side つばき
「ったく、どうするんだよ。こんなに痩せていたら売り物にしたくても無理だろう」
「そんなこと言ったって。どうせこの子は目を“見えないように”しなけりゃいけないんだから使い物にはならんだろ」
「そうは言ったってなぁ。別に目を閉じさせたままでもいいんじゃないか?ここにおいてたってしょうがないだろう」
既にここへ連れられて数か月が経過した。
瞼を布で強制的に閉じた状態でつばきは埃と土の匂いが広がる汚い小屋に両手首を縛られ横たわっている。
視界が奪われた状態のせいか、嗅覚と聴覚が異常に敏感だ。
つばきは、数日に一度の食事のせいで既に自ら起き上がるほどの力もなかった。
徐々に訪れるであろう、死を感じながらも逃げることも諦めていた。
昨日はひどい雨だった。雨風を凌げるような小屋ではなく、外の気温や天気をダイレクトに受け取ってしまう。
ここへ連れられた理由は複雑だった。
つばきの母親は裕福な家庭で育った。名家ということもあり何不自由なく育ったが、一般人であるつばきの父親と出会ったことで“駆け落ち”をした。
つばきの父親は農村地で生まれた所謂庶民だった。母親には親の決めた相手がいたのにも関らず、父親とともに生きることを決意し家を出た。
しかし、運は味方をしなかった。父親はすぐに病で倒れ、生まれたばかりのつばきを残してこの世を去った。
つばきの母親も体が弱く、働くことが出来なかった。仕方がなく母親は実家へと戻ることになるが、一度でも家の決めたことに逆らった事実は重かった。母親の実家である西園寺家では肩身の狭い思いをしていた。
食事も差別され、着るものも古い着物ばかりだった。
しかし、それでもつばきたちは食事を与えられるだけで満足だった。感謝をしていた。
「はぁ…どうすんだよ、私たちだって大したお金貰っているわけじゃないんだ」
「そうだよなぁ。確か今日清菜様がいらっしゃるはずだ」
「そうだった。その時にどうするか相談しましょう。いずれ死ぬなら最後に金くらい稼いでもらわないと」
まだ聞こえる話し声につばきは涙を浮かべていた。
もちろん彼らには見えはしない。
♢♢♢
こうして瞼が開かないようにしているのには理由がある。
つばきにはある“力”があった。そのせいでここに連れてこられた。
「呪われた瞳のせいで何もさせられないじゃないか」
深いため息と同時に聞こえたそれにつばきは違うと心の中で呟いた。
それは、つばきが物心つくころから始まった。
ある日、母親はつばきの目が緋色に光っていることに気が付いた。しかしそれはすぐに元に戻る。
緋色に光る時、決まってつばきは意味のわからないことを口にしていた。
つばきが6つになる時、西園寺家に仕える女中を緋色の瞳で見据えていった。
『真っ赤になって死んじゃうよ』、と。
最初は何かの冗談だと思い、母親はそのようなことを口にすべきではないことを伝えた。
しかし、その一週間後に女中は何者かによって殺害され亡くなった。
通り魔による殺人が後を絶たなかった時期だった。女中も同じようにして殺されたのだ。
母親は偶然だと思った。しかしそれが偶然ではなかった。
その一か月後、祖母を見たつばきはまた意味のわからないことを口にした。
『また死んじゃう』と。
周囲はもちろん母親も偶然だろうかと思い始めた。
その後、祖母は亡くなった。もともと心臓が悪かったこともあり、事件性はもちろんない。
しかし、西園寺家では瞬く間に噂が広がった。
―あの子の目が緋色に光り、それに見つめられた人は皆死ぬ、と。
確かに、つばきが緋色の瞳で誰かを見つめたときにおかしなことを口にした。
母親ですらつばきの目が呪われたものではないかと疑った。
西園寺家は元々つばきたちを良くは思っていない。そのため、これをきっかけに西園寺家からは遠く離れた農村地で暮らすように命じられた。
少しばかりの金銭の援助は保証してくれたが、それでは足りず母親は体が弱いながらに働きに出てつばきを養った。
