最後の力を振り絞り、緋色の目で雪の未来を見る。
雪はつばきを見て小さな声を上げる。その目が緋色に光れば誰だって驚くだろう。
吃驚した声を上げた後、「ごめん、つばきちゃん…っ、ごめんねっ…」しゃくり上げながら言った。
「つばき!動くな!頼むから…」
つばきは雪の未来を見た。
雪は笑って誰かと喋っているようだった。何のことはない、ただの日常風景だった。
それを見てつばきは笑った。
「雪ちゃん…大丈夫、あなたの…未来は、明るいから」
「つばきちゃん…?」
「つばきっ…、」
京が強くつばきの手を握る。しかしそれを握り返す力はない。
意識が遠のきそうになるが、雪に伝える。
「あなたはちゃんと笑って、いたわ…。大丈夫、…あなたの未来は決して悲劇じゃない。…明るい、ものだから…」
雪はうんと頷き畳の上に額を擦りつけるよう頭を下げる。
ゆっくりと京を見据える。
「京様、愛しております」
そう言った後つばきは意識を失った。しかし暗闇の中から愛していると確かに声が聞こえた。
♢♢♢
どこからか“つばき”と名を呼ぶ声が聞こえる。
真っ暗な場所で光を求めるようにつばきは必死に声を出す。ここにいる、と。
心細くてどうにかなりそうだった。
声が掠れ、力付きでその場に足を抱えるようにして座り込んだその時、誰かに強く手を握られた感覚がした。
それは、温かく力強くつばきを包み込む。一人ではないのだとそう思った時、視界全体に光が差し込んだ。
「つばきっ…―」
「つばきさん!」
薄っすらと瞼を開けるとそこにはつばきの顔を覗き込む京とみこ、翔に女中たちの姿があった。
「私…生きてる?」
「良かった、つばき…俺のことはわかるか」
「ええ、もちろんでございます。それからみこさんも…あれ?翔様?」
「つばきちゃん、良かった。騒ぎがあったと聞き昨日も様子を見に来ていたんだよ。3日も眠ったままだったんだから」
「そうなのですね…」
つばきの手は京のそれにしっかりと重なっていた。
夢の中でずっとつばきの名前を呼んでいたのは京だったのだと知る。
「とにかく何か口にした方がいいですね。今、作ってきます」
みこはそう言うとそそくさと部屋を出ていく。
「京様…」
上半身を起こそうにも、腹部の痛みで顔を歪める。すぐにそれを京が制止する。
「しばらくは安静にするんだ。傷口はそこまで深くなかった。だから助かったんだと思う。だが、出血が多く本当に危なかった」
「…そうでしたか。ご心配おかけしてすみません。でも…」
つばきは京を見据えた。
「良かった。未来が変わったのですから」
翔は何のことを話しているのか分からないようで首を傾げる。
「良くはない。つばきを守ることが出来なかったのだから」
京は心底後悔しているようだった。でもつばきは首を横に振る。
「私の目は…このために存在したのだとはっきり分かりましたから。未来が変わってよかったと本当に思っております。私は京様のために存在したのだと確信しております」
「そうか。だが、俺はつばきを危険な目に合わせてしまって申し訳ないと思っている。もしもつばきがこの世からいなくなったら…そう考えるだけでどうかなりそうだ」
翔がいるというのに構わずつばきの頬に手を当てる。
「でも奇跡的に生きております。これからも一緒ですね」
「そうだな。人生を終えるその時まで、俺の傍にいてほしい」
「もちろんでございます」
雪はつばきを刺した後、すぐに警察に連行されたそうだ。
つばきの傷が深いものではなかったのは、躊躇いがあったからだと確信している。
京がつばきに顔を近づける。
すっと目を閉じると、唇に温かい感覚が広がる。
そして、京は言った。
「愛している」と。
もちろん私も愛しておりますと返すと京は優しく微笑んだ。
華に浪漫完結
こんにちは。千桜悠里と申します。
まずは最後まで読んでいただきありがとうございました!
5月に連載を始めたのですが、ゆっくり更新だったもので(バタバタと忙しく…)最後まで読んでくださった読者様には感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。
このサイトでは初の和風ファンタジー小説でした。
ファンタジーと言ってもつばきに特殊能力があるというだけなので、微ファンタジーになるのですかね。
去年からプロットはありましていつ連載しようかと思っていました。
書き始めるのが非常に遅いタイプなので、伸びてしまったのですが…こうやって完結することが出来て達成感で一杯です。
今回の作品は軸はもちろん恋愛なのですがつばきが持つ特殊な能力によって愛する人が死ぬかもしれないという謎も入り混じるハラハラするお話だったかと思います。
途中執筆しながら恋愛小説書いてるんだよね?と自分にツッコミたくなるほどハラハラする展開が続いた時には皆様に飽きられてしまうのでは…と不安になったこともありました。。。
それでも沢山の方がしおりを挟んでくれて…本当にありがとうございました。
つばきと京の今後については、番外編をこの後に連載予定ですので楽しんでいただければなと思います!
