「素人なんだけれど、歌無茶苦茶上手いよ。私んとこのアカウントに流れてきたの」

 そう言いながらスマホから流れてきた歌に、私は心臓がドクンと跳ねた錯覚を覚えた。
 その歌は、昨日東雲くんと上げたばかりの曲だった。誰も私が動画を上げていることなんて言ってないのに。一応東雲くんに確認したら「バイトのことがばれるかもわからないのに、木下以外にカラオケ屋に行くようなこと言ってない」と言っていたから、東雲くんも動画の宣伝はしていても、その動画を上げているのが私たちだとは公言していないはずなんだ。
 うわあ……どこかでばれたらどうしよう。私はひとりでガクガク震えている中、人気者グループからひょっこりとその子たちに声がかけられた。

「ああ、それ歌ってるの私」

 御坂さんの言葉に、私は思わず信じられないものを見る目で見てしまった。御坂さんはその子たちとしゃべっていて、私のことなんてちっとも気にしてないけど。
 え、でも。これ。私の歌……。
 でもその子たちはあっさりと信じてしまった。

「えっ……すごい! 御坂さん歌上手いね! これ、プロみたいに聞こえるもん!」
「本当! でもどうして顔出してないの?」
「うーん、家が厳しくって、ネットに顔出しすんなって言われてるの。だから匿名で」
「写真サイトでも動画上げられるけど、そっちは使わなかったんだ?」
「あれさあ……登録がいろいろ面倒だからさあ」

 すっかりとその子たちは信じ込んでしまっているのに、私は暗い気分になってしまった。
 あの歌。私の歌なのに。たしかに歌っている声としゃべっている声が全然違ったら、誰が歌っているのかなんてわからないし、逆に言ってしまえば言ってしまったもの勝ちになってしまう。
 すっかりと意気消沈してしまい、その後の授業では、当てられてもまともに答えられない。塞ぎ込んだまま、授業が終了した。
 私は鞄に荷物をまとめ、ホームルーム終了と同時に学校を出る。

「はあ……」

 おかしなこと言わないで。
 このアカウントは、私と東雲くんのものだから。そうひと言言ってしまえばよかったけれど、そうなったら絶対に「なら証拠として歌ってみせて」と言われてしまう。あんな人の中で歌うのは無理だ……そうなったら、本当のことなのに「目立ちたがりの大嘘つき」呼ばわりされてしまう。
 でも……。本当にそれでいいの? 私と東雲くんで育てたアカウント。私が歌って、東雲くんが私の歌を加工して、写真を撮って加工してアップしてくれている。ふたりでつくってきたアカウントを、詐称されちゃって本当にいいの?
 わかっているけれど、私は全然しゃべれない上がり症で、御坂さんは友達がたくさんいる人気者だ。どっちの言うことを信じるかなんて、火を見るより明らかじゃない。
 ひとりとぼとぼと家に帰る中、スマホがピコンと鳴った。なにげなくスマホを見てみると、東雲くんからだった。

【今通話大丈夫?】

 どうも御坂さんの話は、東雲くんのほうにも届いたらしい。そりゃそうだ。彼はいろんなグループの人と交流があるし、同じクラスなんだから、嫌でも彼の耳にも入るだろう。
 迷った末、通話だったらそこまでどもらないだろうと【うん】と返事をした。
 その直後、通話が入る。

「もしもし」
『木下、大丈夫か? なんか御坂がいろいろ嘘ついてるけど』

 東雲くんの声は、本当に気遣わしげだった。その言葉にほっとし、さっきまでの胸中のぐちゃぐちゃしたものが、喉からついて出る。

「ごめんなさい……私が、ちゃんとその場で反論できてたらよかったのに……御坂さんが嘘ついているの、咎められなかったんだよ……せっかく、東雲くんがつくってくれたアカウントだったのに」
『いや、俺は木下使って稼ごうとしているだけで、俺全然苦労してなくないか? むしろこれ、木下がもっと怒ってもいいところだろ』
「でも……私と御坂さんだったら、絶対に御坂さんのことを信じる人のほうが多いし……
私、あんな大勢の場所で、歌なんて歌えない……今だって、東雲くんに録音を渡すのが精一杯で、人がいたら怖くて歌えないのに……」

 あまりにも情けない言い訳しか言えず、その情けなさで胸が詰まり、とうとう私の喉から嗚咽が漏れ出してしまった。泣いたってどうにもならないし、東雲くんだって困ってしまうでしょう。わかっていても止める術がなく、私がしゃくり上げている中、大きな足音が聞こえてくるのに気付いた。

「木下……!!」

 スマホと背後、同時に同じ言葉が届いた。振り返ると、東雲くんがいた。すっかりと見慣れてしまった彼の姿を見たら、安心したのと申し訳なさで、ますます涙腺が緩んで、子供のように大声を上げて泣いてしまう。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「あーあー、だから、なんも悪くないのに謝るのも泣くのも止めろって! そもそも、木下なんも悪くないのに、なんで謝るんだよ。御坂のこと、俺だって止めきれなかったのに」
「だって……東雲くん家の事情あるから、バイトのこと言えないじゃない。だから私たち、学校では他人のふりしてるんでしょう? お互い様だよ……」
「本当に、木下マジでいい奴なんだからさ、だから頼むから、これ以上自分を卑下すんの止めてくれよ……なっ?」

 手を合わされて頼まれてしまうと、東雲くんをこれ以上困らせたくなくて、私は小さく頷いて目をパチパチとさせてから、涙を拭った。

「でも……どうしよう。これ」
「まあ、大袈裟に騒ぐことなく、今は普通にしてようと思うけど。でもどうする? 新曲歌えるか?」

 既にカラオケで歌って、五曲くらいは溜まっている。御坂さんが自分の歌だって言い張るのがもやもやするだけで、歌さえ歌えれば私は充分だった。

「歌いたいな……また」
「了解。じゃあ、御坂の言動は無視して、歌を上げていこうか」
「うん」

 こうして、私たちは御坂さんの言動を無視して、そのまんまアカウントを削除することもなく、歌の定期更新に励んでいった。
 でも……思いがけないことが私たちを待ち構えていて、困らせてしまうこととなったんだ。