途端に塔子は恥ずかしさを覚えた。

ずぶ濡れの制服は冬服で水を吸って重い。びしゃびしゃに首に張り付いた長い黒髪も、鼻水やら涙にまみれた顔と手。塔子の手を取ろうと跪いた男性が、あまりにも端正な顔立ちと上質なスーツで、思わず後退りする。

「こんな夜中に女性に声をかけるなんて怪しすぎますね!すみません!」

男性も困惑したように、手を引っ込める。

「怪しいものでは無いんです。この屋敷の持ち主…といっても購入したばかりなんですが、見にきたらこんな雨の中門に縋り付いて泣いているなんて…」

この人が買った人なんだ…!

頭では理解できるが、やはり新しい持ち主を目の前にしても気持ちの整理はできていない。一瞬止まった涙がまた溢れてきてしまう。

「な…なんでも…ないんです…、帰ります…」
塔子は立ち上がりそれだけの言葉を絞り出しながらも、涙はとめどなく溢れ、顔は苦しく歪んだ。

男性はコートを塔子に掛けると、天鵞絨のような声で言葉を囁いた。

「5月といえどこんな雨に濡れては寒い。車が有りますので送りましょう。」

自分で帰りますと言ったものの帰る場所などない。ここが居場所だったのだから。そう思えて仕方なく、塔子の涙は止まらない。

男性の腕に抱えられながら、黒塗りの車に乗せられた。静かな車だった。あれだけ泣いていたのだから男性たちが車で来訪していたことに気づかなかったのは仕方ない。

傘を差していた屈強な男性は運転席へ、抱き抱えてくれた男性は塔子と一緒に後部座席に乗り込んだ。

「どうしましょう。どこに送りましょうか」

塔子は困った。家には絶対帰りたくない。

「大丈夫です。1人で帰れます」

親切にしてもらっているのに、そっけない返事しかできない。

「こんな夜中に1人で帰せません。ご両親もきっと心配…」
彼が両親と言った瞬間、呼吸が苦しくなる。心配している両親などいない、帰る場所などない。

コートに包まれた私の背中を撫でると、彼は運転席の男性に何か指示を出したようだった。

「何か事情がおありのようですね。身体が冷えていて心配です。僕の家に向かいますね。母も、他の女性もいますのでご心配なく。まずは暖かくしてからお話ししましょう」