「眠い」
ランチタイムに塔子は体力の限界を迎えていた。無理もない。昨日は学校の後、中華料理店でアルバイトをしてからあの騒ぎだ。もう30時間以上起きている。

「あらやだ、ひっどい顔してるわよ。なんかは瞼腫れてない?」
美人が台無しとばかりに美容命の華の女子高生新島深雪が目元のパックをポーチから差し出してきた。
「氷水で冷やすー?なんか使用済みティーパックを目の上に乗っけるのも効くらしいよ!」
「みゆー…!」
「どしたどした?塔子。みゆが聞くぞ」
「優しいみゆ様神様仏様ー」
机に突っ伏したまま、塔子は答えた。
深雪は塔子頭を撫でた。
「なんかあった?」
「ありすぎて寝てない」
「うわ、寝不足はお肌の大敵だぞ。寝ろ寝ろ」
「あの家に帰るかと思うと、今日も寝れるか怪しい」
 深雪は塔子の家庭の事情を知る唯一の友人だった。黒髪で地味な塔子とは真逆で、派手で社交的な深雪だが2人は他人との距離の取り方が似ていて、それが故に互いの遠慮と気遣いが心地よくいつの間にか親友と言える関係になっていた。
「うち、来る?しばらくいてもいいんだよ」
深雪は裕福な両親が仮面夫婦で互いに愛人を作り、家に帰ってこない家庭だった。ほとんど一人暮らしのような状態だ。
「う、うん…でも昨日も帰ってないし、下着も…」
「え?マジ、誰、何、どこ!ついに初体験か!」
「違う違う、みゆが思ってるような話じゃないから」
慌てて否定するために顔を上げた塔子の視界に白楽らしき顔が突如飛び込んできた。前の席の子が置いた雑誌の1ページだ。
「どしたの?」
「この人…」
「あ、フォーブスのランキングじゃん。あれだよ、日本のお金持ちランキングみたいな?あ、白楽だ!」
「白楽って…みゆちゃん知り合い?」
「そんなわけないでしょ!アイドルよりカッコいい青年実業家で有名じゃん。てか冷泉白楽を知らないの??ホントに日本国民?」
「学校とバイトとハープ以外は睡眠貪ってるから、なんかゴメン」
「塔子は浮世離れしてるもんね、でも超有名てゆうか、ほら私がこのパックを作ってるメーカーも、売ってる薬局チェーンもこの化粧ポーチを買った百貨店も全部白楽グループの関連企業だよ」
「こんな若いのに?グループ?」
「そー、何でも生まれた時に祖父が後継者にするって決めて白楽の名を冠した企業を立ちあげたから自分の名前がついてるらしいよ。御曹司は違うよね!」
塔子は朝の白楽を思い出していた。
「なんかそれ…自由なくて可哀想な感じする」
「むー、言えてる。外からは金銭的に恵まれてるように見えてもその実幸せな家庭じゃないって良くあるもんね、うわでも資産1600億だって。これで顔がいいとか反則」
塔子はぼんやりと100万円でハープ売ってくれと打診したのは身の程知らずすぎたなあと思っていた。兎に角、眠すぎて頭が回らない。
「みゆ、詳しい事情はまた後で話すからとりま寝かせて…」

再び突っ伏した塔子は深く意識を失っていった。