つばきが10歳になった時、母親はつばきに訊いた。緋色の目で見た人間を殺すことは出来るのか、と。
つばきは母親から緋色の瞳で人を見てはならない、このことは絶対に他人に話してはならないと言ってきかせていたから一切その話題を口にすることはなかったのだ。
つばきは答えた。
『その人をしっかり見ようとすると、違う映像が浮かんでくるの。どうしてかはわからない』と。
昔、他にも同じようにして“見た”人がいたことも母親に話した。しかしその人物たちは死んでいないと。
母親は気が付いた。つばきには人を死に追いやる力はない。あるのは“未来”を見る力だと。
安堵したのと同時に不安に駆られた。この力はよくない人たちに利用される可能性がある。
つばきは母親から絶対にこの力のことは他人に話してはならないと言われた。
―…―
…
つばきが14歳の時に母親が亡くなった。その後すぐに西園寺家からの援助は無くなった。それからというもの、つばきは一人で生きていくことを決意して何とか仕事をさせてもらい生活をしていた。しかしつばきが19歳になった時にその生活は一変した。村人につばきの“噂”が広がったのだ。
それがどうして流れてしまったのか不明だったが、つばきは村で孤立することとなり働くことも出来なくなる。
“緋色の目で呪い殺す”という恐ろしい噂に村人たちはつばきを小屋に閉じ込めることにしたのだ。
そして、西園寺家の母親の妹の娘、つばきからすればいとこにあたる清菜がタイミングよくこの村にやってきて西園寺家には内緒でつばきを援助するといった。
村に広がっている呪われた瞳の件は本当だと村人に説明して、西園寺家からしても“閉じ込めて”おかなければ犠牲が広がることを懸念して…ということが理由だといった。
意識が朦朧としていると、突然甲高い笑い声が聞こえた。
「あら、つばきさん。お久しぶりです」
清菜の声につばきは身を固くした。
「清菜さま、お久しぶりです」
「ええ、いつもつばきさんの面倒をありがとう。感謝するわ。でも、そろそろつばきさんにも働いてもらおうかしら」
「それは私たちも考えていました。でも…さすがに痩せすぎじゃ…」
「そうねぇ…少し食べる量を増やしてみてくれない?」
「わかりました。それから、働く…というのはどういう…?」
「まだつばきさんはお若いわ。私と同い年ですもの。目の件は…そうね、しょうがないから使えなくすればいいのではないかしら」
「…っ」
「そうすれば、体を売って稼いでもらうことが出来る。このままではもちろん“働く”ことは出来ないでしょう?」
「それもそうですねぇ」
清菜は非常に美しい少女だった。幼いころからつばきはどうしてか清菜に嫌われていた。
美貌も才もある彼女がどうしてつばきにそのような“敵意”を向けるのか分からなかった。
つばきはこのままでは目を失い、そして売られることを悟った。
―逃げなければ
足音が近づく、歩きからして清菜だと思った。
品の良い歩き方をする彼女を思い出し、どうすべきか考えた。いずれ死ぬのだろうと思っていた。いや、死にたいと思っていた。
どうせ餓死して死ぬのだろうと、それでいいと思っていた。
母親の教えを守り、この目のことは黙ったまま―…。
ぐっとボサボサの髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
「さぁ、その目を焼いて…―私が援助したお金くらいは返してくださいね?」
何がおかしいのか清菜は笑うのをやめない。そして思いっきり勢いをつけてつばきの顔を地面にたたきつけた。
痛みで涙が零れそうになった。
泣いてはいけないと思い、必死に声を押し殺す。涙が出ないように唇を強く噛んだ。
「…水を、飲ませてください」
「水?」
「そうです。水です。眩暈がして呼吸も浅いのです」
嘘ではなかった。つばきはお願いします、と言った。
