そして身体が拒否反応を示して、慶さんを拒絶していた。
でも、昨夜は美香との事、そして真莉さんとの事があって、ヤキモチを焼いた。
絶対に慶さんを取られたくないと強く思った。
だから、慶さんの名前を必要以上に口にして、嫌な記憶が甦らないようにした。
でも一瞬表情を歪ませてしまった。
我慢しないと、もし離婚されたら父の会社は倒産してしまう。
我慢、違う、気持ちは慶さんを求めているのに、身体は拒否反応をしてしまう。
私は自分の気持ちと慶さんの妻の責任の狭間で苦しんでいた。
「美鈴、ただいま」
「お帰りなさい」
「着替えて、シャワー浴びてくるから、飯頼むな」
「はい」
俺はすぐにでも美鈴を抱きしめたい気持ちを封印した。
美鈴に嫌われたくない。
「今日は疲れた、寝室別に頼む」
「わかりました」
俺は美鈴とベッドを共にして我慢出来るとは思えなかった。
それに美鈴もきっとほっとしているだろうと勝手に思い込んでいた。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、美鈴は俺に嫌われたと感じていた、美鈴がそんな風に思っていたなど知る由もなかった。
俺はベッドに入っても中々寝つけずにいた。
しばらく時間が経った頃、俺の寝室のドアがノックされた。
えっ?美鈴?どうかしたのか。
時計を見ると深夜十二時を回っていた。
「慶さん、もうおやすみになりましたか」
俺は急いでドアを開けた。
「美鈴、どうかしたのか?」
「あのう」
美鈴は目にいっぱいの涙を浮かべて俺を見つめた。
「どうしたんだ」
美鈴は涙声で話し始めた。
「昨日はごめんなさい、慶さんを大好きなのにギュッと抱きしめて欲しいのに、その先はどうしても思い出したくない記憶が脳裏を掠めて、慶さんの名前をいっぱい声にしたら慶さんの事だけで頭がいっぱいになると思っていたのに……」
美鈴は泣きながら一生懸命言葉を繋いでいた。
「美鈴、もういいから、俺が悪かった」
「慶さんは何も悪くないです、私が……」
俺は美鈴の言葉を遮り、美鈴を引き寄せ抱きしめた。ギュッと……
「慶さん」
俺は自分の気持ちばかり優先して、美鈴の気持ちを考えられなかった。
抱きしめたいから引き寄せる、我慢出来ないから引き離す。
美鈴の気持ちを考えずに、えっ、美鈴は俺を大好きって言ってくれたよな。
「美鈴、ほんと?」
「はい、反省しています、だから私を嫌いにならないでください、私、慶さんに嫌われたら……」
「そうじゃなくて、俺を大好きって……」
「あの、その、こんな私に大好きって言われてご迷惑かもしれませんが……」
俺は美鈴をギュッと抱きしめた。
「もう一回言って?俺を大好きって」
「慶さんが大好きです」
俺は美鈴のおでこにキスをした。
「慶さん」
「ん?」
美鈴は俺の頬にキスをしてくれた。
少しずつ氷が溶けて行くように美鈴の気持ちが俺に向いて行く様子を感じた。
気持ちと共に身体も……
そんな矢先の出来事だった。
この間の週刊誌の記者が美鈴の十五年前の未遂事件の記事を掲載したのだ。
『戸倉建設株式会社社長夫人、十五年前の隠された未遂事件の全貌』
秘書の真莉から連絡が入り、記事掲載の事実が知らされた。
「慶、大変なことになったわ、奥様の十五年前の未遂事件が週刊誌に掲載されることになったの」
「どう言うことだ」
「兎に角会社で策を講じないといけないから早くきてくれる?」
「わかった、すぐ行くよ」
俺は美鈴に事情を説明した。
「美鈴、心配はいらない、俺を信じて待っていてほしい、いいな」
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ」
そう言って俺は会社に向かった。
会社では相当な騒ぎになっていた。
頭の硬い役員連中は離婚も視野に入れて頂きたいなどと、ふざけたことを言いやがる。
冗談じゃない、俺がどれほどの思いで美鈴と結婚までこぎつけたと思ってるんだ。
俺は美鈴と離婚するぐらいなら社長を辞任する覚悟でいた。
「社長、奥様の記事はスキャンダルです、会社に取って大ダメージです」
「未遂だったんだぜ、なんの問題もないだろ」
「他の男性との望まれない関係は貞淑な奥様のイメージに大きな影響があります」
「あのな、望まれない関係って、美鈴は何の関係もなかったんだ、失礼な事言わないでくれ」
「世間はそうは思いません」
「兎に角俺は美鈴とは離婚はしない、以上だ」
俺は怒りに任せて社長室のドアをバタンと力強く締めた。
廊下を足速に歩いていると、後ろから「慶」と真莉が声をかけた。
「感情的になってどうするの?落ち着いて」
