「たーかーつーかーさー!」
冷泉白楽は大きく伸びをしながら、投げやりな声を上げた。
鷹司(たかつかさ)!鷹司!たーかーつーかー…」
「あーもう!朝からなんですか!」
現れたのは、眉が凛々しい屈強な男、その名も鷹司である。
「俺を苗字で呼ぶ時って荒ぶってるよなあ」
「た・か・つ・か…!」
「分かったからなんなんだよ」
白楽にそれまでの端正な青年男性の煌びやかさはない。思いっきり顔を崩して、今にも泣き出しそうな声で着流しのまま、重厚なマホガニーにデスクの上でゴロゴロ転がりながら唸っている。
「なんなんだよ、メンヘラかお前」
ピタリと動きを止めたかと思うと白楽は小さくつぶやく。
「嫌われちゃった…かな…」
そして、自分の呟きが発端となって先ほどの3倍以上の激しさでウダウダ転がり始めた。
「死にたい、死にたい、死にたいー!」
「なんなんだよ、さっきまでの外ヅラと全然違うじゃねーか。キリッ!僕に出来ることは何でも…!」
「言ってないよ、そんなこと」
起き上がって反論する白楽は涙目だ。
「言いたかったよー、僕が君をま、ままま守るよとか気の利いたこととか…未成年とは契約出来ないんでってなんなんだよー、ああ嫌われた嫌われちゃった…死にたい死にたい死にたい…」
暴れていたのが嘘のように、今度は椅子の上に体育座りして小さくなってゆく白楽…
鷹司は小さくため息をつきながら答えた。
「それならハープを譲っちまえば良かったんだよ」
部屋に沈黙が訪れる。
「それは出来ない。だって今回の取引の目的は土地でも屋敷でもなくあの竪琴だから」
「で、本物の〝竪琴の乙女〟を号泣させたと。嫌こりゃまた本末転倒てやつだね」
「…やっぱりそう思う?」
「ああ、そうだね。お前は早まったと思うよ。確認前に婚約申し込むなんてね。」
「言い訳聞いてくれる?」
鷹司はニヤニヤしながら答える。
「ちょいまち。当ててやろう。
キリッ!竪琴を持っている家にハープ弾く1人娘がいたら竪琴の乙女だと思ってプロポーズしちゃうのは仕方なくね?姉がいるなんて聞いてない!キリッ!」
「毎回思うけど僕の真似、全然似てない」
「で、どうすんの。乙女から竪琴奪った側に加担しちゃった王子様は?」

「死にたい」
「ソダネー」
「塔子ちゃんにバレる前に、婚約破棄しなくちゃ…嫌われる!ヤダヤダヤダヤダヤダ!」

髪をぐじゃぐじゃに掻き乱した白楽は立ち上がった。
「行くぞ!鷹司!」
「はいはい、若さま」
徹夜明けなのに長い1日になりそうだと鷹司はまた溜息をついたのだった。