言葉も絶え絶えに、何度も…―。
流石に死なれては困ると思ったのか、周囲の人に水を持ってくるように伝えると清菜は息を吐いた。
少しすると、水が運ばれてくる。
「あの…足の拘束を解いてくれませんか?長らくこのままでしたから、力が入りません」
「…まぁいいでしょう。どうせもう動ける力も残っていない。来週にはつばきさんはあなたを買ってくださるお店を探して働いてもらいますね。そのつもりで」
「わかりました」
清菜が去るのが音で分かった。
久しぶりに解放された足首につばきは一か八かの賭けに出た。
「ほら、死なれちゃ困るんだよ。水、のみな」
口元にひんやりと冷たい水が流れていく。それを何口か飲む。
つばきは足音が遠くなったことを確認すると、最後の力を振り絞って立ち上がった。
体を売って働かなければならないのならば自ら死んだ方がマシだと思ったのだ。
どうせ生きていたっていいことなどない。
母も父もいないこの世界で、何も望むことはないのだ。
腰に力を入れて、這いつくばるようにして小屋の端に移動する。
そこに手のひらサイズに石が転がっている。若干先端の尖っている石に手首を拘束している布を当て、上下に動かした。
何度も、何度も。
どのくらい時間が経過したのか不明だが、手首の拘束が緩むのを感じ一気に力を入れる。
つばきはすぐに目元の拘束を取った。
手首は長いこと拘束されていた後遺症か上手く動かすことが出来なかった。
しかしチャンスは一度だった。
暗くなるころに村の人は絶対につばきを見に来るだろう。
だとすれば今しかないのだ。
つばきは立ち上がり、小屋を出た。
久しぶりの日差しは刺激が強すぎたようで、目を開けることが困難だった。
それでも大きく手を腕を振って、古びてボロボロの着物を纏い、走った。
「おい、逃げたぞ」
誰かの声が聞こえた。
しかしつばきは走るしかないのだ。
(簡単に死ねる場所はどこ?そうだ、川が近くにあったはず)
はぁはぁと息を切らし、それでも必死に走った。背後から誰かが追ってくるのがわかる。
もっと早く、もっと…―。
つばきの目に橋が目に入った。赤い橋の欄干に手を掛けて、迷わずに飛び込もうとした、次の瞬間。
「何してる」
低い声が聞こえ、つばきの手首が誰かによって掴まれた。
瞬間的に振り返る。そこには仕立ての良いスーツを着た若い男性が立っている。つばきの手首を強く掴み、離そうとはしなかった。
久しぶりにしっかりと人を視界に捉えた。
黒く艶やかな髪から覗く鋭い眼光、長身の男はこのあたりでは明らかに浮いていた。
男はぐっとつばきを引き寄せた。
何が起こっているのか考える間もなかった。
後方から「待て」と数人の声が重なって近づく。身を震わせながら、懇願するように男を見た。
「お願いします、離してください」
「無理だ。若い女が身を投げようとしているところを見過ごせというのか」
男は見たこともないほどに美しい顔をしていた。
つばきは堪えていた涙をついに溢した。
「私はっ…呪われた瞳を持っております。緋色に光る時、それは誰をも殺すことが出来ます。あなたを殺すことも可能です。離してくださいっ…」
つばきは嘘をついた。
そのような力は本来ない。しかし、どうしようもなかった。
(早くここから飛び降りなければ…―。私は、もう生きたくない)
腕の力を弱めてくれるとそう確信していたのに、男は力を緩めなかった。
そして…―。
「殺せる?へぇ、そう。どうぞ、その目で俺を見たらいい。お前をこのまま見過ごすのなら、そっちの方がいい」
男は薄っすらと口元に笑みを浮かべるとそう言った。
つばきは言葉が出なかった。
「どう…して、」
この人は見ず知らずのそれも古びた着物を着た女を助けた。
見たところ、とても裕福な身なりをしている。
と。
後方から追ってきていた男たちがつばきたちの前で足を止めた。
息を整えながら、つばきが目元を塞がれていた布が既にないことを確認すると切羽詰まったように言葉を放つ。