番外編とはいえ、本編の続きになるのかなと思っております!(まだ消化していないお話もありますので…)
ファン登録限定の番外編もありますので是非読んでみてください。
それでは、あとがきまで読んでいただきありがとうございました。
Twitterもやっておりますので是非こちらもフォローしてもらえると幸いです。(フォロワー様限定で華に浪漫の番外編も公開したいなと思ってます)
今後も皆様の心に残るような作品を届けられたらと思っております。
20221029 千桜
Twitter@yu_ri_0611
あれから半年が経過した。
奇跡的に命が助かったとはいえ以前と同じように生活できるまでに三か月はかかった。とはいえ、京の献身的な看病により医者が当初言っていた期間よりもずっと早く動けるようになった。
そしてこの事件はそれなりに話題になった。一条家の人たちも事件直後京の屋敷へ来るほどに(京とは仲が良くないのに)一大事だったのだ。
雪は警察に連行されたが被害者のつばき自身が減刑を求めたことや未成年であることなどを考慮して大幅に減刑された。
雪が罪を償って自由に会えるようになる時、つばきは一番に会いに行こうと思っていた。
「半年後、ようやく一条家の一員になる」
「…そう、ですね」
自分の部屋はあるものの、既に夜はともに過ごすということが習慣化しているため今夜も京の寝室にいる。
静まり返る寝室内で京に肩を抱かれ、つばきは男らしい筋肉質な胸板に顔を埋める。
「なんだ、不安なのか。正式に両親が認めたんだ」
「いえ!まさか認めてもらえるなど思ってもいませんでしたので。不安はもうありません」
一条家はつばきが身を挺して京を守ったという事実を知り、結婚を認めたのだ。あっという間に結婚への準備が進められた。
とはいえ、急に華族である一条家に嫁ぐことが決まると嬉しさと同じくらいに不安もあるのだ。不安はないとは言ったもののつばきの表情を見れば心の内を察することは出来るのだろう。
京はもう一度大丈夫だと言いながら、つばきを抱きしめる。
「そういえば…」
つばきは思い出したように口を開く。
「花梨様から渡されたあの指輪は…」
以前行われたパーティーで花梨から京へ渡されたあの指輪が今になって気になっていた。
あのパーティーの後に京を緋色の目で見たことで指輪のモヤモヤなど忘れてしまっていた。
それほどまでに衝撃的だったのだ。
全てが解決した今、つばきはどうでもいいことが気になっていた。
「指輪?あぁ、あれは俺の両親が花梨へ渡したものだ。将来結婚すると勝手に親同士で決めていたから。あの指輪は一条家の長男の妻に受け継がれてきたもので、花梨があの場にあれを持ってきたのはもう自分は将来の花嫁ではないことを悟っていたのだろう」
「…そういう意味だったのですね。なんだ…てっきり昔京様が花梨様へプレゼントしたものかと」
「それは一度もない。あの指輪はつばきがもらうものだ。それとは別に指輪を用意する予定ではあるが」
「安心しました」
ほっとするつばきに京は子供を見守るような温かいまなざしを向ける。
「嫉妬でもしたのか」
「そ、そんなことは…ある、かもしれません」
顔を真っ赤にしたつばきは目を伏せた。
(だって、京様は誰よりも素敵な男性なのだから…私でなくともたくさん“候補”がいるはずなのに)
夜伽として買われたのにも関らずこうやって愛を一心に受けることが出来るのだ。幸せ過ぎて夢でも見ているようだ。
「可愛いな」
「…えっ…」
「つばきも嫉妬するのか。お前に心配を掛けたくないという思いが一番だがそういう顔を見るのもたまにはいいかもしれない」
そう言うと京は体勢を変える。一気に組み敷かれ、京が男であると実感する。
掴まれた手首はびくりともしない。
「心配しなくても俺はお前に夢中だ」
「私は…別に心配はして…」
「そうか?顔に出ていたが」
反論できずつばきは瞼を閉じる。同時に京の唇がつばきのそれに触れる。
触れたと思いきや、すぐにそれは唇を割って荒々しく口内を犯す。
一度スイッチが入ると止めてはくれない。むしろ加速する。
ずっと一緒にいればそのくらいのことはわかる。
諦めたように京の愛撫を受け入れる。
お互いの唾液が絡み、全身が痺れるような甘美な刺激に声が漏れる。
「京様っ…、」
京は何も言わず既に開けていた浴衣の帯を取り払い、全身が空気に触れる。
羞恥で全身が赤みを帯びる。それはつばき自身が自覚していた。
京はつばきの腹部の傷に指を這わせる。
「…別に誰に…見せるわけではありませんので…気にしてはおりません」
そこに這う指が傷跡を何周かするとつばきの顔に目をやる。
この傷はむしろ京を守ることが出来たという証でもある。つばきにとってそれは誇れるものでもある。
「大切な女性に傷跡を残すなど…男として失格だな。だが、俺は二度とつばきを危険な目には合わせない。絶対に守る」
「…はい、私もそれを望んでおります」
京はつばきに覆いかぶさるとつばきの耳たぶを甘噛みした。
つばきはしがみつくように京の背中に手を回し、熱い吐息を漏らす。
