「今日は時間が作れないだと?」
絶望に満ちた表情で呟く白楽の座る黒塗りの車の後部座席は広く、向かい合わせには鷹司がす鷹司が座っている。表情をあまり変えずに鷹司はにべもなく答えた。
「スケジュールにずらせるような予定はない」
「どうしても?」
「無理っしょー、ほらほらみてみて」
スーツ姿は堅物そのものだが、運動部の男子学生のようなノリで応対している。白楽も見た目こそ青年実業家らしく隙のない服装をしているが、表情がなんともはや腑抜けている。

「一応な、婚約を申し込むお嬢さんを間違えましたよとは先方に連絡してある、馬鹿みたいだけど」
白楽はそれを聞いて身を乗り出す。
「あーもう、近いって」
「どうにかなった?」
「向こうさんが言うには、そんな娘はおりませんだとよ。あの親ちょっとおかしいよな」

一瞬で白楽の血がカッと沸騰したのが分かった。
頬も上気している。
「だから、ちゃんと乙女を確認してから申し込むべきだっただろ。お前が悪い」
「ああ、僕は大馬鹿者。だけど…」
「そう、娘は桃子だけですっていう親はマジ胸糞わるいよな」
「ふられちゃうのかな…嫌われる…」
鷹司は落ち込む白楽を見て、ため息をつきながら
言った。
「下手な小細工は余計嫌われると思うぜ。お姫様が欲しくば、正攻法ってな」
「頑張る」
「ところで乙女にはなんて言ってあんの」
「また連絡するって」
「電話番号は?」

静かな車内を沈黙が包む。
「ああ、僕は大馬鹿者ですよ」