「真莉、これからお前のことを近藤って呼ぶから、お前も俺を社長と呼んでくれ」
「急にどうしたの?」
「俺は美鈴と結婚した、この事実は一生変わらない、お前とは以前恋人関係だったが、今は社長と秘書の関係だ、仕事以外の付き合いはないからな、だからきちんと一線を引いた方がいいと思うんだ」
この時、真莉の中で美鈴に対して憎しみが湧いていたなど、想像もつかなかった。
「わかりました、社長」
「お前の秘書としての仕事ぶりは高く評価している、これからもよろしく頼むよ、近藤」
真莉の表情が一瞬強張った。
でも理解して貰わないと、美鈴の心配が大きくなることは避けたかった。
俺は美鈴の待つマンションへ急いだ。
美鈴はきっと心配しているだろう。
「美鈴、ただいま」
「お帰りなさい、慶さん」
「腹減ったよ、飯を頼む、シャワー浴びてくるな」
私は週刊誌の記事が気になっていた。
いつも慶さんに迷惑ばかりかけて、今回は会社にも多大なる影響を及ぼしてる。
私は慶さんの側にいていいのだろうかと不安になった。
慶さんがシャワールームから出てきた時、不安な気持ちをぶつけてみた。
「慶さん、私は皆さんにご迷惑をかけています、慶さんの側にいると心苦しいんです、私はどうすればいいでしょうか」
「美鈴はずっと俺の側から離れるな、これが答えだ」
「でも……」
「大丈夫、俺ってそんなに頼りないかな」
「そんなことはありません、慶さんの側にいると落ち着いて過ごせます」
「それなら、ずっと一緒にいような」
慶さんはニッコリ微笑んで私を見つめた。
私は慶さんの胸に思わず飛び込んで、慶さんの背中に腕を回した。
でも慶さんは私を抱きしめることもせずそのままの状態で動かなかった。
慶さん、何でギュッとしてくれないんですか?
この時私は慶さんの気持ちを考える余裕がなかった。
俺は美鈴には大丈夫と言っておきながら、不安は拭いきれなかった。
美鈴がギュッと俺に抱きついてきた時、心ここにあらずで、抱きしめてあげることが出来なかった、美鈴の気持ちを考える余裕がなかったのである。
まさか、美鈴が自分の存在意義に不安を抱き始めていたことなど知る由もなかった。
ある日俺から二人の関係を思い知らされた真莉は、どうしても美鈴を許せなかった。
どうして、私よりも全てが劣っている美鈴さんを選んだの?
今回だって、十五年前の忌まわしい過去を持っている立場で、慶の妻の座を射止めて、みんなに迷惑をかけて、何を考えているの。
真莉は美鈴に対して怒りが込み上げて来ていた。
真莉は美鈴にどうしても一言言わずにはいられなかった。
マンションに向かい、美鈴に怒りの矛先を向けた。
「失礼します、少しお話よろしいでしょうか」
「はい」
私は週刊誌の記事の件だと察しがついた。
「週刊誌の掲載された記事に弊社は多大なる迷惑を被っております、はっきり申し上げて、慶、いえ、社長は辞任を免れない状況です、奥様の存在が社長を追い込んでいるんです」
私は愕然とした。
でもその事で最近の慶さんの言動が理解出来た。
私の存在は慶さんに取って迷惑でしかない。
「よくご自分の置かれている立場を考えて、何をすればいいかお考えください、失礼します」
真莉さんはマンションを後にした。
俺は週刊誌の記事の対応に追われ、美鈴の変化に気づけなかった。
ある日、最近美鈴の笑顔を見ていないことに気づき始めた。
そう言えば美鈴との間で会話がない。
俺は疲れ切っていて、仕事から戻ると、シャワーを浴びて、テーブルに用意してくれた飯を食う。
食ってる間も会話がなかった。
俺は週刊誌の対応のことで頭がいっぱいだった。
「ごちそうさま」
美鈴の返事はない。
週刊誌の記事が掲載されて以来寝室も別だ。
美鈴の変化に気づいて、俺は愕然とした。
いつからだ、美鈴と会話していない。
そう言えば、「いってらっしゃい」も「お帰りなさい」も言ってもらっていない。
俺とした事が、なんたる失態だ。
俺は飯を食う時、美鈴に声をかけた。
「美鈴?今日は何か変わったことはなかったか?」
美鈴は首を縦に振っただけだった。
美鈴は俺と目を合わそうとしない。
どうしたと言うんだ、怒っているのか、それとも何か悩みがあるのか。
「美鈴、ごめん、俺は最近忙しくて美鈴に冷たくしてるよな、ごめんな」
美鈴は黙ったままだ。
もしかして、具合が悪いのか。
「美鈴、どこか具合でも悪いのか」
やはり、美鈴は黙ったままだ。
俺はどうしていいか分からず、兄貴に相談した。
「兄貴、美鈴の心が読めない、どうすればいいんだ」
「何があったんだ、ちゃんと説明しろ」
俺は最近の美鈴の言動を説明した。