その夜もとても長い時間そうしていた。
♢♢♢
「あぁ、そうだ。近くの商店で買い物してきてくれないかしら」
「もちろんです」
みこに頼まれつばきは歩いて600メートルほどにある商店に向かっていた。
最近はようやく自由に外出が出来るようになったが、少し前までは一人での外出は禁止されていた。別にもうつばきの命を狙うものはいないのだが、京は心配性なようで一人での外出は禁止されていた。
直ぐ近くの店に野菜だけを購入してそのまま屋敷に向かって歩みを進めていると、前方から見覚えのある人が見える。
それは清菜だった。
瞬間的に足を止めてしまったのは“昔”を思い出していたからかもしれない。
彼女のことは今でも苦手で彼女を見ると途端、息苦しくなる。
足が止まってしまう。清菜もつばきに気が付いたようだ。綺麗に整えられたセミロングの髪が風に靡いて顔の半分を隠す。そのせいで彼女がどんな表情をしているのかよく見えない。
彼女は一人で外出のようだ。突風のような風は直ぐに穏やかになりその整った顔がこちらへ向くのがわかる。
清菜はつばきを見ると一瞬顔を顰めた。しかしすぐに顔を伏せつばきの脇を通り過ぎる。
「…清菜さん」
思わず名を呼んだつばきの声もきっと届いていないだろう。
屋敷に帰宅すると厨房にいるみこにそれを話した。
「あぁ、西園寺家のお嬢様のことですね。完全に結婚が決まった今、つばきさんは一条家に嫁ぐのです。本来であれば西園寺家と一条家につながりができるはずなのに向こうはつばきさんをいないものとして長い間虐げてきた。その噂が流れたせいで今西園寺家はどこの名家からも距離を置かれているとか。いい気味ではありませんか」
みこは魚を丁寧にそして素早くさばきながらそう言った。
「そ、そうだったのですね…」
清菜の顔が浮かぶ。
「ええ、何も気にする必要はありませんよ。あなたはもう西園寺家とは縁を切っているのですから。そして半年後には一条家長男の妻になる」
みこからそう言われると、しゃきっと自然に背筋が伸びる。
と、玄関先から「ごめん下さい」と声が聞こえる。
お客様だと思いつばきは小走りで玄関先へ向かう。
すると、そこにはロング髪を綺麗にハーフアップした上品な少女が立っていた。
仕立ての良い着物を着て少しだけ化粧をしているようだが、顔を見る限り彼女はまだ14歳か15歳くらいだろうか。
「お初にお目にかかります。藤野みのりと申します。京様に会いに来たのですが…」
と、スラスラと自己紹介をする少女は京に会いに来たという。
背後からみこがやってくるとつばきが挨拶をする前に「あら、みのり様ではありませんか」と言った。みこはどうやら彼女を知っているようだ。
「みこさん!お久しぶりです。京様に会いに来たのですがいらっしゃる?」
「ごめんなさいね、京様はまだ帰宅しておりません。お仕事ですよ」
「そうなんですね…」
しょんぼりと目じりを下げるみのりにみこは続けた。
「こちらはつばきさんです、これから関わりが増えると思いますので、」
そう言った時、玄関のドアが開く。
ちょうどタイミングよく京が帰ってきた。
「…京様!!!」
「みのり?」
みのりはぱあっと顔を明るくして京の名を呼ぶと直ぐに京の胸に飛び込む。
あまりに突然の出来事につばきもみこもぽかんと口を開けて固まる。
直ぐに京がみのりから体を離そうとするがみのりが全力で顔を横に振り拒否する。
「だってもうずっとお会いしていなかったのですよ!これくらい許してください!」
「いい加減にしろ。お前の兄ではないのだぞ」
「京様をお兄さまだと思ったことはございません!みのりにはお兄さまがおりますもの」
「お兄さま…?」
状況の分からないつばきは京とみのりを交互に見る。嘆息を漏らしたみこは呆れた目をみのりへ向けた。
「みのり様、藤野伯爵のお嬢様なのですからもう少し品のある行動をしたらどうでしょう」
「もう!みこさん…少し大目に見てくださってもいいのではありませんか!」
そう言いながらもみこの言うことを聞き入れ、京から離れたみのりは今度は「京様のお部屋に行きましょう!今日はここに泊まることにしているの!」と言って京の手を取りみことつばきの脇を通り過ぎる。
「…えっと、」
「あの子は小さな頃から京様のことを兄のように…いえ、それ以上の感情を持っているようです。一条家とはそれなりに付き合いのあるご家庭ですので、京様もあまり無下に出来ないのですよ」
「藤野伯爵?のお嬢様なのですか」
「ええ、そうです。みのり様にはお兄さまもいらっしゃるのですが…昔から京様にべったりで。それこそずっと花梨様を敵視しておりました。まぁ、まだ15歳ですので京様にも子供扱いしかされていないのですが」
「なるほど…今日は京様に会いに来たということですね」
「ええ、そうだと思いますよ。泊まると言っているので、もうそのつもりなんでしょう。以前来た時も大変だったんですよ」
「…そうですか」
大きく息を吐き、過去を思い出しているのか…みこは嫌そうに顔を歪める。