「申し訳ございませんが、その女の目を塞いでください。その女の目は呪われております」
「あぁ、今言ったこと本当だったんだな。呪われた瞳ねぇ、面白い」
「っ…、あの!本当だと信じていただけるのでしたら、早くこちらの布でその娘の目をっ…早く!」
どうやらつばきが緋色の瞳で自分たちを呪い殺すと思っているようだ。
「事情は知らないが、この女が必要なのか?」
「ええ、そうです。その娘は来週には仕事をしてもらわなければなりません。ですから、早く…っ」
「仕事、ふぅん」
含みのある言い方に男は察したようだ。つばきがどこかへ売られるということを。
それが嫌で逃げ出したことは誰の目から見ても想像できた。
「なら、俺が買おう」
「…な、何を…」
「心配ない、金は幾らでも払おう。その代わり、こいつはもう俺のものだ。指一本触れることは許さない。どうする?どうせ呪われた瞳のせいで困ってるんだろ?」
男たちは顔を見合わせた。そして、こそこそと何かを話すと、数回頷いた。
しかし、つばきの意識はそこで途絶えた。
極度の緊張としばらく飲み食いをしていなかったことも相俟ってつばきは意識を失ってしまった。
♢♢♢
「ここは…」
薄っすらと緋色に光る灯りに瞼をゆっくりと開けて辺りを確認した。
広い部屋は西園寺家で見て以来の洋室だった。
大きなベッドが窓際に置かれ、その近くには幾つか机が並べられている。一つは書き物机だろう。
物は多くはないが、一つ一つが高価なものであることはわかっていた。
西園寺家での暮らしを思い出しながら、いったいここはどこであるのか必死に考えた。
どうしてなのか薄くボロボロになった着物ではなく、真新しい浴衣姿だった。
「何、ここはっ…」
最後、気を失う際に見たのはあの男の顔だった。
胸元に手を当て、ふかふかの布団の上に寝かされている事実を確認する。
ここがどこなのか、ここまで誰が連れてきたのか分からないが逃げるなら今しかないと思った。もしかすると既に自分は売られているのではないか、そう考えると合点がいく。
つばきは立ち上がり、窓に近づいた。
大きな窓からは外の様子はあまりよく見えなかった。
雨粒が強く窓を叩いている。
もう生きることは疲れたのだ。
自ら命を絶つことは許されることではないのかもしれない。だが、もう無理だった。
窓のロックを解除し、勢いよくそこを開いた。
が、同時に背後のドアが開いた。
「っ…」
「なんだ、目覚めてたのか」
そこには、つばきが橋から身を投げようとした際に引き止めた男が立っていた。
男もつばきと同じように浴衣姿だった。怜悧な顔を向ける男は少しずつつばきに近づいた。
ごくりと唾を呑み込み、下唇を噛んだ。
「ここまで運んでくださったのですね、ありがとうございます」
歪な笑顔を必死に作り、男の動きを観察しながらどうやって逃げるか考える。
男を油断させてから逃げるか、それとも今逃げるか…―。しかし、男はつばきの思惑を見通しているとでもいうように薄ら笑いを浮かべた。
「残念だが、今逃げたところで外は24時間見張りがいる。諦めた方が気が楽だよ」
「…私は、…っ」
「もちろん、俺がお前を買った。どこにも行かせない」
平然とそう言った。
つばきは今は逃げることは不可能だと悟った。
「どうして私を買ったのですか」
「どうして?そうだな、それはお前が気になったからだ」
「気になった…?」
男がつばきと距離を詰めた。
「生きることから逃げようとしているのに、お前の目には光があった。それに呪われた瞳とやらにも興味がある」
「呪われた瞳を信じるんですね、じゃああなたも呪い殺されるかもしれないのに?それともこれから私の目を焼いてどこかへ売るのでしょうか」
「そんなことするわけないだろう。金に困ってなどいない」
目の前まで男がつばきのもとへ来る。
至近距離だと更に精悍な顔つきをしていると思った。
「呪い殺したいのならばすればいい」
そう言ってつばきの顎に手を添えた。想像以上に冷たい手だった。
少しも感情を顔に出すこともせずに、彼は続けた。
「お前の名前等は既に調べである。つばき、というそうだな。元は西園寺家で暮らしていた」
「…そうです」
どういうことか、つばきの髪も体も泥や埃で汚れていたのに綺麗になっていた。
今までの酷い扱いに比べると雲泥の差だった。
―この人は、悪い人ではないかもしれない
「で、呪われた瞳のせいで監禁に近い生活を強いられてきた、と」
「…はい、その通りです」
顎に添えられた手が、すっとつばきの頬を撫でた。
頬についた無数の傷を優しく撫でる男につばきはどういう顔をしていいのか分からなかった。
恐怖でもない、緊張でもない、複雑な感情を表現できない。
すると、突然ドアがノックする音が聞こえた。その音と同時に男の手がつばきから離れた。
「失礼いたします。そちらの女性の食事が出来ました」
すっとドアから顔を出したのは、色柄の着物を着た女性だった。前掛けをしていて、この家に仕えている人だとすぐに理解した。切れ長の瞳は男にも似ている雰囲気を醸し出している。
「分かった。ここに運んでくれ」
「かしこまりました、京様、」
その女性はつばきを一瞥した後、男に何か言いたげな目を向けた。それを察したように男は口を開く。
「紹介がまだだった。彼女はつばきという。今日からここで暮らす」
「…失礼ですが、暮らすというのは…奥様ではございませんよね?」
「そうだ。が、女中にするつもりはない」
「では…彼女はどのような…―」
「夜伽としてつばきをこの家に住まわせる」
「京様がそういうのであれば反論はありません、しかし…―そのような相手はもっと他にも、」
「何が言いたい」
「…いえ、お食事をお持ちいたします」
女性は俯き、そっとドアの外へ消えていく。
ドアが閉まると一瞬静寂に包まれた。よほど恵まれた環境で育ったのだろう、この家を見れば華族ということくらいはすぐに分かった。
「自己紹介がまだだった。俺の名前は一条京という。貿易会社を営んでいる」
「一条…公爵の…」
つばきは一気に全身の力を抜いた。
いや、抜けたのかもしれない。一条という名を聞いたことはもちろんあった。
西園寺家も名家であることには変わりないが、一条家とはおそらく比べ物にならないだろう。土地含めた財産が違う。着ているものから今いるこの部屋の家具を見てもそれをヒシヒシと感じる。
そのような“相手”だとは知らなかったつばきは拳を作り一条京を見据えた。
(無理だわ、警護を考えてもすぐにこの屋敷を出ることは出来ない…いつかきっかけを作って逃げるしかない)
「何だ、急に怖くなったのか?」
「いえ、そのようなことはございません」
「そうか、お前の両親は既に他界しているようだな」
「…」
この短時間でどこまで調べたのか不明だが、ある程度は知っているようだ。
つばきは眉間に皺を作る。
「つまり、つばきには帰る場所はない。そうだろう」
「その通りです」
感情を殺すようにしてそう言った。両親がいないつばきには味方は誰もいなかった。
“呪われた瞳”のせいで西園寺家からも良くは思われていない。
既に死んだと思われているのかもしれない。清菜の顔が浮かんだ。彼女は援助という名目のもと、つばきを辛い目に合せることを楽しんでいたように思った。
「だからこれからはここがお前の帰るところだ」
「え…―」
「自ら死を選ぶことは許さない。お前の命は俺が買ったんだ。それを忘れるな」
つばきは口を半開きにして目を見開いた。
京は「とにかく今日は出されたものを食べてその布団で寝ろ。明日以降はお前にも部屋を与える」そう言って一度部屋を出ていった。
恐らくはこの部屋は京の寝室だろう。待ってください、という間もなく部屋を出ていった彼の背中を見ながらいったい彼は何を考えているのだろうと考えた。